第3話 手術

  「立川さん、お疲れさまでした!手術は、無事終わりましたよ。」

 担当の医者の言葉で、俺は目が覚めた。

「…そうですか。ありがとうございます!

 それで、俺の肩は…。」

「大丈夫です!手術は、成功しました。

 もちろん、術後の経過はしっかり見なあかんけど、安静にすれば、肩は元通りになると思います。」

「良かった!本当に、ありがとうございます!」

俺は医者のその言葉を聞き、ホッと胸をなでおろした。

 「ただし、いいですか立川さん。それは、あくまで、あなたが安静にしていれば、肩は元通りになる、という話です。

 前にも言いましたが、3ヶ月間は、投球動作禁止ですよ。…今からやったら、一応、長めに見て9月になるまでは、投球はできません。

 それと、リハビリも、頑張らなダメですよ。…辛いとは思いますが、我慢してくださいね。」

「はい。」

 俺は、しっかり頷いた。

「あと、すみません先生、質問なんですが、肩とは直接関係のない部分、例えば下半身なんかは、トレーニングしても大丈夫でしょうか?」

「ああ、それなら問題ありませんよ。」

 その医者の一言も、俺を勇気づけた。俺は、3ヶ月間、何も練習やトレーニングができないよりも、そっちの方が良い、とりあえず、自分のできるトレーニングは続けていきたい、そう思った。

 「じゃあ、今日はこれで終わりです。これから、頑張りましょ、ね!」

「本当に、ありがとうございました!」

そう言って俺は、病院の診察室を出た。


 「美沙ちゃん、お疲れ~。」

「お疲れさま!

 …それで…どうやった!?」

診察室を出た俺は、美沙ちゃんが待っている、病院の待合室へと、向かった。

「…手術は成功!」

「そうなん!良かった!おめでとう!」

「ありがと美沙ちゃん!

 俺も、大丈夫だとは聞いてたけど、いざ手術直前になると、やっぱり不安だったから、本当に良かったよ。

 ただ、これからリハビリもあるし、9月まではパスを投げる練習はできないし、割と大変なんだけどね。」

「そっか。でも、しっかりリハビリして、間隔開けたら、完全に治るんやろ?」

「うん、医者の先生はそう言ってたよ。

 それに俺、前にも言ったけど、美沙ちゃんに、フットボールにとって大切なこと、教わった気がする。

 だから俺、腐らずに、頑張りたい!もちろん、今まで通りプレーできるのかって不安はあるけど、俺、やってみたいんだ!」

「いやいや、うちは何もしてへんよ。」

「そんなことないよ。」

「…そう?

 じゃあ今のは貸しな。そやから勇樹くん、うちが何か困った時は、力貸してよ!」

「はい!」

美沙ちゃんは、笑いながらこう言った。そして俺は、多分今のは冗談だろうと思ったが、

(借りとかは関係なく)美沙ちゃんが困った時は、いつでも手助けしよう、そう心に決めた。

 

 そして、次の日から、俺は大学のフットボール部に復帰した。もちろん、さっき言ったように俺はパスを投げる練習はできないが、それ以外のこと、自分にできることは、俺は何でもやるつもりだった。

 「よっ、みんな、久しぶり!」

…しかし、復帰した俺を待っていたのは、冷ややかな目線だった。

 誰も、俺のあいさつに対して、答えようとはしない。それどころか、フットボール部の部員たちは、俺と目を合わせようともしない。

 「おい、お前ら、しっかり練習するで!」

キャプテンのラインバッカー(ディフェンスの要のポジション)が、部員たちに声をかける。そして、他の部員たちも、まるで俺が透明人間であるかのように、俺を無視してフィールドに出て練習する。

