後ろ髪を引かれる思いでーⅦ
唐突ではあるが、これから起こる戦闘描写をより想像しやすいように、
これは
形はいつしか先述した通り、二丁の拳銃を鎖で繋いでいる。銃も鎖も含めて魔術礼装であり、愁思郎の武装だ。
銃には弾の“増殖”の魔術式が施されている。
愁思郎の魔力に触れると弾を撃ったと同時に次の弾を一秒とかからずに増殖、装填、射出できる。
さらに性質と属性を持った魔力を込めることで、それに合った様々な能力を持った――いわゆる魔弾を生み出すことができる。炎ならば燃え盛る魔弾。氷ならば、撃った対象を凍らせるなど、単純なものではそんな感じだ。
要するに様々な特性を持った魔弾を無限に撃てる銃。ということである。愁思郎はすべてではないが、人より多くの魔力性質を持っているので、敵対するものからしてみれば厄介な能力だろう。
ちなみにだが魔術式の説明をついでにしてしまうと、施す術者には施したい能力の魔力性質が求められるが、術式が施されたあとならその術式を介して誰もがその能力を発現できるという仕組みだ。
つまり“増殖”という魔力性質を持っていない愁思郎でも、“増殖”の魔術式を介してなら“増殖”という魔術が行使でき、無限の銃弾というのが実現可能ということである。
そして鎖もまた、その魔術式が施されている。こちらは“増殖”とも言えるが、“伸縮”と言った方が正しい。通常は三メートル程度――まぁこれでも充分長い――だが、“伸縮”の魔術式によってこれが最長で百倍にまで伸びる。強度も凄まじく、鎖の輪一つにつき百十キロまでなら楽々持ち上げられるほどだ。
つまり凄い伸びるうえに、伸びれば伸びるほど強度が増す鎖。これを巻き付けて引っ張るだけで、大木を真っ二つ。なんてこともできる。
以上が【種子島】の能力だ。そう、開き直ってしまえばこれだけの代物である。
これの開発には愁思郎も監修しており、彼の理想とする武装ができたのだが、しかしそれ以上のものは何もない。
何故銃という武器に鎖をつけたのか。それは初見の人からしてみれば誰でも謎だ。
いつだったか先述したが、銃は相手に投げつける武器ではない。そこから銃弾を高速で叩きだす、中、長距離武器だ。鎖でリーチを稼いだところで、なんの意味もないと誰もが思う。
だがその戦闘スタイルを見ることで、その誰もが武器の形状に納得する。そう、誰もがだ。
「愁!
「
緊急要請を出した幹部妖怪を助けるため、藁垣家から飛び出し、闇紅の国境をも抜け出した愁思郎率いる百鬼夜行。その先頭を走る愁思郎は【種子島】を握り締め、予期していなかった内容の報告に唸る。
「どうするの、愁」
「
「お呼びで?」
その身にはとても余りある大きな鏡を持ち、愁思郎の側を並走する妖怪、雲外鏡。
彼の持つ異能は、この場においてかなり有力である。彼は幹部ではないが、しかしその異能から幹部と同じくらいの発言権を持つ妖怪だ。しかし本人は「そんな大層なものは要りません」と言う性格なので、その権利を使ったことはあまりないが。
「雪女とその側近三人を行かせる。頼むわ」
「承知」
「そういうことや美白! 頼むわ!」
「……まったく、こういうときだけ名前で呼ばないでよね」
「すまんの」
そう言われて「まったく……」と不満そうに、しかし半ば嬉しそうにそっぽを向く雪女の
藁垣家の幹部妖怪のほとんどには二人以上の側近がいて、美白にも三体の
彼女らは美白よりも年下で小さい体をしているが、すでに思考回路が人間からしてみれば大人で、照れる雪女を見て「素直じゃないなぁ」「可愛いなぁ雪女様!」「普段から呼ばれたいのですね……」などと好き勝手言っているくらいである。それを雪女に視線で咎められるが、知らん顔で済ました。
「ほな早速、この子達を――」
「愁思郎!」
その背に憑いている
背後からの視線に敏感な彼女は、背後から迫りくる大型の魔物の存在にいち早く気付き、知らせた後神の手を取ることで褒めると同時に応じた愁思郎は、迷うことなくその方向に銃の片方を投げつけた。
百鬼夜行の気配を感じ、二足歩行のオオトカゲ型の魔物が、唾液塗れの咢を揺らして迫りくる。目を持たないそれは臭いと魔力によって居場所を察知し、ついに妖怪の一体に齧り付こうとした。
