壁に耳あり障子に目ありーⅢ

 第二高位危険地域、淡雪。

 かつてはそこに王国が築かれていたが、魔物の群れによる襲撃で、今はもう存在しない。

 その魔物の群れがさらに子を成し、数を増やし続けた結果、淡雪は魔物の巣窟と化してしまった。


 人類は絶えず異能者を派遣し、魔物の総量を増やさないように数を減らし続けている状況。

 しかし魔物は一度に大量の子を産み、さらにその子は産まれてすぐさま自らの力で走ることができ、人を喰う。生まれた時から人間の脅威、というわけだ。

 故に人類は、魔物の総量を増やさないようにするので精一杯。

 その数が増え過ぎて淡雪から外に出ないようにするのが、最大限努力して出せる最高の結果であった。

「私が思うに、淡雪の魔物は例えるなら蟻のような連中だ。女王となる魔物がいて、それが絶えず魔物の数を増やし、その女王を他の魔物と生まれた子が護る。我々が狩っているのはその他の魔物であり、生産元である女王を叩くまでに至っていないのだよ」

「“キング”や他の一二人の方でも、掃討は無理だと言いはるんですか?」

「うん、藁垣わらがきくんの言いたいことはわかる。我々が力を合わせれば確かにここの魔物を掃討することはできるだろう。全員がいれば、な」

 その言い方の含みの意味を、愁思郎しゅうしろうと彼について来た魔導師候補生は理解していた。

 危険地域と呼ばれている場所は全世界に六つあり、それぞれ淡雪と同じかそれ以上の魔物が多く生息する地域である。

 それらも現在、淡雪と同等の処置が施されている。つまり毎日魔物を狩り続け、その数を一定数に保ち続けるということ。そしてそれには、一二時将の力が必要だ。彼らは週に一度程度の期間で必ずどこかの危険地域に足を運び、魔物を狩っている。

 毎日でないのは彼らにやって欲しい仕事が世界にはまだたくさんあるからで、さらに人間には体力及び気力による限界が存在するからだ。

 彼らが一日に狩らなければいけないノルマは、決して十や二〇じゃない。千を超える世界である。疲弊は仕方ない。

 さらに最高位危険地域に関しては、必ず三人以上の一二時将がついていることになっている。

 そこはその名の通り、それだけの危険が存在する場所。彼らがいなければ、即刻周囲の国々は魔物に侵食されていただろう。

 故に一二時将が全員揃うことはできず、一つの地域に対しての掃討作戦も行えない。

 最高位危険地域に関しても、掃討作戦は一二時将では足りないという計算結果が成されている。彼らにとっては屈辱な限りの、計算が。

「あの計算結果に対して君はどう思う、藁垣くん。我々一二時将全員でかかって、手に余る代物だと思うかね?」

 そう訊かれて少し悩む愁思郎。

 実際その問題を考えたことがないわけではなかった。

 だがその本人に訊かれると、新参者にすらなれていない自分が意見を述べるのはまだ早い気がする。「忌憚なき意見を述べてくれて構わない」と言っていそうな表情を浮かべている“キング”だが、それに関する意見を述べるには、それ相応の覚悟が、今の愁思郎にとっては必要だった。

「ほな、失礼を承知で言わせてもらいますと……うちは当然の結論だと思うてます」

「その根拠は」

「最高位危険地域はその名をとしてますが、あれはもう規模としてはです。そこに住む魔物の総量も正確には知られてませんが、およそ世界に存在する魔物の四割がそこに存在する言います」

 つまり世界中に存在する魔物の四体に一帯は、最高位危険地域に生息する魔物という計算である。大したことはないなどと、吐き捨てられない数である。

「“キング”を含まれます一二時将全員は人間です。大陸を囲うように一斉に掃討作戦に出たとして、必ずカバーしきれない穴が出る。追い込まれた魔物がそこから他の国に飛び出せば作戦の意味がありません」

 そう、いかに一二時将が最高位の魔導師だったとして、所詮は人間。

 大陸ほどの規模にいる魔物を掃討するとなると、一人につき数万キロの距離を割り当てられることとなる。人間一人にそのカバーは、どれだけの能力を持っていたとしても無理だ。

