壁に耳あり障子に目ありーⅣ
『等活地獄』は動物をたくさん殺しました。
『黒縄地獄』は人の物を盗み続けました。
『衆合地獄』は多くの人を犯しました。
『叫喚地獄』は人格を失うほど酔いました。
『大叫喚地獄』は妄言ばかりを口にしました。
『炎熱地獄』は人を闇に落としました。
『焦熱地獄』は神聖なものばかり穢しました。
そして『無間地獄』はたくさんの人を殺しました。
私達は大罪です。大罪人ではありません。
大罪そのものであり、悪なのです。
怠惰のために殺し、強欲なために強奪し、色欲に任せて淫行に耽て、暴食のために酔うだけ酔って、傲慢のために嘘を重ねて、嫉妬のために人を蹴落として、憤怒の炎で光を穢す。そして、七つの大罪を持って、人を殺しました。
八つの地獄が目を覚ます。
鎌首をもたげて口を開け、この世に地獄を作るため。すぐさま死にたいなどと嘆く人間達の願いを叶えるために、とっておきの苦しみと死を与えましょう。
さぁ、まずはあの男から。
「君達は魔力の基本属性はどこまで習ったのかな?」
魔物の異常な少なさから、警戒して帰路に立っている“キング”一行。“キング”は異常事態に対して過度に緊張している
魔力には基本的に属性が存在し、異能者は自らに適合した属性に合った異能を得意とする。
これは魔術、魔法、魔導、どの異能にも共通することであり、異能者となる上で自分の適性を調べるのは基礎中の基礎。私立のそれぞれの専門中学、もしくは公立の専門高校入学の際、身体測定などと同様に調べるものだ。
「属性か……
少しでも場を和ませようと、愁思郎は冥利へと話を振った。
冥利からは「はい、もちろんです」と自信満々に返って来る。まぁ基礎中の基礎である魔力属性について知らないとなると、どうして大学に合格できたのか不明なくらいなので、当然ではあるが。
「魔力の属性は主に四大――地水火風と、光、闇の六つ。これらに該当しない強化や召喚などの性質を、一まとめに無属性と読んでいますが、基本属性には含まれません」
「お見事だ、
個人性質については、属性とは異なる話である。
例えばアリスクイーンは知っての通り、見ての通りの火属性だが、その個人性質は焼却という、対象を焼くことに重点が置かれたものだ。
個人性質はその名の通り生まれついて物であり、異能者はその個人性質をも理解して異能を習得しなければならないわけだ。これは魔力属性のように調べる術はないため、自身で探っていくことになる。
しかしほとんどの人間は直感的に、自らの性質を理解しているらしい。手足の動かし方を理解すると同時、自らの性質を理解すると言われているが、真相は定かではないのが現実だ。
これも冥利は何事もなく答えるが、例として自分の性質を明かすことはなかった。異能者の間では、敵でない限り探ることはご法度となっている。マナー違反という奴だ。性質がわかるとその人から繰り出される異能の大まかな形態がわかってしまうため、ライバルに教えるわけにはいかない。逆に気兼ねなく教えられるということは、それだけの信頼の証とも言える。
故に冥利が口を結んだことで、“キング”は四人の間にある信頼度を知ったのだった。
少なくとも彼女の視線から、アリスクイーンを敵視していることは勘付いている。愁思郎に向けている気持ちも察している。弱視なのに、人よりよく見ている。
「さて、君達はどうして魔導師を目指しているのかな?」
「魔導皇国の皇女として、当然の義務です」
「私も両親が魔導師だったので、それに憧れる形で」
まぁ貴族王族ならばそうだろう。
両親の意向でという理由が、一番多い。元々そのための英才教育を幼少期より受けてきた彼女達は、それしか道がないのだ。
英才教育で得た知識を完全に捨て去って新たな分野に手を伸ばすのも合理的でないし、仕方ないといえば仕方ないのだが。