 『何が『久しぶり』や。』

『今さら、何しに戻ってきたんや。』

俺は、直接そんなことを言われたわけではないが、そのような冷たい目線を、遠目から一身に浴びることとなった。

 『これが、みんなの俺に対する、気持ちなのか…。

 おそらく、俺が怪我する前から、みんなは俺に対して、こういった気持ち、持ってたんだろうな。』

でも、俺はそれでも良かった。むしろ、それが当然の報いだ、そういう風に思った。

『俺は今まで、他の部員たちを、散々バカにして来た。だから、他の部員たちが俺に対して嫌な感情を抱くのも、仕方ないことだ。

 でも、今の俺は違う。俺は、美沙ちゃんと出会って、変わったんだ。

 この部、タイガースにできることがあれば、俺は何でもしたい!』

俺は、改めて気持ちを強く持った。


 「お疲れ、勇樹くん!

 久しぶりの練習、どうやった?」

「お疲れ美沙ちゃん!

 それが…ね。」

俺は練習を終えた次の日、いつもの待合室で、美沙ちゃんに部内でのことを、話した。

 「そっかあ…。

 まあでも、今の勇樹くんはみんなのことバカにしてへんし、一生懸命やし、みんなもすぐ、受け入れてくれるんちゃう?」

「そうだといいんだけど…。

 でも、俺は、みんなが俺を受け入れてくれなくても、構わない。俺は…、

 一生懸命なみんなの、力になりたい!」

「そっか。大丈夫!勇樹くんの思い、絶対みんなに伝わるわ!」

「ありがとね、美沙ちゃん!」

俺は、この美沙ちゃんの笑顔、そして言葉に、何度救われただろう。


 そして、俺たち関西第一大学アメリカンフットボール部、通称タイガースは、来るべき12月の甲子園ボウルに向けて、練習に練習を重ねていた。また、俺抜きの布陣になったタイガースも、俺が思っていた以上に強く、(こういう言い方をするとまた自慢になってしまいそうであるが)練習試合などでは、負けなしであった。

 実際、QBも、俺が出られないため、代わりに1年生の、橋本充(はしもとみつる)という選手がレギュラーとして出場しているが、彼の出来は抜群で、先輩たちに混じっても、力を如何なく発揮していた。

 もう少し詳しく説明すると、彼、橋本君は、俺とはタイプの異なるQBだ。俺は、(もちろん、前にも言ったように足は速い方であるが)どちらかというとパスを投げて、試合のリズムを掴んでいくタイプの選手だ。しかし、橋本君の場合は、自らボールを持って積極的に走ることが多い。(この、QBがボールを持って自ら走るプレーを、「スクランブル」と言う。)

 この、スクランブルが、今のチームの攻撃のスパイスになっている。敵は、このスクランブルを警戒して、パス攻撃への警戒を、どうしても疎かにしてしまう。そして、若干フリー気味になったレシーバー(パスの受け手)陣に、パスを通しやすくなるのだ。

 ちなみに、彼はパスの精度も、申し分ない。とにかく、彼は優秀なQBだ。

 それに、ディフェンス陣、オフェンシブライン、キッカー・パンターも、俺が怪我をする前に比べて、プレーの質が上がっている。

『やっぱり、俺たちは、甲子園ボウルを3連覇しているチームなだけのことはある。

 みんな、レベルが上がっている。

 これじゃあ俺も、うかうかしていられないな。』

俺は、そう思った。

 そして、来る日も来る日も、俺たちは練習を重ね…、

 8月が、やって来た。


 『いよいよ、甲子園ボウルに向けた予選の戦いが、始まるのか…。』

 そう、この8月の終わりから、俺たち関西第一大学の、関西地区を含め、全国でフットボールの地方連盟の試合、つまり甲子園ボウルに向けた予選が、始まる。

 そして俺たちタイガースは、今までの練習試合もほとんど落とさず、甲子園ボウル優勝の、最有力候補と目されていた。

 しかし、そのレギュラーメンバーに、俺はいない。なぜなら、俺は5月から約3ヶ月間、投球動作を禁止されていたからだ。一応、長めにリハビリ期間をとって9月からは、投球練習は再開しても良いそうだが、医者が言うには、俺の肩が完全に元に戻るのは、それからもうしばらく経った後の、10月頃になるそうだ。(あと、リハビリの状況によっては、もう少し治療が長引くかもしれない、とも医者は言っていた。)

