後ろ髪を引かれる思いでーⅤ
世界の魔導師、魔法師、魔術師は弱体化している。
それでもこの世間で強くなるのは、貴族や王族の生まれであることが多い。
王族貴族には、魔導師になるための英才教育と言うものが、幼少期から施されているからである。
王族貴族は魔導師にならずとも魔導や魔法、魔術に関して多大な知識を持っていることが多く、それらになれば基盤ができるのが一般家庭よりも早いが故に強く育つ。
それ故に王族貴族は、周囲の教育の遅れた一般家庭には負けるわけにいかないというプライドが働き、早死にしてしまうタイプが多い。
トリスメイヤ皇国第二皇女、アリスクイーンもまた、その一例に含まれるタイプの少女であったが、彼女の場合実力が伴っていることもあり、今までに五度の魔物討伐遠征の現場に赴きながら、五度とも無事生還を果たす実力者であった。
その実力を見込まれ、彼女は大学に推薦で合格。
しかしその代わりに王族貴族は一般家庭よりも多額な入学金を支払わなければならなかったため、彼女が受験を金で買ったという噂は、決して根も葉もない噂などではなく、実際の話に尾ひれがついた挙句、歪んで伝わったものであった。
故に彼女の実力は聞いているものの、実際には知らない人が多い。今回の対人戦で、ある程度の実力はハッキリするだろうと思っていた。
その手に持つ深紅の西洋剣は、トリスメイヤ皇国においては神剣でもなんでもなく、ただの量産品である。
高位の礼装で強くなれるのは当たり前という考えの彼女は、敢えて量産品を使っている。それで今まで魔物を討伐して来たのだから、彼女の力は本物だろう。
その西洋剣、及び頭髪の色から、なんとなくだが炎系統の魔導を使うのだろうなという周囲の期待に応えるかのように、彼女の主な魔導は星の魔力を燃やして業火と成す大火の魔導。
普通の水では鎮火できず、魔力そのものを絶たないと消えることもない。消すも点けるも彼女の意思。ただそれだけながら、しかしそれだけで非情に強力な魔導である。
炎というのは、力の象徴だ。
その熱で焼き殺すもよし、その煙で燻し殺すもよし、直接的にも間接的にも、生物を殺める力を持ったとても恐ろしい力である。
それでありながら神々しく、眩く、温かい。
力の象徴であると同時、生命の象徴でもある炎。ましてや彼女が司るのは、星の炎なのだから、より一層の神々しさと恐ろしさを秘めた、凄まじいものであることは間違いない。
だというのに、今彼女の目の前には荒ぶる業火が燃え広がっているというのに、そこで苦しんでいるはずの敵はいない。
燃え尽きてしまったのなら、力尽きてしまったのなら、どれだけいいだろうかと思考を巡らせる最中にも。
「ほれぇ、七回目」
背後から、もう七回も死んでるぞと警告してくる相手。
もう七回も後頭部に銃口を突き付けられて、七回も見逃されている。
大した大技もないくせに。業火に対する術もないくせに。彼は姑息にもこの炎を目隠しに使い、縦横無尽に駆け抜けて、度々背後を取って来るのだ。
そして見逃してくる。
アリスクイーンはそれが我慢ならなかった。これが慈悲などもたない魔物ならば、すでに七度殺されている。その事実。そして彼の甘さ。
女性の頭は撃ち抜けないというのか。甘ったれている。
「相手が魔物なら容赦はない」とでも言いたいのならば、「チキン!」と吐き捨ててやる。魔物には人型もいるし女型もいる。それと対峙したときに同じことを言ったなら、間違いなく殺されている。
「はい、八回目や」
また、いつの間にか背後を取られた。そして撃たない。剣閃から逃げるように退散し、再び炎の壁の向こう側へ。
そうして時間稼ぎをしたところで、やがて灼熱によって汗が噴き出さなくなり蒸し殺されるか、喉が焼けて窒息死か、その二択しかないだろうこの状況下で、彼は何故こうも時間稼ぎをしてくるのか理解できない。
舐められている、としか思えなかった。
彼が自分が戦闘不能になるよりも早く、簡単に仕留められるのだと言われているようで、腹立たしい。実際、それが事実だから余計に腹立たしい。
「いい加減にしたら?! あんた、このままじゃ死ぬわよ!?」
「そのまえにせんせが止めてくれるさかい、問題ないわ。それに引き換えうちは銃やねん。頭撃ったら即死、そんなヘマはしない自信あるけど、自分が下手に避けようとして当たったら嫌やし? まぁあと二回は見逃したるわ」
