壁に耳あり障子に目ありーⅦ

 愁思郎しゅうしろうが今回、“キング”による見定めに連れて来た妖怪は四体。

 それぞれ索敵、捕縛、逃走、戦闘の四つの分野に分け、得意分野とする妖怪を連れて来た。


 索敵は自身の分裂と視界の共有が行える目目蓮もくもくれん


 捕縛は凍結により冷凍保存が可能な雪女ゆきおんな美白みしろ

 逃走は常時憑かせている後神うしろがみ。相手の背後に回れる能力は戦闘にも使えるし、何よりいつも力を借りているので応用が利く。


 そして最後、戦闘にはその場にいた最高戦力を憑けて行った。

 愁思郎専属の戦闘教育係、針女はりおなご。藁垣家百鬼夜行、最高戦力の一角。

 彼女の能力は体の硬質化と超速の再生。主に髪の毛に、その能力が大きく発揮される。


 彼女は自らの長い髪を鋼の矢と変えて放つ。その攻撃力は鉄を貫き、さらに飛距離は数キロにも及ぶ。その攻撃可能範囲と攻撃力で、彼女はいざというときの百鬼夜行特攻部隊長を任せられる存在だ。

 今の今まで愁思郎らからは距離を取り、自分の出番が来るような醜態を晒す真似をしないことを祈りながら見守っていたが、ついにそのときが来てしまってなくなく遠距離からの狙撃で時間を稼ぎ、愁思郎が立ち上がるまで待った次第だ。

 それは唯一妖怪を認知していないアリスクイーンの存在があったからこその手段だったが、愁思郎が合図を送って来た。

 百鬼夜行の幹部しか知らない、周囲から見れば一連動作の一部にしか見えない手指揮だ。

「ようやく晒したか」

 それは「出て来ていい」という合図だった。無論、実体での話である。

 アリスクイーンに一応は、妖怪の存在と自身の魔導に関して晒したことを、針女は察する。

 状況が状況なので大雑把にだろうし、あとで詳細な説明を求められるかもしれないが。(まぁ今はとにかくあの女を倒すことが先決か)と、針女は瞬間的に転身したかと思われても仕方ない異常な速度で距離を縮め、愁思郎とアリスクイーンの目の前に着地した。

 「この人が……」と初めてその存在を視認したアリスクイーン。まだ実感できていないのだろう、新たな存在に戸惑えるだけの余裕はないように、針女は見た。

「策は決まったのか、愁思郎」

「『水と油』で行くわ。調度よく揃ってるしな」

「……なるほど。つまり、殺すのか」

「せやな」

 静かに「ふむ……」と重く唸る。

 針女は自らの毛を引き抜いて硬質化。矢を作り上げると、わざわざ作戦を伝える時間をくれている親切な敵の女を威圧する形で、弓をしならせる。

「やれるのだな」

「やるしかないやろ。それとも、うちにはできへんと思うか? 

 普段、愁思郎は針女のことを姐さんと呼ぶ。師事しているのだから当然とも言えるが、彼女からしてみれば、仮にも大将なのだからもっと堂々としていろと思うところでもあった。

 しかしいざというときは大将らしく、呼び捨ててくれる。

 頼りないのは彼女にとって変わらない。

 大将として凛々しいのが時々というのは少し格好がつかないが、しかし同時に任せてもいいかと思わさせてくれるからこそ、彼女は愁思郎を大将として認めていた。

 実力はまだまだ自分の方が上だが、いつか超えてくれる。そう思わせてくれる。そう思わせてくれる、初めての人間だったから。

「ならばおまえ達に任せる。我が針にて動きを封じるが故、早々に仕留めろよ、愁思郎」

「あいよ。そういうわけで行くで、皇女様」

「えぇ、いつでも構わないわ」

「ほな、行くか……」

 律儀にも、二人が戦いの手を止めていた間、何も仕掛けてこなかった敵の女。

 しかし実際には、針女と愁思郎にやられた傷が塞がるまでの間硬直していただけであり、そして二人と一体の戦闘準備が整った段階で、女の再生は完了した。

 凍り付き、捥がれた腕は再生できなかった様子だが、しかしそれ以外は完全に再生した。

 全身を膨らますように呼吸して、愁思郎らの出方を窺う。そして針女がわずかに矢の筈を引いて弦を張ったその瞬間、女は両手を地面に着き、四脚の獣のごとく駆け抜けた。

 針女の撃った矢を躱し、爪を掻き立てる形で五指に力を込めて突撃する。だがその女を、背後から愁思郎が押さえつけた。

 針女の針の矢を女が躱し、女のすぐ背後に矢が来ると同時に転移。

 普通ならば女の背後に転移するところ、矢の背後に転移したのは、片腕で押さえなければならないからで、体を回転させてその勢いで頭を掴み、その勢いで女の勢いを殺しながら頭を掴み、叩きつけた。