 (また自慢になるかもしれないが)いくら優秀なQBでも、病み上がりで、完全に状態が元に戻っていない時に、フットボールの試合で良いパフォーマンスを見せることは難しい。だから、俺はこの予選会に、レギュラーで出られないことを覚悟していた。

 さらに繰り返すが、俺の代わりに練習試合を戦った、橋本充君は、とても優秀なQBだ。彼はまだ1年だが、先輩たちに臆することなく、堂々とフィールド上でプレイしている。そして、俺たちタイガースの監督も、そんな調子の良い橋本君を、控えに回す必要はないだろう。

『俺の肩が完全に元に戻っても、レギュラーに戻るのは、難しいかもしれないな…。』

俺はそう思ったが、それでも、腐らずに自分のできることを、(声出しでも道具並べでも何でもいいから、)しようと思った。

 そして、この8月には、もう1つ、大事なことが行われる。それは…、

 美沙ちゃんの、手術だ。

 勉強が苦手な俺は、詳しいことは全然分からないが、この手術が成功すれば、美沙ちゃんを苦しめていた病気が完治し、退院もでき、他の人と同じように、日常生活を送ることができるそうだ。だから、俺たちの甲子園ボウル以上に、この手術は美沙ちゃんにとっての大事な「戦い」である、俺はそう思う。

 美沙ちゃんと仲良くなってから8月まで、俺たちは主に病院の待合室で、何度も何度も、話をした。内容は、俺は主にフットボールのことで、

「NFLのこの選手が、かっこいいんだよね~。」

といったものが、多かった。

 そして美沙ちゃんは、

「うち、退院したら、スポーツがしてみたい!もちろん、テニスもやけど、ランニングウェア着て、思いっきり走るんもええなあ…。」

など、退院してからやりたいことを、話していた。

 また、俺は美沙ちゃんから、

「美沙ちゃんが退院したら、12月の甲子園ボウル、絶対見に来てよね!」

と、若干図々しい約束をとりつけようとしていた。

 そんな俺に対しても、

「うん、分かった!」

と、美沙ちゃんは快く約束をしてくれた。

 そして、

「でも、甲子園ボウルには、出れるん?」

と美沙ちゃんに訊かれたので、

「あったり前じゃん!俺たち、甲子園ボウル3連覇中のタイガースだよ!?

 出るだけじゃなくて、絶対に今回も優勝して、4連覇、達成するんだ!」

と、少々強気なことを、俺は言ってしまった。

 「分かった!じゃあうち、楽しみにしとくわ!」

こう言って美沙ちゃんは、笑ってくれた。その笑顔を見て、俺は、

『絶対に負けられない。』

と、やる気をかき立てられた。


 そうやって話をしているうちに、月日は流れ、美沙ちゃんの手術、2日前になった。何でも、手術前日、つまりこの日から見て明日は、体調を整えるため、面会はしない方が良い、と医者に言われているそうだ。だから、手術前の美沙ちゃんに会えるのは、この日が最後、ということになる。

 「こんにちは、美沙ちゃん!」

「…こんにちは、勇樹くん。」

…俺と美沙ちゃんは、その日も普通にあいさつした…が、やはり美沙ちゃんに、いつもの元気はなかった。

 「美沙ちゃん、明後日、手術だよね?」

「うん…。」

俺も、肩の手術前は、かなり緊張した。ましてや美沙ちゃんは、美沙ちゃんの命がかかった、手術だ。俺の肩となんて比べられないくらい、いや比べるのがおこがましいくらい、緊張していて当然だ。