が、そこに直線を描いて走る銃。黒い銃身に赤い字で刻まれた術式の芸術的美しさなど、目がない魔物に理解はできない。ただ魔力を感じる何かが迫っているとだけ察した魔物は、獲物と間違えて喰らおうと大口を開けた。
そのとき一発轟く乾いた銃声、その直後に揺らめくのは巨大すぎる顎と顔を支えるために発達した魔物の脚。その脚は力なく膝から崩れ落ちて、巨大な顎の重さで前のめりに倒れていく。
それより数秒遅れで地を踏んだ愁思郎は、撃ち抜かれた眉間から流れ出る魔物の黒血を踏む。魔物に狙われた数体の妖怪をその場に留めて「処理は任せる」と言い渡すと、再び先頭に躍り出た。
愁思郎が行ってからも走り続けていた列の先頭に戻るのは、それなりに時間のかかるもの。しかしそれは普通に走っていけばという話であって、愁思郎はこのときそんな手間を掛けなかった。愁思郎が【種子島】を愛用する理由の一つでもある、後神の能力。それを使った。
愁思郎の魔導は百鬼夜行。妖怪の異能を借り受けて発現する力。その力によって後神という妖怪の力を借り受けた愁思郎は、指定した人物及び物体の背後に転移することができる。アリスクイーンとの戦いで、何度も背後を取れた絡繰りがこれだ。
範囲はおよそ、三百メートル。
【種子島】の鎖を限界まで伸ばしたときと同じ距離。
その範囲内の対象の、背後にだけ転移できる。ただそれだけだが、愁思郎はこれを愛用しているが故に後神を常に憑かせている。
考えてもみよう。銃が射抜けるのはどこか。無論、銃口の先だ。その直線状ならば、撃てば当たる。常識である。
しかし愁思郎はこの銃という武器の特性を、銃口が向いた先しか撃ち抜けないと解釈した。
どれだけ性能がいい武器も、当たらなければ意味はない。そこでこの【種子島】である。
相手に向かって銃を投げつけ、その銃の背後に転移してそれを取り、確実に射抜く。それがこの【種子島】の基本戦術である。鎖で繋がっているのは投げやすいからと、回収しやすいからの二点から。
無論、ただ投げるに対しても愁思郎は魔法を使っている。
簡単な操作魔法だが、それによって鎖を操作して途中方向転換などを行い、確実に相手に接近できるようにしているのだ。つまりもし見当違いの方向に投げても、その後操作して対象の側に移動できるということ。
なんともひねくれた考えが入り混じり、ついに生まれたのがこの形状と能力を持つ【種子島】だ。愁思郎唯一にして最高の礼装である。
その能力を駆使して、愁思郎は見つけた敵に向けて銃を投げては転移、確実に眉間を撃ち抜いて速殺。敵を見つける、投げる、転移、射抜く、を繰り返し、自身の通ったあとに魔物の死屍を並べていった。
「愁! 私達は先に行くわ!」
「あぁ、頼むで!」
雲外鏡。
彼の異能は、鏡を通じて対象を転移させること。
鏡がある場所ならば、自分を含めて対象をどこにでも移動させることができる。この能力がある故に、支部には必ず鏡が存在し、いつでも移動できるようになっているのだ。
雪女達が、雲外鏡と共にその能力で転移していくのを見届けながらも、肉体強化の魔術式によって脚力を強化、そして体力を底上げした愁思郎は、他の妖怪達を連れて走る走る。支部そのものの護りは今送った雪女達と、先に送った達磨達に任せて、自身は魔物の掃討に勤しんだ。
流れるように舞うように、仕留めた魔物の数が二〇を超えた時、後神が愁思郎の肩に手を添える。敵を察知したわけではなく、気になることがある様子だ。
「愁思郎、なんか魔物の数が多くない?」
「あぁ、せやな……」
魔物には妖怪と違って、知能とまで呼べるものは存在しない。
しかし習性と呼べるものはいくつか存在し、魔物の種類によってもそれはいくつか変わるが、しかし基本的なところは同じだ。
魔物の血液は黒く、その臭いは他の魔物を遠ざける。魔物の血が危険を予期させ、魔物は自身にその危険が及ばないよう、血の臭いがする場所には行かないのだ。故に愁思郎は銃という、出血量が多大な武器を使っているくらいである。