「私の命を助けてくださった方が魔導師でしたので、その方に憧れた形です」
と、冥利。愁思郎も聞いたことがなかったので、知らなかった。
別段興味がなかったわけじゃないのだが、とりあえずそれどころではなかったのだ。
「
話を振られる。すると女子三人の目が、一斉に見つめて来た。
一人は興味。
一人は好奇心。
一人は詮索。
しかし一緒くたにまとめ上げてしまえば興味深々と言った様子で、愁思郎の動機が知りたい様子だった。
だがどうしよう、と愁思郎は悩む。
愁思郎が魔導師を目指す理由は、藁垣家百鬼夜行すべての妖怪が知っていることだ。
何せ、それが愁思郎の目的であり勧誘の文句。故に皆が知っている。
だがそれは妖怪らにこそ言えることで、彼ら妖怪を知らない人間には言えないこと。何せそれは、妖怪の存在を知らせることとなるのだから。
故に愁思郎は少し濁しながら。
「昔ある人と、魔導世界で天下取るって約束してな。経緯はどうだったか忘れたけど、でもなんかその約束だけは忘れられんで、今もこうして貫こうとしとるわけや」
少しだけ嘘をついた。
約束ももちろん、その経緯も憶えている。
だってそれは、愁思郎が初めて妖怪を妖怪として見た日の出来事。いつか必ず天下を、その目標ができたときなのだから。
忘れられるわけがない。
「お兄様?」
人知れず、苦悶の表情になっていたかもしれない。でなければ、冥利が心配そうな顔で窺って来ることもなかっただろう。
過去をぼやかしたせいでその過去が脳裏に鮮明に焼き出され、自分の中で辛くなってしまった。それは確かに愁思郎にとっては起点となる記憶だったが、同時に一番辛い記憶でもあった。
だから冥利だけでなく
「大丈夫や」と微笑む愁思郎に、冥利は安堵した様子で微笑みを返す。
そして少し愁思郎にかがむように袖を引っ張ると「お話したくなったらいつでも」と耳打ちした。
妖怪の子でもある冥利には話しておいた方がいいかもしれない。そんなことを愁思郎が思っていると、少し先を歩いていた“キング”が二人を待つためでなく目の前の光景を見て立ち止まった。
「どうしたんですか? “キング”」
「魔力探知をしてみ給え、インデックスくん。すぐにこの異常性に気付くはずだ」
そう言われて魔力探知を試みるラミエルシア。そしてアリスクイーンもまた、現状の把握のために続く。
だがそれよりも早く、愁思郎が
そして数秒遅れでラミエルシアもまた、現状に気付いた。
「この先に魔力の反応……この反応は、人間? 魔物? そのどちらとも言えるし、どちらとも言えない……そんな嫌な魔力を感じる」
そう、目目連が見ている光景にも、その魔力は映っている。
見ただけで悪寒がする魔力。まるで内臓が敷き詰められた箱の中に顔を突っ込まれているかのような気色悪さ、恐怖。
できることなら相対したくない何かが、自分達の行く先にいる。
だがその存在を明確に視認することはできないでいる。目目連がそれを見ている位置が、肉眼では捉えきれないほど遠いのだ。
しかしそれだけの距離でなければ、目目連の持つ気配遮断能力を以ってしても気付かれ、殺されるかもしれない。そう思えるほどの、禍々しさ。
「どうします“キング”」
アリスクイーンが訊く。
彼女もまた一拍遅れて魔力の感知に成功したようで、礼装である深紅の西洋剣を取り出していた。
戦う気か。相変わらず強気なことだが、愁思郎の目からしてみればそれは無謀に映る。愁思郎自身敵わないと思っている相手に、アリスクイーンが勝てるとは失礼ながら思えなかった。
そしてそれは、“キング”も同じ意見のようだ。自分以外の誰も、あれには敵わないと察している。未知の存在に会ったとしても冷静に戦力を分析し、決断する。“キング”たり得る能力だろう。