「舐めるなって言ってるのよ!!!」
業火を刃に変えて焼き斬ろうと試みる。しかし彼の姿は炎の向こう。
相手の魔力を探知しながら炎に形を与える、そんな繊細なコントロールは、今のアリスクイーンには難易度が高い。
故に二度ばかり試して、一度見当違いの方向に刃を向けてしまった恥ずかしさから、すぐにやめた。
魔力を感知するのは簡単だが、探知となると難しい。
ただ見るだけならば造作もないが、探すとなると突然難易度が跳ね上がる、そんな感覚だ。
魔力探知の術は通常、高校の後期にその基礎が教えられ、大学でその応用が享受される。
しかしアリスクイーンは王族の生まれ。
普通より早く魔導に触れ、魔力の探知の応用などすでに英才教育が施されていたが、うまくできないでいた。
理由は単純、魔力探知という分野が、アリスクイーンにとって不得手。それだけである。
星の魔力を燃やして燃え上がる炎を操るだけでも相当な集中力を要するというのに、さらにそこに魔力探知なんて高度な技術をできるだけの器用さがない。余裕がない。ただそれだけの理由である。
故にまた、愁思郎に背後を取られる。
もう九回目とあって愁思郎も面白くなくなったのか、ただ銃を突き付けるだけだったのに、今回は軽く銃口で小突いてきた。その行動がまた、アリスクイーンの沸点を下げる。
炎は荒ぶり、燃え盛り、どんどんと闘技場全体が熱せられていく。その場にいる全員が汗だくになって、数名に至っては服まで脱ぎだしているが、その熱量の上昇が止まることはない。彼女の沸々と湧き上がる憤怒と羞恥心を燃料に、さらに燃え続けていた。
「豪い熱いわぁ。もうそろそろ決めたろか」
などと余裕たっぷりに言われて、もう怒りが増すばかり。
もっと熱く。
もっと熱く。
燃え上がれ、燃え盛れ。
我が怨敵を燃やすため、神の炎よ、さらに星の力を借り受けて。
もはや愁思郎がどこにいるかなんて関係ない。
周囲一帯を焼き尽くす、灼熱の業火が、神々しく燃え盛る。他の生徒がフリン教諭に対戦の中止を求めるが、しかし教諭は応じない。
贔屓ではない。
もしもアリスクイーンと同じ魔導を持つ魔導師、もしくは魔物が敵だった場合、他の誰かに頼めば止めてくれるなんて都合のいい環境はほとんどない。
自分の命を護るのは、最後は結局自分なのだから、逆にアリスクイーンを止めに乱入してくれでもしないと、将来は有望視できなかった。
まぁこの場合仕方ない。
目の前には今、もう対戦相手が蒸し殺されたか焼き殺されたと思ってもおかしくない熱量を持つ、炎の壁が築かれている。
ここまでほとんど手の内を見せていない愁思郎の戦い方も、もしかして為す術もないのではないかと思ってもおかしくはない。
だがこの戦いを中断するつもりはなかった。何故ってそれは、まもなくこの戦いが終わることが、見えたからである。
未来視なんて大層なものではない。だがそんなものがなくとも、多くの戦場を経験して来たフリン・クーアランだからこそ、明白に見える戦いの終わりがあった。まさに火を見るよりも明らかな、勝敗の結果が、そこに広がることがわかっていた。
次の瞬間、炎の壁が消失した。
凄まじい熱を放っていた炎が跡形もなく消え去り、そこには一人倒れていた。
皆、誰もが愁思郎だろうと思っていた。しかしその期待と予想を裏切って、皆の視界に入って来たのは、虫の息で倒れている、アリスクイーンの姿だった。
誰もが状況の理解に時間を要した。消えた炎の壁。倒れているアリスクイーン。そして姿の見えない愁思郎。まさかの相討ち――
「せんせ、早く保健室に連れて行った方がえぇで」
フリン教諭のその後ろから「いじめ過ぎてもうたなぁ……」と後悔する、平然とした愁思郎がいた。
汗でグッショリだが、しかしまだまだ耐えられる様子だ。シャツで自分を煽ぐその表情には、「熱い熱い」と言いながらもまだ涼し気と言った風な余裕を感じられる。
そんな愁思郎に対して、フリン教諭は「フム……」と唸って。
「おまえの実力は、また今度見させてもらうとするか……おい誰か、トリスメイヤ皇女を医務室へ運んでやれ。さすがにこれは俺でも手を焼く」
「じゃあ私が!」
