1930年 莫斯科『大顎:寒冷地型』

 この時代、ロシアの大地を支配していたのは『共産主義』と呼ばれる怪物だった。

 21世紀にならんとする時代を生きる我々からすれば、共産主義とは教科書に書かれた単語。今や、世界の何処にも存在しない幻である。

 だが、当時の世界にあって、とりわけ広大なロシアを治めていたのは紛れもなく彼等――ソビエト連邦(以後、ソ連)と呼ばれる人口国家だったのだ。

 1924年に指導者であったウラジーミル・レーニン(※1.)が死去。

 その後、血で血を洗う内部闘争の後、権力を握ったのはヨシフ・スターリンという名のグルジア人だった。

 ロシアは第二次大戦時において国内動乱の為(※2.)、中立を保ったが、その凄惨な内戦は結果として、ソ連時代の資料を散逸、消滅させた。故に後世を生きる我々は、スターリンがどのような人物であったかを知る術が乏しい。

 辛うじて内乱を生き残った旧共産主義者達も自らの身を守る為、沈黙を貫き、この時期、グルジア人ながらロシアを支配するに至った男が何を考えていたのかは、想像する他ない。

 断片的に判明しているのは、彼が国内を大規模に改造しようとしていたことだが、多くの専門家は『必ず失敗しただろう』と断言する程、疑問点が多いものであり、ますますロシア史の専門家達を悩ませ続けている。

 

 どうして、そのような事をしようとしていたのか? 

 その目的は? 

 彼は何を信じていたのか? 



 一切が不明である。

 唯一分かっている事は……1930年の冬。彼の支配は唐突に終わりを告げたということだ。

 名高いロシアの冬将軍がやってきた頃だった、と土地の老人達は回顧している。 その時期にやって来た奴等――人類が史上初めて遭遇した『大顎:寒冷地型』(※3.)は、吹雪を切り裂き、突如、莫斯科モスクワへ殺到した。

 既に、イタリアが世界に向け怪獣の存在を公表していたとはいえ、今まで出現したのは欧州各地。しかも、冬季は一度たりともなかった。

 無論、ソ連には旧ロシア軍が遭遇した『大顎』の情報があったと思われるが……大多数の人間は、歴史から学ぶ生物では決してない。そして、スターリンもまた、その例外ではなかったのだ。

 大混乱が惹起される中でも、ソ連軍は各所で英雄的な抗戦を行った――とされる。90年代に数少ない生き残りから得た証言によると『大顎』は数波に分けて来襲したらしい。

 第一波は単なる平押し。これは、混乱しつつも守備隊によって撃破された。

 第二波は平押しに見せかけつつ、守備隊の火力を分散させるかのような統制が取れた動き。それでも……何とか凌いだ。

 

 そして――問題の第三波。


 今までの最大の数による猛攻。しかも……今までの戦闘で消耗し、明らかに火力が弱まった東部地点への。


『優秀な指揮官と火力があれば止めれた、と今でも思う。無論、そんなものは何処にもなかったが。儂等に比べて……奴等には知恵があった。とても単なるでかい虫のそれじゃなかった。何かの目的を――そう、何か目的があって、莫斯科モスクワへやって来たんだ』 


 東部地点を守備していた部隊はほぼ全滅。奇跡的に生き残ったとある老兵は、90年代の調査にてそう回答している。

 『怪獣』に知恵が――もっと言ってしまえば、意思がある。

 この事実に我々は1930年の段階で気づく可能性があった。そう、あったのだ。

 

 ……実際には、何一つとして変わらなかったが。


 東部地点より、防衛線を突破した『大顎』は都市を字義通り蹂躙した。

 ――数日後、各地より、砲兵と航空機が搔き集められ、莫斯科の過半を焼き尽くす程の砲弾が叩きこまれた後、ようやく、惨劇は終わりを告げた。その時、人口はほぼ半減していた、という。

 ここで問題となったのは、誰が砲兵と航空機を搔き集める命令を発したのか、ということだ。

 

 スターリンか?


 彼が人民を救う為に行動したのだろうか?

 ――否。

 目撃情報を繋ぎ合わせた所、彼はいち早く脱出を企図していたようだ。

 最終的に、何処が彼の終焉の地となったかは不明だが、最後の目撃情報は中央駅。で、あるならば……というわけだ。

 おそらくは、名もないただ純粋に、この都市を守ろうとした誰かだったのだろう(※4.)。

 この襲撃後、共産党幹部の多くが死亡乃至は行方不明になり、ロシアは果ての無い内戦へと突入していく。

 

 ――各所で『怪獣』の発生情報が届けられる中でも人は学ばなかった。学ばず、ただ人との争いを欲したのだ。 


※1.

ロシアの革命家、政治家。十月革命によってロシア第一帝政を崩壊させ、旧帝国領の内、最も肥沃な欧州部分を支配した。


※2.

1930年以降、ウラル以西を支配していたロシア第二帝国とソ連は泥沼の内戦を続け、混乱が収まったのは実に40年代後半のことである。第二帝国を支援した大日本帝国と米国は、その見返りとしてイルクーツク以東を、両国の経済植民地であった満州帝国へ編入した。


※3.

日露戦争時、奉天において出現した『大顎』は寒冷地型へ適応しつつあった種なのでは? という研究もあるが詳細不明。  


※4.

各地に発せられた無電は残存。そこに署名なく、ただただ、窮状を訴え行動を促すものだった。『――今、行動しなければ、我等、父祖に顔向け出来ず』より、始まる後文は、ロシア戦史上屈指の名文とされる。

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