後ろ髪を引かれる思いでーⅢ
魔物と妖怪は似て非なる存在だ。その明確な違いを晒すと大きく三つ。
魔物は魔法を使うが、妖怪は魔法ではなく持ち前の能力――異能を使う。
体内魔力を消費して発現される魔法と、手足を動かす感覚で発動できる異能とでは、そのメカニズムが大きく異なる。例え同じ効力で同じ結果になろうと、その実態は似て非なる代物だ。
二つ目として、知能の差が挙げられる。
かつて魔獣とさえ呼ばれていた魔物のそれは、その名の通り獣そのものだ。
本能的に戦う。逃げる。食う。
交尾するなどのそれ程度のものは持ち合わせているとして、しかしいわゆる
対して妖怪のそれは、人間のと同等だ。というか、もはや人間だ。
なんのために戦う。 どうして逃げる。何が食べたい。誰と愛し合いたい。
そういうことを一々考えてしまう生き物だ。
生きるために考えるだけでなく、どうして自分は生きるのかと考えることもある、そういう無駄が存在する生き物である。だからどこか人間臭く、異能まで持つ彼らのことを、昔の人間達は恐れていたわけだが。
そして三つ目もまた、そんな人間臭い妖怪らしいからこそ出る違いと言える。
それは妖怪達に、人間と同じ社会が存在するということである。
縦社会。
上下関係のハッキリした。
立場を弁えた社会を差すそれら一言で、言い表すことができる。力の優劣によって決まった上と下。親分と子分の境界を守り、子は親のために尽くし、親もまた子のために尽くす社会だ。
まるで極道の世界である。その究極と言えるのが、頂点たる主を元に、百を超える妖怪が世界を
妖怪を従える青年、
その名、百鬼夜行。
妖怪の持つ異能の力を借り受けて、魔導として発言する魔導。
星ではなく、妖怪の力ならばそうは呼ばないのではないかと思われるだろうが、しかし妖怪は術式が組み込まれた礼装や媒介ではないし、愁思郎自身の力で召喚されている存在でもないので、やはり魔導にカテゴライズされる。
そんな希有な魔導師候補生となった愁思郎は、日頃常に数体の妖怪を霊体として憑れていっている。
霊体となればほとんどの人間に認識されることがないので、周囲には愁思郎が常に一人で居るように見えるし、戦闘も一人でしているように思われるわけだ。
それが大学受験の実技試験、そのからくりである。
本日も二体の妖怪を供に憑けている愁思郎だったが、そのうち一体は周囲に認識されないどころか、人々の視線という視線を集め、注目を浴びていた。
名を、
今朝方藁垣家にやって来た、
「な、なぁ鵺のお嬢ちゃん?」
「愁思郎様。私のことは冥利と呼び捨てください。『鵺のお嬢ちゃん』だなんて、周囲に目立ってしまいます」
「それもそうやなぁ……じゃあ、冥利?」
そう呼ばれると、冥利は「はい、なんでしょう」と満足感を感じさせる瞳を上目遣いにして返してくる。
魅了の魔術式が施されているかというくらい愛らしく見えてしまう愁思郎は、ほとほと困り果てた末に笑みを浮かべざるを得なかった。
その愛らしさも注目を浴びている理由だろうが、しかし愁思郎が照れてしまう理由はそれだけではなくて。
「その、そないくっ付かれると、歩きにくいんやけど……」
ただいま冥利は、愁思郎の腕をヒシと抱き締めて歩いている。
女性が苦手とは言わない愁思郎だが、そこまで近い距離に(人間の)女性がいたこともなく、困り果てていた。
妖怪ならば、今も憑いている
「私は今、愁思郎様の憑き
事態把握のため、時間を少々遡ると共に、彼女の父である妖怪、鵺についての説明を少しだけ。
伝承では猿の頭部に狸の胴。虎の四肢と蛇体を尾に持つ
姿形だけで言えば魔物と大差ない異形だが、妖怪の世界で知らぬ者はおらず、妖怪の勢力を二極化させている大妖怪の一体だ。
前述したように、愁思郎とはかつて
しかしその手紙にはこんなにも綺麗で人形のような娘がいることなど書いてなかったし、ましてやそれが妖怪と人の子であることなどまったく触れられていなかった。
今朝新たに冥利が持ってきた手紙によれば。
――拝啓、藁垣愁思郎様。
驚かせて申し訳ない。藁垣家大将。