ラミエルシアがアリスクイーンを背負ってせっせと走っていく。氷系統の魔導が使えるという生徒も一名ついていき、二人が出る戦闘は見送りになった。
「お兄様……一体、何をなさったのですか?」
戻って来たところに、
どのようにして今の結果に至ったのか、気になって次の対戦を観察するどころではないと言う者も多かった。
そんな彼らの期待に応えたのか、愁思郎は若干の間を持たせてから。
「別に? なぁんもしとらんよ」
と、周囲を唖然とさせる一言を放ってみせた。
「何、も……?」
繰り返す冥利に、愁思郎は難しい話じゃないと簡潔に、今の戦いの全貌を語る。とても簡潔に、簡単に。
「うちはただ、これで脅しただけ。皇女様がそれで慌てて、自滅しただけや」
つまり愁思郎は繰り返し背後を取り、銃を使ってアリスクイーンを焦らせ、焦燥から際限なく熱量を上げたアリスクイーンが、自らの炎熱で脱水状態になるまで待ったという話である。
確かにそう言われれば簡単なことだが、しかしそんなことが可能なのか。炎を操る魔導師が、他の魔導師よりも熱に耐えられないはずはない。異能を使う者は自分の得意とする異能に対して、他よりも強い耐久力を持っているはずだ。
なのに愁思郎が、アリスクイーンよりも熱に耐えられたというのが信じられない。どのようなトリックを使えば、そのようなことができるのか。
結局冥利がそれ以上言及しなかったことで誰も聞けず、ことの真相は愁思郎だけが知るものとなった――と思われたが。
医務室のベッドで気が付いたアリスクイーンは、悔しさが込み上げるよりもまず、自分が何故倒れてしまったのかを考えて、結論に至った。
自分が自分の熱にやられ、脱水症状を起こしていたことに気付くと、次は何故そうなったのかと疑問を広げ、辿り着く。
愁思郎に背後を取られて九度目のとき、アリスクイーンは彼に後頭部を小突かれた。当時も当初も、あのときはただおちょくるためだけに小突いたのだと思い込んでいたが、しかしあのときに術式を施されたのであれば、納得できた。
仕込まれたのは、成長の魔術式。
本来は人間を除く動植物に対して使い、その成長を促すために使うものだが、時に過度の成長によって体内魔力が許容量を超え、自壊してしまうことがある。
それの応用で、体内温度の上昇速度を上げられたアリスクイーンは、常人の二倍三倍の速度で体温を上げ、汗を掻く。その結果が、今回の醜態というわけである。
術式はすでに解除されているようで、保険医もどうして炎使いが相手よりも先に熱で負けたのか、原因は着き止められなかった。魔導師としての英才教育が施されていたが故に、気付けたことである。
「あ、気付いた? どこも異常ないって。ちゃんと水分を取って安静にしてれば、大丈夫だってさ」
「……あんたは?」
「私は、ラミエルシア・ホル・インデックス。あなたをここまで運んできました」
「インデックス……禁書を作り上げた一族の末裔ね……」
「アハハ、お恥ずかしい限りです……」
「あいつ、なんともなさそうだった?」
「あいつ……あぁ、愁思郎ですか! はい、問題なさそうでしたよ。多分あの和装の下、冷却魔術式でも組み込んでたんでしょうね!」
「まぁ、でしょうね……でなきゃあんなに涼しい顔、できるはずないわ」
軽薄の意識の中でも、アリスクイーンは愁思郎の顔を覚えていた。
熱い熱いと自分を煽ぎながら、さて次の対戦はともうそっちに意識を向けていることが悔しくて、腹立たしくて、そして辛かった。こんなにも実力差があるなんて、そう、思わざるを得なかった。
「っていうかあんた、あいつと仲いいの?」
「はい! 受験の時に一緒になって、そのまま友達にって感じですね!」
「友達……そう」
その言葉に何故アリスクイーンが反応したのか、ラミエルシアはわかっていない。しかしその反応を見て、ラミエルシアは何か納得した様子でポン! とわざとらしくわかったという仕草を見せた。
「では皇女様、私もそろそろ」
「えぇ、ありがとう。下がっていいわ」
皇女様としての癖なのだろう。王族を相手にすることも多いラミエルシアは、特に何も言わずに下がる。彼女がいなくなって一人になったアリスクイーンは、しばらくして込み上げて来た悔しさに任せ、静かに涙した。
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