 それが世界の計算結果をもとに、愁思郎が考えた結果である。単純だが、どれだけの異能を持っていたとして、それが人間の手に治まるレベルのものなのだから、人間の限界を超えられるはずがないということだ。

「では我らの穴を他の魔導師、魔法師、魔術師で埋めるというのはどうかね? 単純な手だが、これなら一人でカバーする量も減る」

「セイドーハの悲劇というものがあります」


 セイドーハの悲劇。

 それは先代一二時将時代の話。第四高位危険地域セイドーハにて行われた、魔物掃討作戦。

 それは今の“キング”が言ったように、一二時将全員がカバーしきれない穴を他の魔導師らが塞ぐ形で参戦するというものだった。


 が、結果から言えば、当作戦は失敗した。


「これも単純な話、実力の問題です。六つの高位危険地域にいる魔物はそこらの野良より遥かにレベルが高い。第四位の危険地域でさえ、カバーのために入った他の魔導師らが殺され、その穴から多数の魔物がなだれ込み、隣国三つが焼け死にました。これの二の舞になります」

 つまりすべての危険地域の魔物を掃討するのに必要なのは、単純明快。

 数と力。

 その両者を高い次元で両立させている者が、物凄い数で必要だ。異能者の弱体化が問題視されている、この世代で。

「セイドーハを覚えていたか。あの当時は私もヒヤヒヤしたよ。私はその隣国……焼き殺された方の出身でね。家族を逃がすのに精一杯だった」

「す、すんません……嫌なことを思いだせてしもて……」

「いいんだ、藁垣くん。忌憚なき意見をありがとう。是非ともセイドーハの二の舞にならぬよう、世界にスカウトされる魔導師になってくれ給え」

「は、はい。努力します!」

「よかったね、愁思郎!」

 説明が遅れたが現在、“キング”ブラッドレィに連れられて、淡雪にいる愁思郎。唯一入出国ができるゲートをくぐり、アルトニクスが用意してくれた魔導四輪で移動中である。

 ゲートから魔物の遭遇率の高い場所までは数キロの距離があり、四輪で移動した方が速いのだ。

 さらにいえば今は二人だけではない。

 同じく“キング”に品定めをしていただこうとアリスクイーンとラミエルシア。そして愁思郎が心配でついてきた冥利みょうりもいるため、やはり四輪の方が手っ取り早い。

 ちなみに運転は運転手を雇った。アルトニクスは見えないわけではないが弱視のため、四輪の運転免許を持っていない。

 そして愁思郎には、今回四体の妖怪達。

 危険地域に行くとあって、万全を期した形だ。後神うしろがみ以外の妖怪三体は、誰にも気付かれることなく四輪の上に乗っていた。

「さて藁垣くん。今回は蜥蜴型の魔物と対峙してもらう」

「蜥蜴型ですか」

 蜥蜴型と言うが細分化すればその種類は様々だ。

 前回愁思郎が相手にしたような二足歩行で顎の力が発達した種類もいるし、蜥蜴型と聞いても対策の立てようがない。

「蜥蜴型全般と戦え、ということですか?」

「そこは現場での君の判断に任せよう。別に逃げの一手でも構わんさ。私は君が魔物相手にどれだけやれるのか、見たいだけなのだからね」

 要は戦闘の内容次第。

 仮に逃げの一手だとしても、逃げるために使う戦略とそれを実践できる能力が見られれば、なんでもいいということだろう。

 実際に今回愁思郎は四つのパターンを想定し、四体の妖怪を連れて来た。

 索敵。迎撃。逃走。追撃。

正直この四体さえいれば、戦場における基本は押さえられる。

 高位危険地域に入る際の必要最低限の備えである。彼らがいて、ようやくこの危険地域で戦える。愁思郎がそう考えていた。

「さぁ到着だ、君達準備をし給え」

 魔物の巣に現着、というわけにはいかない。

 魔物の巣からおよそ数キロ離れた場所にある、四輪の停車が可能な廃村だ。

 そこより先は魔物の出現率がグンと上がるため、四輪では移動できない。故にここからは徒歩。遭遇次第戦闘開始、ということである。

 とりあえずそこから巣に向かって歩く。割と大きい村だったのだろうそこを抜けると、何もない荒野が続いた。一時間ほど歩いても、地平線が広がっている。

「冥利、大丈夫か?」

「はい、お兄様。問題ありません」

 遮蔽物がないために、直射日光に晒される。まだ春だというのにこの日は暑く、愁思郎は冥利の健康状態を気にかけた。

 長い距離を歩いていたが、冥利は平気そうである。むしろ大丈夫でなさそうなのは、アリスクイーンとラミエルシアの二人だった。

