第4話 降霊術
「えっ、美果、それって本当?」
美果は次の日、美南に、昨日あった出来事を全部話した。
正直美果は、そのニュースを見てから、美果が自分の家に帰るまでのことを、はっきり覚えていなかった。一応、美果は家にはたどり着いたので、意識はあったのであるが、その記憶を思い出せないくらい、美果はショックを受けていた。
「うん、本当だよ。
ほら、これが証拠。」
と言って携帯を取り出し、美果は昨日美果の元に来たニュース記事を、美南に見せようとした。
「あれ、私、昨日そのニュース、消しちゃったのかな?」
しかし、そのニュースを、美果はもう1度見ることはできなかった。
「ごめんね美南。私、昨日の記憶があんまりなくて…。
間違って、ニュース記事自体、消しちゃったのかもしれない。」
「いいよ美果。ショックだったもんね。
私、美果の言うこと、信じるよ!」
美南はそう言い、美果を励ました。
「でも美果、それって直樹さんとは、限らないんじゃない?
ほら、同姓同名、ってこともあるし…。」
「そうかもしれないけど、直樹、以前
『僕は、山北の辺りに実家があるんだ。』
って、言ってたんだ。それに、お父さんとお母さんの名前も直樹、前に教えてくれて、それが良幸さんと和子さん、だったんだよね。
まあその後、
『そうなんだ!じゃあ今度、直樹の実家に、行ってもいい?』
って言ったら、
『また、今度ね。』
って直樹、言ったんだけど…。
ちょっとその時の直樹、何かをはぐらかすような感じだったんだ。
まあ私は、
『ちょっと、実家へ行くのは早すぎるかな。』
って、勝手に思ったんだけど…。」
「なるほど。同姓同名の線は、考えにくいか。
それに私の時みたいに、相手が幽霊なら、直樹さんの家族に会うこともできない。だからはぐらかした、って思ってる?」
「うん…。
私、幽霊なんて信じるタイプじゃなかったけど、美南とその、翔さんとの件を聞いてから、そういうこともあるんだ、って思った。だからもしかしたら、直樹も幽霊なんじゃないか、って…。」
美果は、美南に今の自分の考えを、伝えた。
「確かにそうかもしれないね。私も、自分が幽霊と出会って、付き合うなんて、思わなかったもん。
じゃあ私、前に行った、幽霊との交信ができる場所の住所、教えるから、今度行ってみたら?」
「ありがとう美南!そうするね!
直樹は幽霊かもしれないけど、私が好きになった人だし、そこで直樹にもう1度逢って、最後に、
『ありがとう。』
って言えたらいいかな、って…。」
「そうだよ!私もそうだったもん!」
美南は、美果にこう言った。美果は、美南の友達思いの性格に、心から感謝した。
「ありがとう美南。
…ここって、平日しか空いてないんだね。じゃあ明日、有休とって行こうかな。」
「分かった。そうしなよ。」
「あれ、美南。
『仕事サボる気ですか~?』
とか、言わないの?」
「そんなこと、言えるわけないじゃん!」
「そうだよね。さっきのは冗談。
でも、本当にありがとね、美南。
じゃあ私、明日、行ってくるね!」
「うん!
それにしても、その、直樹さんを殺した犯人って、誰なんだろうね?
まだ、捕まってないんだよね?」
「一応ニュースには、そう書いてあったけど…。」
「そっか。そんな奴、許せないよね!」
美南は憤りながら、美果にそう言った。
「そうだね…。警察には、早く捕まえて欲しい!
でも、もしかしたらこの辺に、犯人は潜伏してるかもしれないんだよね?そう考えるとちょっと怖いな…。」
「そうだね…。
でも、直樹さんと交信ができたら、犯人の特徴とかも、聞き出せるかもしれないよ?
そしたら直樹さんを殺した奴、捕まるかもしれないよ?」
「確かにその通りだね、美南。
それも含めて明日、直樹と話、してくるね!」
「分かった!」
美果と美南は、この日もしっかりと、仕事をした。
そして…、次の日がやって来た。
『ここが、幽霊と交信できる、場所か…。』
その日、美果は、美南から紹介を受けた場所に、来ていた。
その場所は、街の中心部を離れた所で、そこにたどり着くと、小さな小屋が、ぽつんと建っていた。
『言ったら悪いけど、何かこの小屋、薄気味悪い…。
ホントに、幽霊が出てきそう、って言うか、何て言うか…。
でも、ここまで来て、引き下がるわけにはいかない。今日は絶対に、直樹にもう1度逢うんだ。』
美果はそう思い直し、小屋のドアを、ノックした。
「はい、どうぞ。」
美果がその声を聞いて小屋の中に入ると、その中には、背の曲がったおばあさんが、座っていた。
「おやおや、若い娘さんだね。
どうしたんだい?」
そのおばあさんは、こういう言い方をすると失礼にあたるのかは分からないが、いかにも「降霊術」をしていそうな見た目であった。大きな縁なし眼鏡に、それに似合わない派手なネックレス―。そして、その小屋の中央には、何とも怪しげな、水晶でできたような道具が、置かれている。
「あの…、私、紹介を受けて、ここに来たんですが…。」
「おやおやそうかい。そういえば、あんたみたいな若い娘さんが、この前も来たねえ。」
そのおばあさんは、美南の名前を口には出さなかったが、美果は、その「若い娘さん」は美南のことであると、確信した。
「あ、あの、それって…、
小山美南って、名前じゃなかったですか?」
「さあ、名前までは覚えてないねえ。」
「それじゃ、その子、生き霊の彼氏と、交信しませんでしたか?」
「ああ、それなら覚えてるよ。
確かその娘さん、その生き霊とできてて、
『ありがとう』
とか何とか、言ってたねえ。」
「その子です!その子、私の同僚で、友達なんです!」
美果の声は、心なしか上ずっていた。
「おやそうかい。
で、あんたは何の用だい?」
「わ、私も、幽霊と交信したいんです!