だというのに先ほどから、他の魔物の血の臭いが漂っているというのに、構わず突進してくる。
臭いすら感じられないほど興奮しているのかもしれなかったが、しかしそれにしたって数が多すぎる。
群れを成す習性を持つ魔物がいないわけではないのだが、だがそれでも疑問に思う数が、揃いも揃って向かって来るのが、疑問だった。
再び巨大な咢をもたげて、オオトカゲの魔物が迫りくる。愁思郎が投げた銃が操作の魔法によって再び眉間まで走ると、その銃の背後に転移した愁思郎によって、眉間が撃ち抜かれた。
力なく倒れる魔物の背後へと転移して、愁思郎はまた走る。妖怪らを狙って、血の臭いにも臆することなく来る魔物。すでに三〇に届きそうな数を討っているものの、向こうも手が欲しいと言ってくるあたり、まだかなりの数がいそうだ。新たに連絡もなし、状況は変わっていないとみていい。
「近くのもんに要請はしたんか……!」
「
「あぁ聞きとうなかったなぁ、その情報! うちとかバレたら即刻懲罰やないかい! 罰則金じゃ済まされへんぞぉ! もう!」
貴族の私有地への勝手な侵入。
三〇を超える魔物の討伐で、どれだけ罪が軽くなるやら。
魔物の討伐が難しくなっている昨今では偉業としてもいいくらいの量だが、そこは貴族の器次第だろう。そんな賭けに出るのが嫌だった。
さっさと針女を助けて帰りたい。そんな愁思郎の思惑を察してかそれとも偶然か、それは突如として愁思郎に襲い掛かって来た。
先ほどまでの魔物の突進ではない。
弾丸のように降りしきる豪雨。
突風が吹き荒び、愁思郎ら百鬼の前進を止める。前方に敵がいるのはわかっているのだが、銃を投げたところで返って来ることは目に見えている。
しかし愁思郎は、その場で前方目掛けて撃つ。操作の魔法によって高速回転を加えられた魔弾が突風を裂いて、豪雨の中を突き進む。次々と撃ち込まれた魔弾が豪雨を突き破ったことで、その力の主の姿がようやく現れた。
それがいるのは大木の上。
前進青紫色の体毛で覆われており、そこから見える金色の双眸。
鋭い牙と、唾液に塗れた長い舌を晒し、大口を開けているそれは、愁思郎ら百鬼を見下ろして低く唸った。
愁思郎は一度、銃口を下げた。相手が魔物ならば即座銃殺と言ったところだが、しかし相手が相手。
人ならばまず銃口はほとんど向けないし、そして妖怪ならば一度くらいは銃口を下げる。現に愁思郎が一度銃口を下ろしたのは、別段不自然なことではなかった。
相手は紛れもなく、妖怪であった。
「我が名は
「うちは藁垣愁思郎。いつかこの世界の天下を取る男や」
「天下、天下だと?!」
嘲笑う。嘲り笑う。
まぁいきなり天下を取るなどと言われてまずそんなことできるはずないだろう、と思うのは自然。そこから笑ってしまうのもある。
故に愁思郎は笑われてもなにも憤らない。笑われて上等。笑われたって嘲られたって、最後に天下を取った時、彼らの脱帽する姿が目に入るだけだ。
「してその男が、我が神域になんのようだ!」
「百鬼の仲間を助けにな……ってかここは貴族の私有地聞いたぞ? なんでこんなところに縄張り作ってんねん」
「貴様には関係のないことだ。我が神域に入る者はすべて喰らう! 喰らって喰らって喰らい尽す! 貴様もまた同じこと、知ったところでどうとなる!」
「教える必要はない言うことか。じゃあ一つだけ教えてくれんか。これらの魔物従えてるんは己か」
「そうだ、と言ったら?」
「殲滅や」
そう言って、愁思郎は銃口を向ける。
それが百鬼にとって開戦の合図。百鬼は周囲から迫りつつある魔物の気配を察知して、それぞれ戦闘態勢を固めた。
愁思郎は自らの中から余裕を消し去り、剽軽な己を消し去り、死地に赴くくらいの気迫を重ねて、妖怪赤舌を眼光で射抜く。
「己ら、周りは任せる。後神」
後神の手が、愁思郎の肩を這う。その手に自身の手を重ねて、愁思郎は祈るように。
「……行くで。俺の背中で、天下取るとこよぉ見とけ」
「……うん!」
後神がその背にぴったりとくっ付くと、愁思郎は【種子島】を手に鎖の
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