 「大丈夫、美沙ちゃん?」

その時、たまたまであるが、待合室には、俺と美沙ちゃん以外、人はいなかった。そして、美沙ちゃんは、…泣き出した。

 「うち、ホンマは明後日が、来て欲しくない。…いや、病気は治さなあかんし、治さんかったら次に進めへんのは、分かっとる。でも…、

 もし手術が失敗したら、うち、死ぬかもしれへん。そう考えると…、

 もちろん、お医者さんの先生は、

『手術は、成功しますよ。』

って、言ってくれとる。でも…、

 うち、怖い…。」

そう言いながら美沙ちゃんの涙は、どんどん目から溢れて来る。俺はそんな美沙ちゃんに、優しく声をかけた。

 「美沙ちゃん。俺が言えることでは、ないのかもしれないけど…。

 美沙ちゃんは、1人じゃないよ。俺もいるし、美沙ちゃんには家族もいるし、それに病院の先生や看護師だって、美沙ちゃんのことを見ててくれると思う。

 俺、美沙ちゃんの手術がうまくいくように、祈ってるから!美沙ちゃんのこと、応援するから!

 それと、俺もフットボールの練習、頑張るから。

 だから、美沙ちゃんも頑張って欲しい。

 もちろん、今日は不安だよね?だから、今日は俺の前で思いっきり泣いてくれたらいいよ。

 それで、美沙ちゃんがすっきりするなら…。

 俺、美沙ちゃんの、力になりたいんだ。」

俺の言葉を聞いた美沙ちゃんは、少し心が晴れた様子で、泣きやんだ。

 「ありがとう、勇樹くん。あんた、ホンマに優しいなあ。」

「いや、そんなことないよ。

 …あと、こんな偉そうなこと言っといて何だけど、今日は美沙ちゃんに、聴いて欲しいことがあるんだ。」

「え!?何?」

 本当に、手術を控えた美沙ちゃんに、こんなことを伝えるのは間違っている、と思う。

でも、俺はどうしても、聴いて欲しかった。

 「あのね、俺が肩の怪我をした、本当の理由なんだけど…。」


 「え?それは、勇樹くんが一生懸命練習して、オーバーワークになったからと違うん?」

 …それは、少し違う。

 俺は、関西第一大学、タイガースに入ってから、いやそれまでの経歴も含めて、ずっとQBのレギュラーとして、試合に出続けて来た。特に、タイガースでは先輩QBも押しのけて、1年生でレギュラーをつかみ、大活躍してチームを甲子園ボウル優勝に、導いた。

また、2年、3年生の時も、俺はレギュラーで甲子園ボウルに出場し、チームを3連覇に、導いた。

 そして、俺は4年生になっても、この調子でQBとしてレギュラーで試合に出場できる―、そう思っていた。

 …あの1年生が、入って来るまでは。

 そいつは、名前を橋本充と、言った。もちろん4月当初の俺は、1年になんか興味はなかった。ただ、俺は来る12月の、甲子園ボウルに勝つことだけを考え、練習に明け暮れていた。

 しかし、俺はたまたま1年生の練習風景を、見ることがあった。

 当然のことながら、1年生はまだキャリアも浅く、俺たち4年生のレベルには、到底追いつけないだろう、俺はそういう感想を持った。(と言うか、俺はその当時、4年生の俺以外の部員たちも、レベルが低いとバカにしていたのだが。)

 そしてたまたま、1年生のQB候補に、「橋本充」という選手がいると知り、俺は、

『新人QBがどれほどのものか、見てやろうじゃないか。』

と実力を試す気持ち半分、そしてそいつを嘲笑う気持ち半分で、彼、橋本充の練習風景を見た。

 そして、彼は―、

 違った。何もかもが違った。

 まず、QBとして、パスの精度が他の人間と違う。彼は、パスを投げる時、コントロールミスをしない。また、オフェンシブラインのポケットをうまく使いながら、ディフェンスのタックルを受けないようにする技術が申し分ない。さらに、状況判断も的確で、パスの最適な受け手を瞬時に見破る、判断力も持っている。もちろん、そのための視野の広さも抜群だ。

