能ある鷹は爪を隠す
能ある鷹は爪を隠す―Ⅰ
妖怪、
見た目はまだ幼い少女のような体躯も、妖怪の血が入っているが故。普通の人間と比べ、体の成長が若干遅い。
東北の第三魔導大学に通う彼女が魔導師を志した理由としては、自分を助け出してくれた一人の魔導師に憧れたが故である。
「冥利ちゃぁん」
「ラミエルシア様、苦しいです」
図書館で調べ物をしていた冥利を、まるで我が子のように抱擁するラミエルシア。
少女どころか幼女にすら見えてしまう彼女が愛らしくて可愛くて、とにかく愛でたい衝動に駆られてしまう様子の彼女に対して、冥利は丁重に引き離しにかかった。
「
ラミエルシアの気掛かり。
それは愁思郎の安否だった。
愁思郎が入院して早一週間と二日。
目を覚ましたことは知っているが、しかしその後のリハビリの様子は冥利しか知らない。
冥利は毎日欠かすことなく、愁思郎の様子を見に行っていたからだ。学園の帰り、必ず見舞いに行っている。
そしてラミエルシアと、愁思郎が怪我したときに共にいたアリスクイーンは、ここ数日来ていなかった。
二人共、貴族または皇族であるが故の何かしらがあって、時間がなかなか取れなかったらしい。
少なくとも、冥利はそう本人達から聞いていた。
「順調に回復に向かっています。三週間という見込みでしたが、それよりも早く回復できるかもしれません」
無論、医者ではないのでそこまでのことはわからないのだが、しかし愁思郎の回復が早いことは事実である。安心させるための虚偽ではない。
「そっかよかったぁ」と安堵するラミエルシア。その言葉さえ引き出せれば、冥利としてはなんでもよかった。
無駄に心配ばかりさせても、愁思郎に迷惑をかけてしまうだろうから。
「冥利ちゃんはお勉強?」
「えぇ、気になることがありますので」
そう、気になることがある。
淡雪にて戦った、あの女のことだ。
女の死体は、“キング”によって魔物の研究施設に運ばれた。
もしかしたら新種の生物かもしれないということで、その凶暴性や魔法を駆使する能力の高さから、その実体を解明しようという試みだ。
だが現在に至るまで、その正体はわかっていない。
魔物の研究を専門とする学者や科学師などが集っている施設で、未だその実態が掴めていない異常を、冥利は不安として受け止めていた。
あれの力は、実際に戦ってみてわかった。
凶暴性に高い能力値。あれの危険性は、他の魔物よりも実に高い。
魔物の中でも最悪と言われる龍種や巨人種。
それと同じ生物が、もう一体――いや何十何百といるかもしれないという恐怖。
異能者の弱体化が問題となっている現代において、人類の脅威と言える生物の登場に、不安を拭いきれない。
ならばその不安を払拭する方法として冥利が取った行動が、調べること。あれの正体について、ある程度の予想を立てながら知ること。
何においても、無知、未知とは恐ろしいものだ。
何も知らない、わからない。故に恐い。
そこにどんな脅威があるのかわからず、そこにどのような絶望が待っているのか知らない。それが恐怖の原点である。
ならばその恐怖を克服するためにできることと言えば知ること、そのために調べることだ。
あれを討ち取った報酬として、愁思郎は自らが捥いだあれの腕を所望し、獲得した。
凍結によって完全に凍り付いていた腕だが、現在は大学の研究室に解凍された状態で保管されている。
そして愁思郎の見立てを、冥利は見舞いの時に聞いていた。
愁思郎があれの腕を捥いだ時に嗅いだのは、薬品の臭い。
人工繊維で紡いだ筋肉と、その中心にある鉱石の骨。培養液と血液代わりの赤褐色の栄養液。
人造人間。
言い方はいくつかあるが、しかしどれにも当てはまりそうで当てはまらない。
何せ人造人間も
遥か太古から残る文献によれば、その製造方法や制御の仕方がわかっているのだが、しかし今の人類にはとても真似できない技術ばかり。
未来の進化を期待して描いたのだろう先人の期待を裏切る形で、人類は未だに理想とする人造人間。及び
故にもしもこれが、あの女が、あの生物が、もしも人工的に創られた生物ならば、それはとんでもないことだ。
未だ未知の領域にあった人工生物の創造。それが何者かの手によって、完成させられたということなのだから。
それも、人類にとって悪となる人間の手によって。
故に愁思郎は、大学に戻れば研究をすると言っていた。
本当に伝説上の存在なのか。だとすればどのように動いているのか。
凄まじい再生能力の秘密や、魔法を繰り出せる原理など、色々調べたい様子だ。
だが本当に知りたいのは、それが本物の
悪の手だろうとなんだろうと、それが本当に人間の手によって作り出された存在ならば、調べ尽くして暴き尽くす。
そしてそれを、今度は人類存続のための手段として――
と、愁思郎は言っていた。
魔導科学は専門外だというのに、凄い熱意だった。
無論それも、天下を取るために必要なことだからなのだろうが、それにしたってだ。
「お兄様は少々無理をし過ぎです。自分で何もかも、背負い過ぎです」
妖怪の力を借りる。
そんな、言ってしまえば他人の協力なくして発現しない魔導の使い手でありながら、愁思郎はあまりにも一人で頑張り過ぎる。
異能者は確かに孤独が好きだ。
魔術師は礼装という物を介しての異能を発現し、他人の力を借りることはない。せいぜい魔術式を刻む際に、それにあった魔力の持ち主に刻んでもらうくらいだ。
魔法師は完全に孤立型。己の魔力のみで異能を発現してしまうため、最も自己完結型と言えるだろう。