そこにいる娘は我と人の子である。以前までその人の元で暮らしていたのだが、本人が強く魔導師としての人生を望み、先日縁あって其方と同じ学び舎への通学が叶うこととなった次第。
母親の元を離れ住むことになったのだが、寮などという施設に入れるのは我としてはとても心配だ。
そこでしばらくの間、藁垣の家に我が愛娘を置いてはもらえないだろうか。無論、礼は弾む。それに娘は我が道力を色濃く受け継いでくれた。きっと其方の役にも立つことだろう。
このようなことを頼めるのは、信頼ある其方だけだ。何卒、何卒お頼み申す。敬具――
とのことだ。
まぁとりあえず突き返すわけにもいかないことはわかったし、共に同じ大学に通うならば問題もそこまでないだろう。
故に今朝、共に彼女を迎えた妖怪らに彼女をしばらく泊めるということを告げて、とりあえず遅刻だったので出てきた次第だが。
あとは遅れながら娘が生まれたということと、大学進学を兼ねたご祝儀を贈っておかなければとかは思うのだが。
まぁそんなわけで、妖怪少女を側に置くこととなり、現在嬉し恥ずかしい思いをさせられている次第である。
彼女は人の血が混ざっているためか霊体になることができず、周囲にはできたてのカップルのように思われて、そのようなこととは縁遠い者からは『爆ぜろリア充』という恐ろしい呪文を詠唱されたりした。
まぁこんなにも可愛らしい少女と噂になるのは、男として嬉しい限りなのだが、誤解が生まれてしまうことはやはり面倒だし、『爆ぜろ』とまで言われる筋合いを愁思郎は感じられなかった。
大学最初の講義に五分遅れで到着した愁思郎は、腕を抱く冥利を連れていたことで反感を買ってしまったようだった。
魔導師になるために必死に勉学と鍛錬に励み、狭き門を潜り抜けた彼らにとって、遅刻の原因が色恋沙汰というのが許せないのだろう。
自らそういうのと縁を切った者もいるため、余計にそういった反感を買いやすかったのは仕方ないとも言える。
しかし冥利がひっ付いていることに不満を感じている者がもう一人。
いやもう一体。本日も愁思郎の背後に憑いている、後神だ。
簡単に彼女のことを説明すると、人の背後に忍び寄り、その髪を引くという。『後ろ髪を引かれる』とは彼女を語源に生まれた言葉であり、人の躊躇や優柔不断の化身的霊とされた。
そんな彼女は呪いかそれとも性質か、必ず人や物の背後にいるという霊であり、愁思郎も正面から彼女を見たことは何か越しにしてでしかない。
普段は愁思郎の背後にいるため、文句のあるときは彼女が生んだ言葉の通り、愁思郎の後ろ髪を引くのだった。
今のように。
「愁思郎! ちゃんとハッキリ言わないとダメだよ! このままじゃみんなから嫌われちゃうよ?!」
躊躇と優柔不断の化身がこんなにもハキハキとした性格というのは、なんの皮肉だろうか。しかし彼女の言うことにも一理ある。
愁思郎の目標は天下――魔導師の頂点となること。
それには力だけでなく、人徳なども必要だろう。
八〇四の百鬼夜行を従える愁思郎だが、妖怪だけに好かれる器ではその程度、小山の大将で終わりである。それは愁思郎の目指す理想像の一角にも満たない。こんな序盤から敵を作るわけにはいかなかった。
「冥利、ちょっと耳を」
しかし好意的に接してくれている彼女に対して、離れてくれも冷たいように感じてしまう愁思郎。そこで一つの打開案を提示することとした。
「というわけや、いいか?」
「わかりました。お兄様」
とりあえずはこれでよし。
周囲には自分と彼女が、血縁関係だと思ってもらうことにした。
双子の兄妹でも従兄妹でもなんでも、とりあえずは血縁関係だと思ってもらえれば、カップルだとは思われない。兄に頼り切りな妹と、つい甘やかしてしまう兄。そんな構図で見てもらえれば幸いだ。
その結果そう思ってくれた周囲から反感の眼が減り、とりあえずは安堵できるレベルにまで下がって一安心である。
そんなわけで席に座ると、その隣から肘で突かれた。見ると、そこには見知った顔。
「お久しぶり」
「あらまぁ奇遇やねぇ」
受験のときに少しだけ会話した、軍服の少女だ。
名を確か、ラミエルシア・ホル・インデックス。