「このまま廃村まで戻っても、奴と接触する可能性が高い。迂回路を取って接触を避けよう。今の我々では戦力不足だ」
その意見には賛成だが、さすがにそう正直に言われるとショックである。自分の実力が、まだまだなのだと思い知らされる。
だがここで駄々を捏ねても最悪死ぬ。それだけは避けなければならない。全員同じ考えで、愁思郎が一瞥で確認した後神ら妖怪も納得した様子だった。
「では行こう。連絡は私が――」
と“キング”が言いかけたそのときだった。
突如として“キング”は持っていた杖を抜き、仕込み刀を晒す。
そしてその剣撃で何かを防ぐと、その勢いに負けて数メートルの距離を飛ばされ、地面に足が着くと同時に踏ん張り、なんとか停止した。
“キング”はあり得ないとまでは言わないまでも、しかし驚いた様子だった。
向こうの何かもまた、魔力感知を行い位置を知ったのだろうことはわかるのだが、距離は実際数キロあった。その距離を数秒で縮め、さらに攻撃までしてきたそれの凄まじい運動能力に、驚愕せざるを得なかったのだ。
(私に剣を抜かせるとは……まぁ珍しいことでもないがね。しかしこの距離を一瞬で縮めてくるとは、とんでもない身体能力だ……)
「何者かね?」
恐れ多くも、魔導師の頂点になんの躊躇もなく襲い掛かったそれは、人型だった。
奇妙なほどに真っ白な肌。
全身に魔術式か、意味深な模様を刺青として刻んでおり、それがうまいことを恥部を隠している。
しかし裸であることは変わらず、さらにそれが女の姿をしていたことから、健全な男子である愁思郎は目のやり場に困る。
黄金の長髪を揺らし、黄金の双眸でただ目の前の敵のみを凝視する彼女。
その瞳孔は常に震えており、凄まじい距離を縮めたためか肩で息をしている。が、明らかに人間でないことは理解できた。
女は“キング”の問いに応答することはなく、絶えず“キング”を見つめている。
そして全身を激しく痙攣させると全身の真っ黒な刺青が淡い赤で輝き、両腕を地面について獣のように唸り始めた。
「言葉が理解できないのかね?」
アリスクイーンは次の瞬間、目を疑った。
瞬きをしたその刹那、瞬間と呼ぶのにも短すぎる六徳の間に、女の姿を見失ったからである。そして次に見ると、“キング”によって女の体が払い除けられ、女は着地してまた四肢を地面に立てて唸っていた。
理解が追いつかない。ただ女は一瞬のうちに“キング”に殴りかかるか蹴りかかるか、とにかく肉薄し、“キング”はその打撃を剣で受け止めて払い除けただけのことなのだが、ただそれだけのことを理解できなかった。
まるで自分達では追いつけない速度、次元の話だったからである。
そしてその領域を確実に目で捉えているのが、弱視の“キング”であることが納得いかなかった。(弱視なんて嘘でしょ?)なんて思わなければ、この状況を受け止められなかった。
「しゅ、愁思郎……」
「落ち着け後神。うちも付いていけてないわい」
動揺する後神を落ち着ける愁思郎。
しかし彼もまた気が動転し、普通に隣にいる人に話しかけるくらいのトーンで話していた。が、皆にそれに突っ込むだけの余力はない。
皆が自分よりも桁外れに速い女の動きをなんとか捉えようと必死で、それどころではなかった。
「接触してしまったか……仕方ない。藁垣くん、皆を誘導して走り給え。ここは私が引き受ける」
「せ、せやけど……」
「案ずることはない。それに今の君達では手に余るだろう。君達は戦線を離脱し、この情報をいち早く外部に伝えることだ。こんな亜人の存在を、世界はまだ認識していないのだからね」
要は自惚れるなという話だ。
確かにこの場に残っても何もできることはない。情報を早く持ち帰って、増援を呼ぶ方が賢明だ。
何より戦うのは“キング”ブラッドレィ・アルトニクス。負けるはずがない。
