第6話 ウィスキー
「でもこれ、本当のことなの?直樹はその、
2108年の、1月30日から、2016年の世界に来たんだよね?だったら、何で、2108年4月1日の記事が、私のスマホに出るの?」
「いや、多分本当のことだと思う…。美果にとっての未来の世界でタイムマシンが開発されてから、ごく稀にこういうことがあるらしいって、聞いたことがあるんだ。
どういうことかっていうと、僕が前にいたマンションや、象の公園みたいな時空の窓口で、稀に時空がこんがらがることがあるみたいなんだ。それで今回みたいに、僕もまだ知らないような、僕にとっての未来のネット記事も読むことができたりする、なんてことも起こるらしいよ。
まあこれは、本当にごく稀なことみたいなんだけど…。」
「そ、そんな…。
じゃあ直樹は、このままだと殺されちゃう、ってこと?」
美果の顔からは、血の気が引いていた。
「…ちょっと待ってね。
これだけだと情報が足りないから…。
関連記事とか、情報がもっとあればいいんだけど…。
確かそんな、時空を超える記事が出てくるのは、時空の窓口でだけだ。だから…、
僕の前のマンションだけじゃなく、この象の公園でも、記事を見ることができるかもしれない。」
美果はそれを聞き、スマホのページをめくり始めた。
「…あ、あったよ!関連記事!」
―山北ニュータウン一家殺人事件
2108年(法化20年)4月1日、未明
高浜良幸(たかはまよしゆき)、和子(かずこ)、直樹(なおき)さん一家が、殺害される。
現場は荒らされており、警察はその手口などから、一連の連続強盗殺人犯の犯行ではないかと見て、捜査を継続中。―
「あっ、もしかして…。
前にニュースでやってた、連続強盗殺人犯かな?」
「そうなの?」
直樹は、自分の頭の中の記憶を、必死に整理しようとした。
「うん、確かやってたよ。
その殺人犯は、最初川北で何件か犯行をして、1月30日現在も、逃走中って言ってた。でも、4月になっても捕まらないで、今度は山北で犯行、ってことか…。」
美果はそこまで話を聞き、あることを、思いついた。
「そうだ、未来の警察に、相談すればいいんじゃない?
警察にこの記事見せて、犯人が直樹の家に来る所を待ち伏せしてもらって、逮捕してもらえれば…ね。」
「残念だけど、それはできないよ。
未来の世界では、警察みたいな国家権力が、タイムトラベルをすることは、全面的に禁止されているんだ。
それを認めると、権力の濫用につながる、ってことで…。
だからタイムトラベルは、旅行用に限定されているんだ。」
「そんな…。
じゃあ、どうすればいいの?このまま黙って見てるだけなんて…。」
「僕に、考えがある。」
そう言った直樹の顔からは、決意の表情を、読み取ることができる。
「考え、って…。」
「僕が、2108年4月1日未明に、行くんだ。
それで、未来の僕が殺されるのを、食い止める。
それなら個人の旅行の範囲内だから、認められるはずだ。あと、本当は未来の世界を勝手に変えることも禁止されているんだけど、今回は殺人を食い止めるためだから、大目に見てもらえるだろう。」
「…分かった。いい考えだね。
じゃあ、私もついてく!」
「えっ、美果も…来るの?
大丈夫?」
「大丈夫に決まってんじゃん!だって直樹の一大事だよ?私も、直樹に協力したい!
