1925年 改羅『大蝗』

 古来、飛蝗ばったの大量発生は、『蝗害』と形容され、一種の天災と同義であった。

 時にそれは、国家崩壊の要因に数えられもしてきだのだ(※1)

 現代において、この『蝗害』は正しく、防ぎようがない災害の一つだと考えてられている。ただし、かつてのそれが喰らった物は、主に植物だったのに対し、現在の我々が直面している相手は、人をも喰らうのだが。


 超大型の飛蝗型怪獣、通称『大蝗』が史上初めて確認されたのは、エジプト王国、首都改羅カイロであったとされている。ただし、これは極めて疑わしい。

 当時、名目上の独立を果たしていたとはいえ、依然として英国の間接統治下になったかの国における公式情報を鵜呑みには出来ない。

 事実、50年代に調査を行った大日本帝国陸軍某機関(※2)が、数枚の写真を残しているが、どう見てもそれは改羅ではない。おそらく、もっと南方地帯で撮影されたと言われているが、詳細は不明である。

 おそらく、英国はこの期に及んでなお、『怪獣』の存在を世界に対して認めることに躊躇いを覚えていた。前世紀末の倫敦で起きた事件から欧州各地で続いた、常識を疑うような事例の数々。今、ここでそれを認めてしまえば、何れ必ず、倫敦の事件を疑いだす者が現れる。そして、こう言うに違いない。『何故?』と。(※3)

 伊国が発した警告は、逆に英国人達の心を頑なにし、仏国をも巻き込んで、逆にその存在を無視する結果となったのだ。

 

 だが、現実は容赦がなかった。

 

 1925年夏、突如として改羅を襲った、正体不明の生物群は、今までにない惨禍を発生させた。

 それまでの『怪獣』は、確かに恐るべき生物であったが、少数か『大顎』であっても、小火器で殺せた。

 しかし、この生物は、『大蝗』は違った。

 まず、第一に小火器程度ではまるで効果がなかった。一説には、重機関銃であっても、倒すのには弾倉数本を有したという(※4)。

 そして、何よりその数。この年、改羅を襲った数は、数百とも数千とも言われているが、その全てが人々に襲い掛かったのだ。

 『大蝗』の体長は当時ですら、約3mを超していたとされる。それらが、人、家畜に突如、牙を向いたのだ。

 結果は、紛れもなく惨劇だった。

 正確な死亡者数は不明。けれど、少なく見積もっても数万。下手すれば十万に達する人々が、この日だけで『大蝗』の餌と化した。

 無論、エジプト軍や、駐留していた英国軍とて、手をこまねいていたわけではない。一部部隊は、指揮命令系統が大混乱を起こしている中、果敢に反撃し、市民を守るべく勇壮に戦ったようだ。ただし、その殆どは全滅している。

 事ここにいたり英国は、当時、アレクサンドリアに駐留していた地中海艦隊による、改羅への艦砲射撃を決定。エジプト政府の反対を押し切る形で作戦を強行した(※5)。

 主砲弾が尽きるまで撃ち続けた地中海艦隊は、炎の中に『大蝗』達の過半を追い込み、それらを殲滅することに成功する。改羅そのものを焼け野原にすることを代償にして。

 生き残った『大蝗』達は、紅海上空を飛行していた目撃情報があるものの、何処へ飛び去ったかは不明。

 これが前世紀であれば、まだ隠し通せたかもしれない。けれど、既に時は20世紀前半。


『改羅、大炎上!』


の報は世界を駆け巡り、遂に国際連盟の議題となった。

 ――ここに、人類はようやく『怪獣』と向き合う機会を得た。ただし、それは力を合わせる事に繋がらず、制限の無い軍拡を産みだし、やがて再び世界を戦火の中に導くこととなる。

  

 

 

※1.中国、元王朝崩壊の要因の一つとされている。他の地域でも、伝承されている例は枚挙にいとまがない。


※2.満州鉄道特別調査部だと言われているが、詳細不明。総勢100名を超す大規模な調査団だった事以外の情報無し。生き残った者は既に全員、鬼籍に入っており、彼等が遺した資料も『望』作戦時においてですら、国家機密指定。結果、戦艦『紀伊』ごと、ほぼ全資料が喪われた。辛うじて遺されたメモ紙には、『南方地帯にて繁殖の可能性』との走り書きあり。 


※3.事実、最早、隠しようがなくなった後、英国は世界各国から追及されることになったが、政府として公に『怪獣』を認めたのは60年代になってからである。それまでは『未確認の事象』と表記していた。


※4.現在では、地対空ロケットの直撃にも耐える。有効な兵器は、ナパーム弾とされているが、炎に耐性を持つ変異種も報告されつつある。


※5.各国が、航空機の時代になってもなお、戦艦建造を止めなかったのは、『怪獣』対策用というのも大きい。ミサイル兵器が確立してもなお、投射弾量において戦艦は最良の対『怪獣』兵器であり続けた。現在において、既に各国海軍を象徴していたそれた戦艦群の多くは、沈み、また傷つき、稼働状態にあるのは日本海軍の『大和』『播磨』、米国海軍の『ヴァーモント』、英国海軍の「ライオン』のみ。これらの艨艟達も、本国が喪われた今では、主砲弾の補給も受けられず、南米の秘密基地にて最後の決戦を待っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る