 また、それ以上に驚いたのが、彼のプレースタイルである。彼は、パスの技術も素晴らしいが、そのパスをあえて使わず、スクランブルを仕掛けることが多い、と俺は分析した。このスクランブルが、攻撃のスパイスになり、相手を混乱させるには十分である。そして、それは今まで俺を中心にして作りあげてきた、タイガースのパス攻撃を中心とした攻め方とは、明らかに異質のものであった。

 そう、彼は、とても1年生とは思えない、今すぐにでもレギュラーを張れる選手だ。俺は、すごいものを見た、そういう風に思った。そして、その直後から…、

 俺は、焦った。

 このままでは、彼にレギュラーを、奪われてしまう。彼はまだ1年生で、俺は今まで、ずっとタイガースでレギュラーを張って来たが、そんなキャリアの「差」を感じさせないような何かを、彼、橋本充は持ち合わせていた。

 そう思った俺は、ハードワークにハードワークを重ねた。彼に負けないためには、パスの精度をもっと上げる必要がある。そして、俺は、彼には負けたくない―。

 そこにあるのは、ただの嫉妬と、レギュラーをとられるかもしれないという恐怖心であった。

 とにかく、俺は彼には負けたくない。絶対に、レギュラーの座は譲らない。

 そして、嫉妬と恐怖心に狂った俺は、来る日も来る日も、自分の武器であるパスを、投げ続けた。投げて、投げて、投げて、投げて―。それでも俺の気は晴れず、ただひたすら、投げ続けた。

 そして、その日も俺は、全体練習が終わった後、自分のパスを磨くために、いや嫉妬と恐怖心から、ボールを投げ続けていた。

 そして…、

 俺は、怪我をした。


 「今のが俺の、怪我の本当の理由だよ。だから俺は、一生懸命練習をしたんじゃない。ただただ、橋本君に嫉妬していたんだ。それと、レギュラーをとられることが、自分の今まで築き上げてきたものをとられることが、怖かったんだ。

 でも、今は違うよ。俺は、美沙ちゃんに会って、変わったんだ。俺、美沙ちゃんのおかげで、今は純粋に、橋本君を応援できる。彼は本当に、素晴らしいQBなんだ。

 いや橋本君だけじゃない。他のチームメイトたちも、練習熱心で、どんどん実力が上がっているんだ。だから、俺たちは…、

 絶対に負けない。必ず、甲子園ボウルで優勝してみせる。

 それで、そこに立っているQBは、俺じゃなくてもいい。それでも、俺はチームのために、できることをしたい。

 俺がそう思えたのも、全部美沙ちゃんのおかげだよ。ありがとう、美沙ちゃん。

 手術、頑張ってね。」

最後の言葉は、俺が1番、美沙ちゃんに伝えたかった言葉だった。そう、俺は美沙ちゃんのおかげで、今いる場所に、いられるんだ。

 「そっか。分かった。

 でも、1つ訊いてもいい?」

「いいよ、もちろん。

 どうしたの?」

「勇樹くんはその…、橋本、くん、に、嫌がらせはせえへんかったん?」

「うん。それはしなかったよ。俺は彼に、実力を見せつけたかったから…。」

「じゃあ、それはただの嫉妬とか、恐怖心とかとは違うと思う。

 もちろん、そういう気持ちは勇樹くんの中に、あったとは思うよ。でもそこで、その橋本くんみたいな人に、嫌がらせしたり、そういう人をいじめたりする人って、多いと思う。

 でも、それを勇樹くんはせえへんかった。ってことは、やっぱり勇樹くん、立派やわ。

 うち、フットボールのことはよう分からんけど、それはスポーツ選手としてだけやなく、人として、大切なことやと思う。」

 美沙ちゃんの言葉は、俺にとって意外なものだった。

「そっか。俺、今までそういう風には考えてなかったけど…。

 その通り、なのかな?」

「うん!やっぱり勇樹くんは、かっこええよ!」

美沙ちゃんはそう言って、笑った。

「ああ、勇樹くんと話して、何か元気、出て来たわ。うち、明後日の手術頑張る!