それに私、ちょっと考えがあるんだ。」
そう言って美果は、自分の考えを、直樹に話し始めた。そして美果たちは、美果にとっての現在にあたる次の日、直樹の家族が殺される直前の、2108年4月1日の世界に、タイムトラベルすることに決めた。
2108年4月1日、未明。直樹と美果は、山北ニュータウンにある、直樹の実家に来ていた。
その日は春であったが、未明ということもあり寒く、直樹・美果の2人は、ダウンコートを着ていた。また、タイムトラベルの道中、
「そういえば、未来の世界って暖かいの?地球温暖化は、どうなってるの?」
と美果が訊くと、
「温暖化は、科学の進歩で、だいぶん改善されたんだ。だから気候は、美果の住んでいる世界と、おんなじだよ。」
と、直樹は答えた。
そして、直樹と美果は、直樹の実家の裏口の近くの物陰に身を伏せ、待機した。
「あ、こんな時に限って、裏口の鍵、かけ忘れてるな…。」
直樹はそう言い、少し呆れた。
「シッ。何か、音がするよ。誰かが来たみたい。」
美果は直樹にそう促した。そして…、
ある男が、気配を消すようにして、現れた。
美果たちは、(暗くてよく見えなかったが、)その男の持つ、何とも怪しい雰囲気を、感じとった。これが、噂の連続強盗殺人犯なのか…。美果と直樹はそう思い、男の様子を、窺った。
すると男は、美果たちに気づかず、直樹の実家の裏口を物色し始めた。そしてその男が、裏口に鍵がかかっていないことを確認し、中に入ろうとした瞬間―。
「待ちなさいよ!」
美果が、美果にしては大声で、そして毅然とした態度で、そう男に呼びかけた。
そして、直樹は手に持っていた懐中電灯を、男の顔めがけて、照射した。
眩しい光を浴びた男は、少したじろいだ。そして、美果と直樹は、男の風貌を、はっきりと見ることができた。
男は、身長は美果と同じぐらいと、男性にしては低めであった。また、男の体型は太っており、体重は美果の、2倍くらいはありそうであった。さらに、これが最も印象的であるかもしれないが、男の顔には、無精ひげがたくわえられており、そのひげが、(偏見かもしれないが)「犯罪者」というイメージを、さらに増長させていた。
「な、何だよ、お前ら!?」
「それはこっちの台詞でしょ?何なの、あんた!?」
普段は猫撫で声であるものの、いざという時に気丈な美果は、相手が連続強盗殺人犯であっても臆する様子はない。
「何でお前みたいな小娘に名乗らねえといけねえんだよ!」
「よく言ったわね!
ってか、あんた殺人犯でしょ?警察行ったら?」
「チッ、何でそれを…。」
「あんた、今から警察行ったら、この場は見逃してあげる。だから、さっさと自首しなさい!
そうでないと、痛い目見るわよ!」
相手の男は、美果の発言を聞き、逆上したようであった。
「は、何様だお前!
そうだよ、俺は今話題の連続強盗殺人犯だよ!
ついでにお前らも、ここの家の奴と一緒に、殺してやる!
まずはそこの小娘からだ!」
そう言って男は、ポケットからナイフを取り出し、美果に襲いかかった。
次の瞬間―。
「い、いてっ!」
男は、美果に投げ飛ばされていた。
美果は、男が襲いかかって来た瞬間も、(相手がナイフを持っているにも関わらず)冷静であった。そして、男の動き、また重心などを冷静に見極め、ナイフが自分の体に当たらないようにしながら、一本背負いの要領で、男を投げ飛ばし、地面に叩きつけたのである。
「な、何なんだよてめえ!」
男が悪態をつくのをよそに、直樹は事前に準備していたロープを取り出し、男の手足を縛って、警察に通報した。
「今回の件は、ありがとうございます。ただ、未来の出来事を勝手に変えるのは、本来は禁止事項だ、ということをお忘れなく。あと、もう無茶な真似はしちゃだめですよ。」
警察が直樹の実家に到着した後、警察はこれまでの経緯を、直樹と美果に質問した。そして、今回に限り、(殺人犯の逮捕に協力した、ということで)タイムトラベル関係の件は、お咎めなし、ということになった。
「でも、美果があそこまで強いとは、思わなかったよ。
柔道やってるってのは、聞いてたけど…。」
「うん!私もうまくいくかどうかは、ちょっと不安だったんだけど…。
でも、私の考え、うまくいったでしょ!?」
「そうだね!」
―美果は、未来の世界にタイムトラベルに行く前、ある考えを、直樹に話した。
「えっ!?美果が犯人と、闘うの?」
「うん。だって相手が私みたいな華奢な女の子なら、相手も油断するでしょ?
いきなり2人がかりで相手を抑えにいったら、相手も警戒するし、余計に危ないよ。
それで、柔道の要領で、相手を投げ飛ばす!