 しかし押さえつけているのは頭だけで、しかも片腕。

 女は怪力ですぐさま愁思郎を振り払い、標的を変えて襲い掛かって来る。だがそれが、愁思郎の狙いだった。

 女の反応は確かに速い。動きのキレも凄まじい。が、直線的過ぎる。人と呼ぶよりも、明らかに獣の本能に近いくらいだ。

 故に敵意を剥き出しにしている相手に捕まれば、確実にそちらを先に対処してくると思った。そしてその狙い通りに女が動いたことで、次に愁思郎が取るべき行動もハッキリとしていた。

 女が愁思郎を正面にする形で振り向いたため、再びその背後、今度は逆側に転移する。

 そして今度は捕まえるのではなく、ただ触れる。それが彼女の能力を介しての魔導の、発動条件だった。

「愁! 今!」


――“万象剝離ばんしょうかいり”!!!


 女の背に触れた瞬間に、美白の能力を借り受けた愁思郎の魔導が発現。背中から体の芯――脊髄を凍らせ、動きを止めていく。

(さすがに神経凍ったら動けないやろ!)

 背骨とその中の脊髄を凍らされ、女はガタガタと顎を震わせながらその場に膝をつく。

 体を通して膝が凍り付き、地面とくっ付いて離れない。しかしそうでなくとも、脊髄を凍らされれば動けるはずもない。

「今やで燃やせぇ!」

 アリスクイーンが正面から、女の肩に刃を突き立てて内側から燃やす。

 女に触れる愁思郎もその熱で手が焼けるが、自らの手も同時に氷結し、火傷は防いでいた。

 そしてこれが、愁思郎の言う『水と油』作戦だ。

 氷結と炎熱で同時に体を襲う。

 凍っては焼け、焼けては凍る。

 するとどうだ、激しい温度差でそれの強度は大幅に落ち、細胞ならば死滅する。

 どれだけの回復能力があろうとも、細胞が死んでいては発揮できまい。

 女はまさに地獄の苦しみだろう。地獄の苦しみに焼かれ、体を斬られる痛みで絶叫する。

 これは決して、人間相手にするような策ではない。人にやるにはあまりにも心のない仕業だ。だからこそ耳が、それを通じて胸が痛む。人型生物を焼き、殺す感覚が、絶叫を通じて、冠所の肌の感触を通じてヒシヒシと伝わってくる。

 人を焼いていると実感してしまったか、アリスクイーンの目から大粒の涙。

 それを見た愁思郎もまた人独特の焼ける臭いに吐き気が止まらず、ずっと口を真一文字に結んでいる。そうでなければ、すぐさまその場で嘔吐してしまいそうだった。

 だがそうして気を取られているうちに、女の抵抗が襲って来る。

 もはやどのような気力をしているのか、体が燃え盛り脊髄は凍っているこの状態で、膝で張っていた氷が溶けたことを皮切りとして身を反転。脊髄の氷結さえ溶ければ自由になれると直感的に悟ったか、愁思郎の凍っている肩に噛みついた。

「愁思郎!」

 後神の悲鳴にも似た声が届く。だが愁思郎はその心配を振り切るように口角を持ち上げ、吐血しながらも女の頭を再度捕らえた。

「わざわざどうも、おいでませ……! この魔導は触れてる面積が多いほど凍らせるのが早いからのぉ……! 肉切り骨折りやぁぁぁぁっ!!!」

 「肉を切らせて骨を断つ」と言いたいらしい。

 そしてその言葉通り、女の頭を自身の胸にガッシリと抱きかかえて押さえつけた愁思郎は、胸部から彼女の頭を凍らせる。脊髄どころか脳を凍らされた女は、徐々に意識を奪われていく。

 そして女の頭部がついに芯まで凍り付き停止したそのとき、愁思郎はそのまま抱き締めてその頭を粉砕した。「ほな、さいなら」と、彼女には伝わらないだろうに、愁思郎は律儀に言葉を残した。