相変わらず快活そうで、元気そうだ。講義中のため、ヒソヒソ声ではあるが。
「可愛い女の子連れちゃって、彼女さん?」
こんな様子なので、彼女なら大丈夫だろうと「親戚の子でな。うちで預かることになってん」と少々の嘘も交えたが、しかし正直に白状した。
「ふぅん、そうなんだぁ……私、ラミエルシア・ホル・インデックス。よろしくね? 可愛い彼女さん」
「彼女……」とちょっと嬉しそうにはにかんでから、「愛染冥利と申します。以後、お見知りおきを」と返す。
その反応を見たラミエルシアは、「可愛い彼女じゃん」とからかう様子でまた肘で突いてくる。彼女は決して反感の眼は向けてこなかったが、しかしこれもこれで対応に困る反応をされてしまった。
抗議の内容は、魔物の概要と種類別の詳細について。
種類別で対抗措置が違うそれらを一つ一つ学び、頭に叩き込むことを目的とした授業だ。
魔物を討伐するのが仕事である魔導師にとって、大事な講義であるが、しかし後神のフォローを受けながら頑張ってメモを取る冥利の横で、愁思郎とラミエルシアの二人はヒソヒソ話ながら別の話題で盛り上がっていた。
「受験のとき、愁思郎特別合格みたいな感じだったじゃない? どうもあれ、他に六人いたらしいよ」
「ほぉ、意外と多いんやなぁ。うちを含めて七人。もしかして自分のこととちゃうか?」
「へへ、実はそうだったり……」
(やっぱりなぁ、顔が誇らしげやったもん、今)
「これでも名家の生まれだからね。なんとか面目を保てたって感じかな」
確かに今の今まで流していたが、インデックス家といえば東北の地のとある王国で貴族の列に入る家だと聞く。
魔導師としてかなり長い歴史を持つのだとか。
その名の通り、かつて禁書に指定された魔導書を作り上げてしまったとも聞く。
だからだろうか。彼女の周囲が、少しだけ人が居ないのは。
「私と愁思郎と、あと五人……噂だけど、いるらしいんだよね。誰かはわからないけど」
「検討もつかないんか?」
「私個人の見立てでいいなら、十人くらい挙げられるけど」
「面白そうやねぇ、是非」
そうオーダーすると、彼女はまずは……と周囲を見渡し始めた。この教室で見つけた順に、紹介してくれるようである。
まずは教室の一番前の席に座っていた、修道服の少女から。
「あそこにいる修道女の子が、ベアトリーチェ・ベルベット・ミラさん。ベルベット公爵家の御息女ね。四大元素の魔導が得意みたい。その隣にいる、道着を着ている人が
そこから右に視線を映す。
「あそこに双子の小さな女の子を両脇に座らせてる人、いるでしょ? イールクラッド・スウィフトシュアさん。軍国のお姫様で『空挺の魔女』って呼ばれてる、凄い人なんだって」
「隣の双子は差し詰めガードマン言うところか。後ろの皇女様にも、豪いガードマンが付いとるようやけどな」
「あぁ、やっぱり彼女のことは知ってるよね。アリスクイーン・トリスメイヤ。トリスメイヤ皇国第二皇女。この大学の受験をお金で買ったって噂……でも魔物を討伐した経験もある、凄い人みたい。ある意味あの人が、特別合格した実力者の第一候補かも」
「せやな……」
「その隣の子は、
「なんや質素やけど清潔感のある子やなぁ」
「あの子は愁思郎と同じ、一般家庭の子だよ。王族貴族の英才教育を受けた人が魔導師になるこの世間で、珍しい子。だからきっといい子だよ」
「せやな。なんか努力家そうやわ」
ここに今いる実力者と見られる同級生は、これくらいだそうだ。ラミエルシアは、あとは名前と顔が一致しない人もいるけどと、しかし知っている名前を教えてくれた。
元王宮暗殺貴族出身、サイファン・ロゥ。
和国の武家、
一般家庭、
貴族レチャート家息女、ローランミリ・レチャート。
元魔物掃討軍所属、イー・スンジュン。
愁思郎とラミエルシアを含め、この一二人が今年入学した者の中で実力者であるらしい。
愛染冥利の名がなかったことを残念に思う反面、しかしよかったとも思える愁思郎は、今その場にいる実力者らを見渡してニヤリ、口角を持ち上げた。
授業が終わり、ラミエルシアと別れた愁思郎は、冥利と共に食堂にいた。午前の授業は先ほど受けた授業だけ。あとは午後に集中しており、戦闘実技の授業も控えていた。