その後、直樹が準備したロープで、犯人を縛ればいいから。」
「でも…もし美果に、何かあったら…。」
「大丈夫大丈夫!私、こう見えて、柔道の大会で優勝したこともあるし、強いんだよ!
それに、直樹のためだから…私にも協力させて、ね?
お願い!」
そう言う美果は、声こそ猫撫で声であったが、その表情は、決意に満ちていた。
「…分かった。
でも、何かあったら…、
僕も手助けするから。」
「うん。ありがとね、直樹。」―
「でも、ホントに犯人が、捕まって良かった!」
「ホントだね!
じゃあ、そろそろ帰らなきゃね。
過去の世界、美果にとっての現在の世界まで、送るよ。」
「うん。帰ろっか。」
こうして、美果と直樹は、2108年4月1日の世界から、2017年の世界に、帰ることとなった。
「美果、本当に、これでお別れだね。今まで、ありがとう。」
「…直樹、直樹は未来の世界から、こっちに引っ越しすることは、できないの?
それとも、私が引っ越したりとかも、できないのかな?」
「残念だけど、それはできない決まりなんだ。歴史が、大幅に変わっちゃうからね。
だから、美果とはここで、『さよなら』を言わなくちゃいけない。」
「そっか。…仕方ないね。それが、私たちの運命だもんね。」
そう言う美果の目には、うっすらと涙が光っていた。
「ごめんね。」
「直樹が謝ることじゃないよ。
でも私、直樹と出会えて、本当に良かった!今まで、ホントに楽しかったよ!」
「それは僕もだよ、美果。
それで…、今日は美果に、とっておきのプレゼントを、持って来たんだ。
本当は過去の人にプレゼントを贈ることも、禁止されているんだけど…。
まあ、ちょっとくらい、ね。」
「え、何!?」
「はい、これ!」
そう言った直樹は、美果に、プレゼントを手渡した。
「僕もそろそろ、未来に帰らなきゃ…。
何か、最後に言っておくことはない?」
「…私、趣味で、詩を書いてるんだけど…。
こんな時、大事な時に、私、なんにも、浮かんで来ないや。」
「それは美果の詩のレベルだったら、仕方ないんじゃない?」
「ちょっと~直樹まで、そんなこと言うの?
私、友達に散々、バカにされたんだよ~。」
美果は、この日最後の、猫撫で声を発した。
「ごめんごめん。
じゃあ、帰るね美果!
バイバイ!」
「バイバイ!」
そして、直樹と美果は、別れた。
※ ※ ※ ※
次の美果の出勤日、昼休みに、美果は美南と哲人に、直樹との一件を話した。
「すごい美果さん!犯人投げ飛ばしたんだね!」
また、
「直樹さんと離れ離れに、なっちゃたんだね…。」
など、美南と哲人からは、美果の予想通りのリアクションが、返って来た。
「ところで美果、直樹さんからもらった、プレゼントって何?」
「それは…秘密!」
「え~何よ美果、教えてよ!」
「まあ、大したものじゃないんだけどね。」
「ちょっと、もったいぶる気!?」
「あ、もう昼休み、終わりだ!
さあ、仕事仕事!」
「はいはい。でも、後でちゃんと、教えてよね!」
そして、川北園の午後の、日課が始まった。
※ ※ ※ ※
直樹と別れた後、美果は家に帰り、直樹の
プレゼントを、開けた。
そしてそこには、直樹の本当の生まれ年の、ウィスキーが入っていた。
―美果、今までありがとう。僕は美果と違って口下手だから、気持ちをうまく言葉で伝えることができないけど、本当に美果のことが、大好きだよ!
じゃあね。
高浜直樹より。―
『これが、直樹の本当の、生まれ年のウィスキーか…。』
美果は、早速そのウィスキーを開け、ダブルで飲み始めた。
そして、そのウィスキーは、今まで美果が飲んだことがないような、格別な味がした。
『このウィスキー、直樹も今頃、飲んでるのかな…。』
美果は、遠い未来にいる人、そして今までずっと近くにいた人に思いを馳せながら、その夜を過ごした。(終)
幽霊の視える街角で DOUBLE 水谷一志 @baker_km
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