「ラミ! 転移魔法!」
「う、うん!」
転移魔法は一瞬で長距離を移動できるが、正確な座標を指定しなければならないし人数が多いと一度に移動できる距離にも制限が生じる。
ラミエルシアのそれで四人なら、淡雪のゲートまで三回ほど繰り返せば付くだろう。
ただしこの魔法は本来術式をその場に刻み、その式を描いた陣の中の物体を転移させると言った方法で使われることが多い、魔術向きの異能だ。魔法や魔導だと発動までに大幅なタイムラグが生じ、隙が大きい。
さらにラミエルシアはまだ転移の魔法が使えるレベルで得意ではない。
まだまだ未熟な彼女の発動までのタイムラグは、プロの魔導師のと比べれば三倍はかかるだろうことは明白だった。
故にラミエルシア以外の人間がやることは決まっていて、三人はそれぞれの体勢に入った。
魔法発動のタイムラグを少しでも短縮するために、冥利はラミエルシアに魔力を送って補う。そして愁思郎とアリスクイーンの二人がそのまえに立ち、魔法発動までの時間を稼ぐ構え。
だが実際、今のこの二人では時間稼ぎにもならないことはわかっている。が、何もしないわけにはいかない。
アルトニクスは四人のしようとしていることを悟り「利口だな」と四人を護るために剣を向ける。女はまた獣のごとく唸ると、全身の刺青を赤く鳴動させて再び突っ込んだ。
女と“キング”の剣が激しくぶつかる。
本当に弱視なのかと皆が疑う中で、“キング”は片手で剣を振るいながら指先で宙に文字を刻み始めた。
魔術式だ。おそらくは捕獲のための術式だろう。種類までは、愁思郎ら学生にはまだ判別できない。
そして女が突っ込んできたタイミングで、“キング”はその術式を拳に込めて撃ち込んだ。
正拳突きをもろに喰らった女は吹き飛び、地面を転げて悶絶する。
そして同時に撃ち込まれた術式が起動、女の前進に絡まると四肢の動きを封じた。
「やれやれ、私が捕らえる方が速かったかな?」
と、余裕の“キング”。
まさかこれが彼の全力だとは思わないが、しかしその一端を見れただけでも、充分に貴重な体験と言えた。
あれだけ危機感を自他共に煽っておいて、こんなにもあっけない幕切れだと拍子抜けしてしまうが。
「まだまだ若いものには負けてられないね。インデックスくん、君は転移が苦手なのかな?」
「は、はい……お恥ずかしいところをお見せしました」
「何、構わないさ。私も転移は苦手でね。一二時将の中には戦闘に応用する者がいるが、私からしてみれば――」
“キング”は唐突に口を結ぶ。
そして次の瞬間、何かに気付いた“キング”はその姿を忽然と消してしまった。唐突過ぎて、四人は誰も状況の理解ができていない。
だがすぐさま愁思郎の目には目目連の見ている視界の一つが入る。
そこには剣をジッと見る無事な“キング”がいた。
彼に習ってその剣を見ると、一つの魔術式。あらかじめ彼が刻んだものではなく、先ほどとっさに付けられたことはその術式の文字の荒さからして明らか。
そしてその術式が転移の魔術だったことから、転移が苦手と豪語していた“キング”ではないことがわかる。なら誰か。当然、その剣に“キング”以外で触れた人物。
女だ。
女は戦闘の最中に転移の術式を施し、“キング”を別の場所に飛ばしたのだ。彼女の限界か、それは淡雪の中だったが、しかし相当な距離まで飛ばされた。
最悪だ。この展開は最悪に類する。
自分達には手が余る敵。
飛ばされた最強の魔導師。
そして何より最悪なのは、その敵が今四肢の拘束をその身に余る怪力で振り解き、自由を取り戻したことだった。
女の獣じみた激しい咆哮が鼓膜を揺らし、愁思郎へと襲い掛かる。
太陽の下、輝く赤い血飛沫が――舞った。
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