 だから勇樹くんも、頑張ってな!」

「うん!ありがとう美沙ちゃん!」

俺たちはこの日、最後にそう言い合って、それぞれの場所に、帰っていった。


 そして、美沙ちゃんの、手術の日がやって来た。俺はその日、我がタイガースの練習が終わってから、一目散に、病院へと向かった。

 もちろん、俺には祈ることしかできない。でも、それでも、美沙ちゃんのためになるなら―。俺はそんな気持ちで、病院の待合室で、ひたすら、手術が終わるのを待った。

 すると、手術を終えたばかりと思われる医者の先生が、待合室を通り過ぎようとした。それで、思わず俺は、

「あ、あの…、」

と、先生を呼び止めた。

 「あの、川野、美沙さんの手術は、…終わりましたか?」

「あなたは…、」

するとそこに、いつも美沙ちゃんと一緒にいる看護師が、やって来た。

「あ、あなた、美沙ちゃんとよう喋ってる人…ですよね?」

「はい。それで、川野さんは…、」

「大丈夫!手術は無事終わりました。美沙ちゃんは、今眠ってます。もちろん、これからリハビリもあるけど、命の心配は、もうありません。

 美沙ちゃんが起きたら、声、かけてあげてくださいね。」

「はい、分かりました!ありがとうございます!」

 俺は、今まで持っていた緊張感から、一気に解放された。こんなに緊張したことは、俺はいまだかつてなかった。(フットボールの試合でも、ここまで緊張したことはない。)そして、俺の目からは、無意識に、嬉し涙がこぼれていた。


 それからは、美沙ちゃんはリハビリ、そして俺はリハビリと練習をし、お互い、自分に与えられたことをしっかりとこなそうとしていた。そして、俺たちは飽きもせずに待合室で、お互いの近況を語り合った。

 「でも、うち、命の心配がないなんて嘘みたい!ずっと、病気と一緒に、ここに住んどったようなもんやから…。」

「そっか。でも、本当に良かった!

 今は、リハビリ中なんだよね?」

「うん!とりあえず病気は治ったけど、外で生活するんに慣れてないから、ちょっとずつ、慣らしていかなあかんみたい。

 でも、もうじき退院できるんやって!」

「そうなんだ。俺も、リハビリ順調だよ!

 あと、最近は肩を使わない練習もしているんだ。」

「へえ~頑張っとるんやな!

 でも、うちよう分からへんのやけど、肩を使わへん練習って、どんなんがあるん?」

「それは、主に肩以外の部位のトレーニングだね。だから俺、最近はトレーニングマシンを今まで以上に使っているんだ。肩が完全に治った時に、すぐに復帰できるように、今から準備しておきたくて。

 あとは…、」

俺は、美沙ちゃんに今俺がしている練習を、話した。相変わらず、フットボールには詳しくない美沙ちゃんであったが、俺のそんな話を、美沙ちゃんは真剣に聴いてくれた。


 8月の終わりから始まった、甲子園ボウルの予選であるが、我が関西第一大学、タイガースは、順調に勝ち進んでいた。もちろん、俺たちタイガースの選手は全員、特に4月に比べてレベルが格段に上がっているが、何より1年生の、橋本充君が素晴らしい。1年生ながら、フィールドでの彼は堂々としており、学年が上であろう相手ディフェンス陣をものともせず、スクランブルをし、パスを投げている。

 そして、俺たちは難敵をことごとくねじ伏せ、気づけば、暑い暑い夏から、季節は冬に変わっていた。

 次の日はついに、甲子園ボウル、当日だ。

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