1905年 奉天『大顎亜種』
『奉天会戦において、兵力、火力に劣る日本軍が何故、ロシア軍を包囲殲滅、壊滅に至らしめたのか?(※1)』
この問いは、多少歴史を齧った事のある者ならば誰しも疑問に感じた事はあるだろう。
21世紀に至るまで様々な説が唱えられては消え、また生まれ、そしてまた消えていった。
当時の日本軍の将帥達がロシア軍のそれに比して、超えていた事実は認められるものの、その後の机上演習上ですら、包囲殲滅を成した例は存在せず、精々、辛勝である。その事を考慮すれば――やはり、最近になってロシアにて発見された文書は偽書ではなく、本物であると、考えざるをえない。
――すなわち、当時奉天に布陣したロシア軍を『大顎亜種』と思われる怪獣が襲い、甚大な損害を与えていた、という事実を。
この話は、古くは日露戦争終結後、巷では囁かれていたようである。
だが、確定的な情報は勿論なく、また一方の当事者でもある日本陸軍は、自らの力のみで達成した事を頑として認めなかった。
またこれはロシアについても同様で、ソ連崩壊後の調査によれば、奉天会戦及び、その後の資料(※2)の多くは徹底的に処分されており、ほぼ現存していない。
また、同会戦中に、ロシア軍総司令部及び、次席指揮官及び同司令部が全滅しており、ロシア側から見た戦況俯瞰図は、現代においてもなお発見されておらず、奉天会戦は現代ロシアにとっても、国家としての屈辱であり、また謎として存在し続けている。
そんな状況が続いていた中、1998年夏、日本領、樺太において一冊の日誌が発見された。日記の作者名は、書かれていただろう頁ごと破り捨てられており不明。おそらく、脱走したロシア兵(※3)だと考えられている。
その内容は驚愕すべきものだった。
彼は、日誌内において、奉天会戦に参加した事を告白し、あの戦場で何があったのかを克明に記していたのだ。
本文書ではその全内容に触れる程の紙面はないので概略だけを述べる。
その異変が始まったのは、1905年2月10日。ロシア軍右翼からであったと言う。
突如として、司令部からの連絡が途絶。また、無電を繋がらなくなり沈黙。また、様子を確認しにいった騎兵も戻らず、総司令部付きだった彼に、確認の命令が下り、右翼へ辿り着いたのが2月12日。
そこで彼が見たのは――この世の地獄だったらしい。
突如として陣地の壁から現れたその巨大な蟻のような、百足のような化け物が次々と兵士達を襲い、それに対して必死に抵抗し、その化け物を殲滅しようとしている光景だった(※4)。
だが、その化け物は殺しても殺しても、這い出てきた。そして、日々増加していく死者の数。その怪物は猛毒を持っており、噛まれればまず助からなかったという。また、苦労して敷設した電話線はズタズタに切り裂かれており、とてもではないかが復旧出来る見込みはなかった。
彼が現状を把握し、総司令部に帰陣したのが、2月14日。その時には、右翼に引き続き、左翼も沈黙しており、大混乱の様相を呈しつつあったという(※5)。
――結果、2月21日から開始された、日本陸軍の作戦行動時において、ロシア軍両翼はその戦力の過半を消耗。中央軍も、両翼の穴埋めに使われた結果、薄く陣を張っているに過ぎなくなっていた。
ロシア軍の伝統である、強固な陣地構築も穴だらけにされた結果、無残な有様になっており、最早、日本陸軍の一大攻勢を防げるような情勢にはなかったようだ。
だが――彼等はそれと引き換えに、他の人類がやり遂げられなかった偉業を成していた。
すなわち、出現した怪獣の完全殲滅、を達成していたのだ。
何故か、それが可能になったのを推察すると、以下の事が考えられる。
第一に陣地のど真ん中に怪獣が出現し、混乱しながらも火力を集中出来た事。
第二に出現した怪獣が、初期型の大顎亜種であり、小火器でも討伐出来た事。
第三に満州の猛烈な寒気が、大顎亜種の移動を妨げた事。
第四に巣(※6)が発見され、それへの直接攻撃が両翼において早い段階で行われた事。
けれど、その偉業を成し遂げた彼等の傷は、余りにも深く、日本陸軍に歴史的な惨敗を喫してしまう事になったのだ。
この事案から分かるのは、人類は20世紀初期の段階で、怪獣に対して抗しえなかったわけではなく、十分な戦力と火力があれば、殲滅することすら可能だったという事実であろう。で、あるならば科学技術が発達した現代において、それを再現することは不可能ではあるまい。
無論、核の炎ですら、全滅させることが出来なかった(※7)という事実は余りにも重い。一部の大顎は今や、耐寒冷能力すら手に入れつつある。その手強さは、1905年の比ではない。
だがそれでも――我々は成し遂げなければならない。かつての、彼等が多くの犠牲の末に成し遂げて見せたように。
※1
奉天会戦の字義通りの完勝と、それに続く日本海海戦の完勝。そして、ロシア増援兵力移動の鈍さが合わさり、兵力において優位にたった日本は日露戦争に勝利。樺太全島及びカムチャッカ半島を自国領土とし、満州に大きな利権を得た。
※2
奉天会戦敗北後、ロシア軍はシベリア鉄道を用いて増援を満州へ送り込もうとしたが、何故か大幅に遅滞し、結果、日本軍のハルピン占領を許す結果となった。なお、日本陸軍がこの遅滞をどう考えていたのかについては、元老達がこの時期に極秘会談を繰り返している点からも、何かしら真相を掴んでいたものと思われる。
※3
作戦内容にまで踏み込んでいるその内容から、彼は上級士官だったようである。また、何故脱走し、樺太に渡ったのかについては一言、『ただただ純粋な恐怖の為』、また『奴等も流石に海は渡ってこないだろう』と記している。
※4
対陣する日本軍にばれなかったのは、猛吹雪の為と、遮蔽物の影に隠れていた為と思われる。彼の日記によれば、重砲による駆除を望む将兵に対し、上層部は『会戦に差し支える』との理由で却下を繰り返したらしい。体長は、胴長で約1m程。猛毒と恐ろしい生命力を持っていたという。
※5
報告を聞いた、総司令官でクロパトキン大将は「俄かには信じられないが……ハルピンへ撤退する。それが最善」だと述べていたという。これについて、彼は『今から考えれば唯一の選択肢だった……当時の私達は否定してしまったが……』と書いている。
※6
どちらも地下空間に築かれていたと言う。大繁殖する前に爆破された事で、数の増殖を防げたのではないか、と彼は推察している。
※7
米国・旧ソ連・共産中国・印度・パキスタンが使用したが、殲滅することは出来ず、逆に多くの怪獣に耐放射能の能力を与えてしまった。結果、その放射能汚染された地域は、怪獣にとっての楽園と化してしまっている。
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