 異能力者の戦闘スタイルは、主にウォリアータイプとキャスタータイプの二種に分けられる。

 これは魔術礼装を使い戦うタイプとそうでないタイプという区別だが、近接戦闘型か遠距離戦闘型かという区別の仕方はこの場合していない。

 礼装の種類によって、戦闘距離はいくらでも変わるからだ。

 そんなわけで戦闘スタイルを区分する世界共通の言い方はなく、ウォリアー、キャスターというのもあまり一般的ではない区分の仕方だ。言っている人は少ない。

 そして比較的に運動量の多い近接戦闘型は、遠距離戦闘型と比べて体力がある。

 冥利は近接戦闘型。そしてアリスクイーンとラミエルシアは遠距離戦闘型だ。故に長距離移動は冥利よりも、二人にとって過酷なわけである。

 しかし二人よりもずっと小柄な冥利が心配されるのは自然なことであり、さらに他人から預かっている身の愁思郎としては先に心配することである。だが女子二人はそれにほんの少しの不満があり、冥利が心配されたことで少しむくれた様子だった。

 それに気付いた“キング”はやれやれと言った様子で。

「藁垣くんは罪な男だなぁ」

「えぇえ、何がです……?」

 愁思郎が疑問符を浮かべていると、何かを察した冥利が愁思郎の手を取って。

「お兄様、お気になさることはありません。周囲への警戒を怠ると危険ですので」

「そ、そうか……それもそうやな……」

 と、あくまで心配を自分に向けるように示し、ちょっと満足気な微笑を浮かべた。

「しかしおかしいな……この気配の無さは……」

「どないしました?」

 若干緊張が緩んだタイミングを見計らったというわけではない。

 ただ不遇にも、“キング”がこの状況を怪しんだタイミングと、今のやり取りのタイミングが被ってしまっただけのことである。

 良くも悪くも、それが愁思郎らの緊張感を再度締めて、死ぬ確率を若干数下げた。

 “キング”は弱視で周囲を見渡して、周囲を魔力による探知を行った結果を口にする。

「魔物の数が少ない。いいことではあるが、しかし異常なほどだ。ここまで魔物の気配を感じないのもそうあることではない。藁垣くん、君はどう思うかね?」

「すでに誰かによって殺された……と思うのが自然思いますけど、それにしてはどこにも死骸がありません。それが不可解です」

「あぁ。知っての通り魔物の血液は他の魔物に危険信号となって、その場から遠ざける。故に四輪で移動できるまでの安全圏には敢えて魔物の血を垂らしておくものだが、ここまで深く入ってその血一滴すらないとなると、この場で討ったとは考えにくい」

「持ち帰った、というのは?」

 これは冥利だ。彼女も不可解に思い、警戒を始めている。

 その意見に対しては“キング”が静かに首を横に振った。

「それは考えにくい。確かに魔物の皮膚や骨、外殻は貴重な資源だが、血まで持ち帰ることはない。魔物を遠ざける効力以外、なんの意味もないのだからね」

「となると……一番ヤバいケースとしては……共食い」

 魔物は基本共食いをしない。

 だが稀に、空腹に空腹を重ねた魔物がすることがあり、共食いをした魔物はどういう蟲毒の原理なのか、喰らった魔物の血肉を力に変える。つまりは強い魔物へと成長する。

 故に厄介である。共食いをした魔物の強さは他のそれとは段違いだ。

 さらに一度共食いをしたそれは魔物の味を覚え、さらに共食いを重ねて強くなる。早期駆逐が理想的だが、実行できた実例は少ない。

 “キング”としても相当の事態を予期したらしい。周囲に一切の血肉がない当たり、そこにいた魔物をすべて喰らったと仮定したとき、その強さは計り知れない。

「仕方ない戻るか」

「せやけど“キング”! このままじゃあ」

「わかっているさ。だが君達を危険に晒すわけにはいかない。君達はまだ魔導師候補生であり、実際に魔物を狩る権利を有しているわけではないのだからね」

 早期駆逐が適切。だがそれには、自分達の実力では明らかに不足。

 愁思郎らは悔しさを隠し切れなかった。戦う前より逃げるしか選択肢がないくらいに自分達が弱いこと、それに対しての悔しさは、形容しがたいものがある。

 だがそうするしか術はなく、今は安全に帰路を辿ることを目的として動くほかなかった。故に愁思郎は悔しさを感じながらも、本来倒すべき魔物を見つけるために憑れてきた妖怪にだけきこえるように、ボソッと。

