6 朝の対決、昼の対決①

☆☆☆


 昨日はえらい目に合った。


 舞島さんは、脳震盪を起こして立てなくなっちゃうし。

 巴絵は、あたしが「舞島さんを保健室まで担いで行け」って言ったのに「絶対嫌だ!」って言い張るし。

 舞島さんは「もうずっとこのままでいいです」なんてあたしにしがみついてくるし。

 巴絵も巴絵で「撫子ったら、そんなにその子がいいの?!」なんて訳のわかんないことを言い出すし。

 舞島さんも「当たり前でしょ、あんた邪魔だから帰りなさいよ!」って、また喧嘩を売るし。

 巴絵は怒って、ホントに帰っちゃうし。

 あたしの力じゃ舞島さんを担ぐなんて無理だし。

 結局1時間もあそこに座り込んだままだったし!

 ああもう! なんであたしが、あんな苦労をしなくちゃいけないんだよーっ!!


 そして今日も、朝っぱらから昨日の続きだ。


「きゃあん、撫子さまー!」


 校門をくぐったとたん、あの子が手を振りながら走り寄ってきた。


「あ、舞島さんだ」


 巴絵がムッとした顔で睨みつけるが、舞島さんはそっちには目もくれず、あたしに抱きついてきた。


「ああん、撫子様お早うございますぅ。うふ、今朝もいい匂い。くんくん」

「ちょ、何してんの。やめなって」


 巴絵が鬼のような目つきでを睨んでいるのに、舞島さんは完全に無視。昨日蹴り飛ばされた事なんか、全然気にしてないみたいだ。

 参ったな。この子、どうすりゃいいんだ。


「あー、君々、舞島さん? 撫ちゃんが困ってるから、ちょっと離してあげてくれないかな?」


 後から来た大生が、助け舟を出してくれた。

 昨日、あのラブレターじゃなかった果たし状をこいつにも見せたので、一目でピンときたんだろう。


「誰ですかあなた。私の撫子様を撫ちゃんなんて、気安く呼んだりして」


 舞島さんがあたしに抱きついたまま、大生を睨みつける。


「ええと、二人のクラスメイトで名前は……」

「名前なんかどうでもいいです。ただのクラスメイトなら関係ありません。邪魔だからどっかに行って下さい」


 おお、大生がムッとしている。いつもヘラヘラしてるこいつがこんな顔をするなんて、ちょっと珍しいぞ。


「ただのクラスメイトじゃない。何を隠そう、撫ちゃんにコクったのは俺の方が先だ」

「ええっ!」


 舞島さんが飛び上がった。


「こっ、この大馬鹿野郎! いきなり何を言い出すんだよお前は!」

「撫子様! それ本当ですか!」

「え、ええ? ええっと……、まあ……」

「まさか、付き合っているんですか?」


 今にも泣き出しそうな顔で迫ってくる。てか、近い近い!


「いや、そういう訳じゃないけど」

「んぁはっ?」


 とたんに泣き顔から笑顔、さらには蔑みに満ちた邪悪な顔へと変貌し、大生の方を向いて「フフン」とせせら笑った。

 この子の顔芸、面白いなあ。


「なあんだ、ただのモブですか。ザコですか。ゴミですか。

 臭いがうつるから、撫子様のそばに寄らないでくださいな。へっ」

「おまっ」


 大生がまた、見たことないような顔になった。

 巴絵は? と目をやると、逆になんだかニコニコしてる。

 なんだ機嫌が直ったのかと思ってよく見たら、口は笑ってるけど目は全然笑ってないし、そういえばさっきから一言もしゃべってない。

 怖ええよ!


「コクったからって何ですか。私なんか、昨日撫子様に抱かれたんですからね!」

「ちょ! 舞島さん!」

「撫子様、名字でなんてそんな他人行儀な。渚って呼んで下さい」

「渚……ちゃん?」

「な・ぎ・さ」

「渚……、っておい巴絵! ちょっと待て!」


 無言のまま、巴絵の右脚が上がりかけていた。パンツ見えてるって! ピンクのシマシマ!

 にしても、こいつシマシマ好きだな。


 大生はもう何がなんだかわからない表情になって、ヒクヒクと顔を引きつらせている。

 それに、いつの間にかあたし達を中心に人の輪ができていた。

 ちくしょう、みんな無責任に面白がりやがって。そこ、ニヤニヤ笑ってんじゃないよ。そっちも写真取んな! クソッ!

 ああもう、こうなったらしょうがない!


「落ち着け大生。ほら、渚ちゃんもその辺にしときなよ」


 あたしにしがみついてる渚ちゃんの頭を、ポンポンと叩く。

 すると、渚ちゃんはいきなりデレデレになって、ふにゃあと鳴いた。


「ふああ……、なでちこさまにいいこいいこされちゃあたああ」


 それからハッと気がついたようにあたしから離れ、周りを見回すと、人が変わったような素直なそぶりで、頭を下げた。

「えっと、ごめんなさいでした先輩方。失礼なことを言ってすみませんでした」

「ほらほら大生も、機嫌直せ」


 大生の頭の上のあたりを、パッパッと払う。


「へ? ま、まあ判ってくれればいいんだけど」


 渚ちゃんの豹変ぶりに正気に戻ったように、大生も戸惑いの声を上げる。

 ついでに巴絵の頭も叩こうとしたけど、届かないのでお尻をポンと叩いた。


「きゃっ、な、何すんのよ」


 巴絵は顔を赤くして怒ったが、さっきまでの鬼のような表情は消えていた。

 ふう、やれやれ。


 あたしは自分の右手を見た。

 まだ掌に、かすかに光が残っている。この光が……。


「どうかしたの? 撫子」


 あたしが自分の手元をじっと見つめているのを見て、巴絵が怪訝そうに聞いてきた。


「ううん、何でもないよ」


 あたしは、誰にも見えないはずのその光を隠すように、ギュッと手を握りしめた。

 帰ったら、藍子姉ちゃんに報告しなくちゃ。


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