食堂にて早めの食事をする冥利の前で、愁思郎は熱心にメモをしていた。ラミエルシアが教えてくれた自分とラミエルシアを除く十人の名前だ。
「それが今の目標?」
後神はメモの理由をわかっている。彼女は百鬼夜行に加わったのが古い古株であるが故に、そしてずっと愁思郎に憑いてきた妖怪であるが故に、愁思郎の行動パターンはある程度把握していた。
「せやな。まず目標として、この大学の一年生で一番になる。ここにいる十人、その中で一番や。受験で特別合格した他の六人はもちろん、それ以外にも勝たなあかん」
「愁思郎なら余裕だよね!」
「いやいや、さすがにそこまで自惚れはせんわ。今は自分一人だけ。さすがにうちでも、もう一人くらい欲しいところやな」
そう言い切ってしまったあとで「いや、自分の能力が乏しいとかそない言うわけやないで」と付け加えた愁思郎は、背後からずっと肩に添えられている手に自らの手を添えて、謝罪した。
「最後には勝つ。せやけどうち一人で、余裕で勝てるなんてことは言わんわ。苦戦は強いると思うで?」
「ちょっと!」
唐突に、声を掛けられる。
紅色の頭髪を一本にまとめ、サイドテールにしている彼女。
その格好の装飾といい周囲のボディーガードといい、間違いなく王族貴族だ。というか、愁思郎は先ほど彼女のことを知ったばかりである。
「あなた、私に付き合いなさい」
傲岸不遜。そんな感じの彼女の名は、アリスクイーン・トリスメイヤ。
トリスメイヤ皇国第二皇女。今年の受験を買い取ったなどと噂される、いわくつきの皇女様だ。
そんな彼女が何の用か。
明らかにそれは私用であり、さらに言えば大したことはなさそうと感じるのは、その態度に不満を感じているからか。
命令されるのが嫌いというのもあるが、しかしそれだけではない気がする。人を私用に付き合わせる態度ではないだろうと、やはり思ってしまうからか。故に。
「悪いな、嬢ちゃん。今は見ての通り連れがいてな。離れるわけにはいかんのや」
と、すでに食べ終わっていた冥利を立ち上がらせて。
「すまんの。同じ授業があったら、よろしく頼むわ」
と去ろうとすると、腕をガッと掴まれて睨まれる。
「怖いの?」
皇女様とは思えないくらい度胸のある少女だ。しかし誰にでもこう喧嘩腰なのだろうか。腕を掴む力も強い。
「特別合格者なんでしょ? なのに怖いの」
さすがにここまで喧嘩を売られると、引き下がれなくもなる。
いつしかこの世界で頂点たる魔導師を目指す藁垣愁思郎。それが皇女様一人に怖気づいて帰ったなんて、恥ずかしいにも程があるだろう。こちらとて、いつしか用はあった相手だ。引き下がるなんてできはしない。
そう思った愁思郎が、威圧しようと自分を掴む手を掴み返そうとしたそのとき、それよりも早い速度で、隣の冥利が掴み取り、引き離した。
「離してください。お兄様が困っています」
「邪魔しないでくれる? っていうか、子供がなんでこんなところにいるのよ」
その体系を見て、まぁそう思う者は少なくないだろうが。
しかしそれが冥利の沸点を下げた様子。その体から湧き上がる魔力が膨れ、瞳が金色に変貌する。そしてその爪が伸び、虎のそれに変わろうとしたそのとき、愁思郎が冥利の頭に手を置いた。
「ありがとな、冥利。でもうちは大丈夫や。ちょっと、下がっててもらえるか?」
少し騒ぎになって来た。
野次馬がこちらを見ている。
冥利に妖怪の異能があるのか知らないが、しかしもしあるのならそれを見せるのはあまりよろしくないだろう。それを思っての指示だった。
一歩下がった冥利の代わりに、傷付けない程度での力具合で皇女様の手を掴み取り、引き剥がす。
「すまんの。自分がどんだけ豪いか知らんけど、うちら今取り込み中や。悪いけどまた改めてくれや。行くで、冥利」
「はい、お兄様」
野次馬の間を抜けて、二人でその場を離脱する。
去り際に皇女様の「チキン」という皇女らしからぬ呟きが聞こえたが、しかしその言葉を買うことはしなかった。
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