目目連もくもくれん。周りに強い魔物がいたら教えてくれ」

「はいよ、旦那。そう気を落とすことはねぇってさ」

 愁思郎の掌に現れた眼。それは愁思郎の手を伝って胴体へ、さらに脚へとなだれ込み、そして地面に到達すると、その数を一瞬にして凄まじい量にして分散していく。

 これが索敵のために憑れてきた妖怪、目目連。

 眼のみの妖怪だが、分裂能力を持ちその視界を全個体が共有している。

 目目連は分裂して大地を駆け抜け、見つけた魔物を愁思郎の視界に共有させる。

 魔力探知と違って虱潰しになるが、魔力探知よりも魔力効率がよく、さらに魔物の種類や大きさなどの駒かい情報もわかる。普段もこの能力で、目目連は愁思郎を監視しているのだ。

 目目連の移動速度は早く、分裂すればするほど速度が増す。最大容量の六百にまで分散した目目連は、愁思郎の周囲一キロまで散布され、索敵を開始した。

 愁思郎の目は現在、いわば複眼のように目目蓮が送って来る六百の光景を同時に確認している。その中の一つに魔物が見つかればそこをピックアップして見ることができ、視覚で得られる情報を確認できるというわけだ。

「どうかね? 魔物はいるかね?」

「はい……今んところはって――!?」

 思わず答えてしまったが、愁思郎は驚かされた。

 “キング”がまるで当然のように、愁思郎が索敵をおこなっていることを承知しているかのように訊いてきたからである。

 霊体の目目連の存在を認識しているかのような発言は、愁思郎に冷や汗を流させた。

「どうしたのかね?」

「い、いや……」

 わかっているのか試してるのか。その真意はわからない。

 仮に妖怪の存在を認識できているのなら、できれば駆逐対象として見て欲しくはない。かの“キング”を止めるのは、物理的に不可能だからだ。そこはもう、祈るしかない。

「と、ともかく周りに敵はいないみたいです……」

「そうか、ありがとう。では諸君、戻るとしようか」

 霊体状態の妖怪を認識できる人間。

 冥利のような人間と妖怪のハーフならまだしも、そんな人間が他にいるなどと、愁思郎は思わなかった。いやまだ、そうと決まったわけではないが。

 しかしこの時代、妖怪の存在は魔物と一緒くたにされてしまう。

 もしも魔物を知覚できているのなら、魔物と断じて斬りかかって来てもおかしくはない。

「愁……」

 憑いてきていた雪女ゆきおんな美白みしろは、愁思郎に不安げな表情で手を繋ぐ。

 魔導高校に通う彼女は“キング”を愁思郎ら魔導師候補生と同じ価値観で見ている。故に恐ろしいのだ。彼が本気で自分達を狩りに来たら、確実に殺されると。いつその杖で撲殺してくるか。もしくは魔導によって消滅させられるか。怖くて怖くて堪らないのだ。

 普段強気の美白が見せたその不安げな表情に、愁思郎は手を握り返して「大丈夫や」と返す。本当なら力強く抱き締めてやりたいところだが、しかし今はそうするわけにいかず、愁思郎は必死に誰にも気付かれないように「大丈夫」と繰り返した。

 それは背後の後神にも、もう一体の妖怪にも同様だ。一同不安に駆られていた。狩られるのではないかという恐怖に振るえ、愁思郎に助けを求めている。

 そんな彼女達に対して「大丈夫」だと連呼するしかできない自分に、愁思郎は腹が立った。まさかこのような形で、“キング”と戦わなければならないかもしれないなんて。そして、勝てる要素がまるでないなんて。

 悔しくて、悔しくて、先に進む“キング”の背中を見つめた愁思郎は、魔物よりも彼に対しての恐怖心で一杯になった。

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