 頭部を失った体が力なく倒れると、アリスクイーンはその体に刺さっていた剣を抜く。

 途中で愁思郎が噛みつかれてから何もできなかった彼女は、人型の生物が頭部を失って死んでいることで、呆然自失と言った状態だった。

「旦那!」

 そのときだった。戦闘中消えていた目目蓮が、地面から愁思郎の体を這いあがって来る。そして傷の状態を見て「こいつはひでぇ……」と惨状を嘆いた。

「すぐに手当てしなきゃ――」

「それよりもや。目目蓮、仕事は果たしてくれたか?」

「もちろん。今物凄い速さでこっちに向かってきてますぜ。うちの分裂体も憑いてまさぁ」

「よし。ほなら敵の討伐完了、あと怪我人二名。そう伝えてくれや……うち、もう、限界やねん……」

「わかった。待ってろ、すぐに向かわせるからな!」

 とはいっても、目目蓮がその場から駆け抜けていくわけではない。

 分裂体と意思を疎通し、情報を“キング”に伝えるだけだ。故に愁思郎は右腕に目目蓮を宿した状態でその場に仰向けに倒れ、日が暮れ始めている空を仰ぎ見た。

「愁思郎!」

「愁!」

 二人、耐えかねて実体で現れる。

 霊体でも愁思郎に触れることはできるが感触はなく、体温も感じない。虫の息で倒れる大将――いや、大好きな人間をそのまま見るのは嫌だったのだ。

 物の背後にしかいられない後神は、こういうとき愁思郎を直接抱き起せないから悔しいばかり。なくなく愁思郎を抱き上げる美白の背後から、涙で潤む目で心配の眼差しを向ける。

 すると愁思郎はゆっくりとまだ動く右腕を持ち上げ、そっと指の腹でその涙を拭ってやる。すぐさま力尽きて落ちそうになる手を美白が取ると、それを後神に取らせてやった。

 大将の最期を看取りたいと思うのは、百鬼夜行の幹部ならば当然の思考。

 彼らの愁思郎を思う気持ちは、それが憧れであれ信頼であれ友情であれ恋心であれ、強いものであることは変わりない。

 だがその中でも、後神は百鬼夜行の中でも特別視されていた。彼女と愁思郎の関係は、簡単に語っていいものでもない。その出会いからして、二人はとても運命的だと誰もが思った。

 故に愁思郎に恋する彼女に、同じ心を持つ美白は譲ったのだ。

 愁思郎の御側付きを勝手に名乗っている彼女だが、本来ならば幹部になっていてもおかしくなく、御側付きの立ち位置も決して冗談だけではないと、周囲の誰もが認めていたのだ。

「愁、思郎……」

「大丈夫や、後神……こんなところで死んだりせぇへん。うち、天下を取る男やで?」

「うん、うん……わかってる、わかってるよ。だからもう少し頑張って、愁思郎」

「ん、あぁ……せやな……もうちょい気張らな……あかんなぁ」

 それはここで気を失うと、せっかく魔導で止血している傷がまた広がってしまうかもしれないからといという意味であって、もっと強くならなきゃねという意味合いで言ったわけではない。しかし愁思郎は後者の意味合いで受け取ったらしく、眠りにつくまえに「もっと強く」とと言い残していった。

 そのとき愁思郎は夢を見た。夢と言っても過去の記憶ではなくて、とてもよく知る相手と話す夢だった。滅多に見ることはない、しかしもう何度か経験のあるそれに入ったとき、愁思郎は程よい安堵と落ち着きを得る。

「今日はとても苦戦していましたね、愁思郎」

「見てたんかいな。いやぁ、恥ずかしいわぁ」

 ハハハ、と笑い飛ばしてから。彼女がにこやかに微笑んでくれたので、愁思郎はまるでいつも背負っている荷を下ろすような感覚で、ドッと疲れたように。

「ちょい疲れたわ……また、話し相手になってくれるか?」

「えぇ、構いませんよ」

 現在の百鬼夜行で、愁思郎の御側付きは後神で間違いない。

 だがもしも、もしも仮に、彼女が生きていたのなら、この百鬼夜行創設のきっかけとなった彼女は間違いなく大幹部、愁思郎の御側付きとなっていておかしくない妖怪。


 名を姑獲鳥うぶめ


 愁思郎が初めて出会った妖怪にして、愁思郎の魔導の正体を見極めた者。そして現在の愁思郎の基盤を作り上げた、愁思郎からしてみれば大恩のある相手だった。

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