そして魔導師は星の魔力を介して異能を発現する。
星との対話が必要などと言っているが、結局これも一人で終結してしまう。
結局異能者は一人で異能を発現し、一人で終わってしまう。
だからこそ、他者の力を借り受けて発現する魔導を使う愁思郎は、とても稀有な存在だ。
だからかもしれない。
周囲があまりにも自己完結している者ばかりであるが故に、他者の力を借りて協力して、共に成し遂げるということをしようとしない。その術を知らないのだ。
そういう環境に身を投じてしまったが故の、弊害とも言える。本当は愁思郎こそが、他者と手を取り協力し合う戦い方、物事の進め方を知っているはずなのに。
冥利は寂しく感じていた。
愁思郎が家にいないこの約六日間。
病室を訪れても、愁思郎は自分に頼ってくれる様子はない。
確かにまだ、愁思郎の家に来てそんなに経っていない。
頼り頼られる関係を築くには、あまりにも時間が短すぎるだろう。
だが冥利の中にある、愁思郎を助けたいという気持ちは本当のもので。
頼って欲しいのに頼ってもらえないその寂しさは、小さな胸を空白で満たして。
故に冥利は、愁思郎に抗議していた。
「天下を取ると言いますが、お兄様の魔導では一人で為せるものではないのですよ? 理解なさっているのですか?」
しかしいざ抗議すれば、それはもうお説教に近くなっていた。
愁思郎もまさか、冥利にそこまで思われていると思っていなくて、もはや説教であるそれを静かに黙って聞いていた。さながら、母親に叱られる子供のように。
「そも、お兄様は私達妖怪をなんだとお思いですか? 魔導を発現させるためのよい道具ですか? 返事をしてくれるいい人形ですか? そう思ってないことはわかっています。しかしお兄様の扱いは、そう思わせてしまうほど冷たいものだとご理解の上で接しておられるのですか?」
「い、いや……そない風には思うてないけどな……?」
「でしたらもっと、私達を頼ってください! あなたを慕いついて来てくれている妖怪達は、あなたに頼られるためにいるのです! そして私は! あなたの力となるべく来たのです! どうかお使いください! 愁思郎様!」
何故そこまで自分に尽くそうと思うのか。
何故そこまで頼られたいのか。
それら一切はわからない。
わかっていないが、愁思郎は冥利を傷付けていたのだということは理解した。
根を詰めようとするとき、一人で無理と無茶をしてしまう悪癖を、愁思郎自身がよく理解していたのに。
「自分の中で完結し過ぎている」と、“キング”からありがたい助言も頂いたというのに。なるほどそういうことかと、愁思郎はこのときに理解した。
「すまんの……悪かった。自分がそないに思うてくれてるとは思いもせぇへんかった」
「ありがとな、冥利」
頭にポン、っと置かれる手。
髪を乱さないよう、撫で下ろされる。
昔自分を助けてくれた魔導師にも、そうして頭を撫でられた。
だからとても懐かしく、同時に嬉しい。
その手の感触が、嬉しかった。
「じゃあ早速やけど、頼み事があるんや。頼まれてくれるか?」
「はい! なんなりとお申し付けください!」
そうしてこの日、愁思郎は冥利から勉強を教わった。
愁思郎が出ていない授業の内容を冥利が教えて、さらに冥利が取ったノートと教科書を見て、さらに知識を蓄える。
今回は魔術式を応用した魔導の授業。
魔術式に星の魔力を取り込んで、より強大で安定した魔導を繰り出せるというものだ。
口で言うのは簡単だが、これがかなり難しい。大学の中でも、これをやってのける者は教師を含めても少ないだろう。
愁思郎も、未だにできない技術だ。
これを学べば、戦闘にも大きな幅ができるだろう。
これを教えてもらえたのはとても大きい。
のだが、ちょっと困ったのは教えてくれる冥利の姿勢で。
愁思郎の隣に座っているのはいいとして、腕を組み、愁思郎の目を覗き込むように上目遣いで見上げて、膝に教科書を置くことで、絶対領域にまで視線が行くようにしたりと、なかなかアピールの強いことに、愁思郎は参っていた。
そこに愁思郎に対する冥利の気持ちが現れているのだが、愁思郎はとにかく色仕掛けに負けまいと勉強に集中するばかりで、そこに気付くことは今は叶わなかった。
「ところで愁思郎様」
(あかん、もう可愛いわぁ……)
人形のように可愛い少女にこんなに寄られて、愁思郎も男冥利に尽きているところ、勉強から別の方向へと話が逸れる。
「今年の特別合格者全員と手合わせするとお聞きしましたが、次はどなたとお手合わせされるおつもりですか?」
「なんや、聞いてたんか。せやな……皇女様には勝ったし、ラミにはこのまえ来たときに降参って言われたし……」
「そうだったのですか?」
「まぁな」
ラミエルシア二回目の見舞いのときくらいに「愁思郎には敵わないなぁ」と言われただけなのだが、まぁそう言ってくれているのだし勝ちにしておこうというくらいの話ではある。
まぁしかしこちらも喧嘩屋ではないので、戦いたくないという相手と無理に戦うのはなしにしたい。相手が参ったというのなら、こちらの勝ちでいいのだ。
「ではどうするおつもりで?」
「いやまぁ、対戦相手は考えてるんやけどな……あとはどうやってそっちに持って行こうかなぁって問題で」
「そのお相手というのは?」
そう冥利に訊かれた愁思郎は、なんとなく興味を引くようにほんの少しの間をおいて。
「イールクラッド・スウィフトシュア。『空挺の魔女』さんや」
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