1915年 伯林『大海蛇』

 "The war to end war"(戦争を終わらせるための戦争)。


 そう呼ばれた、第一次世界大戦が始まった1914年7月28日から、丁度一年後。一枚の歴史的写真が公表されたとされる。

 場所は、独逸帝国帝都伯林海軍本部。

 当初、参加者達は漏れ伝わる噂(※1)に半信半疑であったが、襲撃を受けつつも生存したUボート艦長の証言と、乗組員の撮影した映像。更には、魚雷攻撃によって、死亡した、身体の一部が提示された結果、彼等は信じざるをえなくなった。


 ――海中に何かがいる。未だ、人類が未知の生物が。しかも、そいつは鋼鉄製のUボートを沈めるだけの力を有している。


 これこそ、『国家』が初めて『怪獣』――『大海蛇』の存在を公式に認めた瞬間だった(※2)。

 『大顎』『大殻』は未だ、欧州各国でその姿を白日の下にさらしておらず、水面下に生き、その高速遊泳能力故に捕獲も困難な『大海蛇』が多くの人類が初めて知った『怪獣』となった事は、後世を思えば皮肉がきいてはいよう。

 海軍本部内の議論は沸騰した。

 

 このまま、Uボートを使用し、英国を締め上げるべきか。

 それとも、すっぱりと諦め、依然、被害は報じられていなかった水上艦艇へ資源を振り分けるか。

 もしくは……世界各国へ、この存在を公表した上で、新たな交戦規則を策定するか。


 おそらく、ここが人類にとって、ターニングポイントの一つであった。

 仮に、世界各国へ公表したとしても、受け入れられるかどうかはともかく、独逸という国は人類にとって責任を果たした、と言われただろう。また、各国でその脅威認識が改められた可能性も存在する(※3)。

 

 だが――独逸帝国がとったのは、これらの案ではなく、単なる棚上げであった。

 

 潜水艦という艦種は、第一次世界大戦において、大規模実戦投入されたいわば、新兵器であり、生還した艦は大きな戦果をあげてもいた。

 同時にその交戦規定は整備されておらず、無制限通商破壊作戦に訴えた場合、それを理由に米国が参戦する可能性すらあり得た。

 ならば、戦力を整えつつ最後の切り札として運用する、という玉虫色の判断が独逸海軍の結論だったのだ。

 結果、当初、期待をかけられていた独逸海軍潜水艦隊は、大戦前半において極めて低調な活動に終始した(※4)。

 持ち帰られた貴重な標本からは、多くの情報を得る事が出来た。

 Uボートが持ち帰れたのは、頭部分のみとされている(※5)が、そこから判明したのは、この生物が生物学上何処にも当てはまらない、という恐るべきものだった。

 当初、爬虫類の一部かと思われたが爬虫類学者はこれを頑なに否定している。

 頭蓋骨の形自体は、古くから船乗りの伝説が残る『大海蛇』のそれに近かったが、残された牙の鋭さは正しく異常であり、軍艦用の分厚い鋼鉄を易々と貫通したという(※6)。

 現生の爬虫類に、そのような事が出来る生物は知られていない。

 ここで得られた多くの情報は、その悉くが『国家機密』指定され、独逸帝国崩壊後、焼却処分され現存していない。頭蓋骨だけは保存されたものの、それが何なのかを知る者がおらず、海軍資料館倉庫奥に押し込まれたまま伯林攻防戦を迎えた。その価値が認識されたのは1980年代以降の事である。

 関係者の一部は数十年後、最晩年に口を開いたが、その時点で『大海蛇』の存在は全世界的に知られていた。……全ては遅すぎた、遅すぎたのだ。

 

 1917年、独逸帝国は戦局を挽回する為、大規模潜水艦作戦を実行。膨大な戦果こそ挙げたものの、『大海蛇』の猛威により多数の未帰還が発生。短期間で作戦を中止している。

 英国海軍は、対潜水艦戦術として護送船団戦術の導入を行うが、『大海蛇』の夜間襲撃で更に膨大な艦艇を喪失。余りの損害に、一時は戦局が傾いた程であった(※7)。


 この事実は、後の第二次大戦における『破局』を早くも暗示させていたのだが、人類がそれに気づくのは、まだ先のこととなる。


※1.

1915年2月18日以降に実行された潜水艦作戦の結果、想定外の未帰還が多数発生。海軍司令部は士気低下を恐れ、調査終了まで緘口令を出していた。だが、この日以前に多くのUボート乗組員の口から広まっていたとされる。 


※2.

英及び仏政府は、この時点で『大顎』『大殻』の存在を公式に認めておらず、むしろ秘匿、隠滅しようと画策していた。また、一部で軍事転用出来ないか探っていた時期でもあった。


※3.

2020年代に行われたAIによる想定分析では、この可能性は皆無に等しく、人類はそのまま大戦を継続し、戦後も何ら対応は変化しない、という結果が出ている。結局、人類が真にその脅威を認識するのは1940年における、一つ目の『破局』を待たねばならなかった。


※4.

その間、多くの中小型商船が大西洋上で消息を絶っているが、英国、米国はこれを独逸の潜水艦によるものだと戦時中は信じていた。


※5.

第二次世界大戦における、伯林攻防戦において焼失。


※6.この研究結果を受けた独逸海軍は新造戦艦の設計を大幅に改め、水線下の防御力を大幅に高めている。『大海蛇』のサンプルデータ採集作戦は1990年代から度々決行されているが、その成功例は決して高いものではなく、都度大きな被害を出している。集められたサンプルを用いたAIによるDNA分析では、弄られた痕跡が発見されている。


※7.『独逸潜水艦は夜間の攻撃能力を得た』と、大問題になっている。英国海軍が、遅まきながら『大海蛇』の存在を認定したのは、翌1918年である。

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