実は私も、幽霊と付き合ってたみたいで…。
だから私も、その子、美南みたいに、最後にその幽霊の彼氏と、話がしたいんです!」
美果はそう言い、これまであったことを、一気にそのおばあさんに話した。
「そうかい。あんたも、幽霊と関わりがあったんだねえ。
あたしなら、力になれると思うよ。
で、その幽霊の名前は…、」
「高浜、直樹です!」
美果は、力を込めて、直樹の名前を口にした。
「そうかい。分かったよ。
じゃあ、ちょっと待ってね。」
そしておばあさんは、部屋の中央の水晶でできたような道具に向かって、何やら怪しげな呪文を唱え始めた。
そして…、
「おや?」
おばあさんが、怪訝な表情を見せた。
「もう1度訊くけど、あんたの連れの、幽霊の名前は…、」
「え、高浜、直樹ですけど…。」
「…そうかい。
悪いねえ。その幽霊は、見つからないよ。」
「…えっ!?」
「そんなはずはありません!おばあさん、ちゃんと探して、呼び出してください!」
「分かった。やってみるよ。」
しかし、何度おばあさんが呪文を唱えても、直樹の幽霊は、現れない。
「どういうことですか?」
「そうだねえ。こういうことは、滅多に起こらないんだけど…。
その幽霊は、地縛霊かもしれないね。」
「え、じ、地縛霊!?」
「いきなり言われても、分かんないねえ。
じゃあ今から説明するよ。
あたしゃ今まで、いろいろな幽霊を、呼び出して来たんだ。それで、そのほとんどは、成功した。ただ…、
ごく稀に、呼び出せない種類の幽霊が、いるんだ。
それが、一部の『地縛霊』だよ。
一応説明しておくと、地縛霊ってのは、ある特定の土地に、縛り付けられている霊のことだね。
ただ、あたしゃその地縛霊も、今まで何度も、呼び出したことがあるんだ。でも、あたしの経験上、この世に強い未練を残した地縛霊は、ここには呼び出せないことが、あったねえ。」
「そ、そうなんですか…。」
美果は、おばあさんの話を聞いたが、状況がうまく飲み込めない。
「…え、と、いうことは、私は直樹、その幽霊には、もう逢えないってことですか?」
「いや、そんなことはないよ。
そういった種類の地縛霊とも、交信できる方法が1つあるんだ。
それは、その地縛霊が縛り付けられている土地に、交信用の道具を持って行って、交信の呪文を唱えることだ。」
おばあさんは、説明を続けた。
「そういった種類の地縛霊は、その土地に縛り付けられているから、この小屋に来ることができない。でも、その縛り付けられた土地でなら、交信はできるよ。
ところであんたは、その場所に、心当たりはあるかい?」
「い、いえ…。」
「まあ、急に言われてもそうなるねえ。
その霊と交信したいなら、根気よく、心当たりの場所を、探すことだ。
それで、心当たりの場所が見つかったら、あたしがその場所へ、交信の道具を持って、行ってあげよう。
今の話、分かったかい?」
「…何となく、分かりました。
とりあえず、その、直樹が縛り付けられた場所を探せばいいんですね?」
「その通りだ。
その幽霊と交信がしたいなら、しっかり頑張るんだよ!」
「ありがとうございます!
…でも、少し気になるんですが、直樹、私とのデートの時は、自由にあちこち回ってました。
…とても、『ある特定の土地に縛り付けられている』といった感じではなかったんですが…。」
「おやそうかい。それは…、あたしにも分からないねえ。
ただ、あたしが考える限り、その霊はこの世に強い未練がありそうだねえ。」
「ありがとうございます。今日は、これで失礼します。」
「分かったよ。気をつけてお帰り。」
美果は、おばあさんにあいさつをして、その場を後にした。また美果は、何とか自分の頭の中を整理しようとしたが、知恵の輪がこんがらがったみたいに、うまくいかない。
『…何か今日の話、難しい…。
でもとりあえず、直樹の縛り付けられた場所、直樹の居場所を、探さなきゃいけないってことかな…。
でも、あてなんかないよ…。』
美果は帰りの道中、頭の中の知恵の輪を、1つずつ、解いていこうとした。
そして、次の土曜日(美果の勤める川北園が休みの日)、美果は、直樹の実家があるという、山北に向かっていた。
美果は、自分でも、どうして自分が山北に向かっているのか、その理由ははっきりとは分からなかった。しかし、美果の頭の中には、『山北に行けば、直樹の手がかりがつかめるかもしれない。そして、直樹にもう1度、逢えるかもしれない。』
という思いがあった。
美果の住んでいる所から山北へは、電車で1時間ほど、北へ上がった所だ。それは、それほど遠いというわけではないが、いつでも気軽に出向くことができる、という場所ではなかった。(更に、山北は田舎の方であるため、電車の本数が約1時間に1本と少なく、そのことが山北を足の運びづらい土地にしていた。)
そして、山北へは北へ上がるため、体感温度が美果の住んでいる所より下がり、また雪も、山北はよく降る所であった。(実際、山北に着いた後の美果は、「これならもっと厚着して来るんだった。」と、後悔することになる。また、たまたま積もってはいなかったが、その日も山北には、雪がちらついていた。)
そして、美果は山北に到着した。そこは無人駅で、駅の周りには、商店が少しだけある程度という、閑散としたものであった。
『ここが、直樹の地元…。
直樹はここで、どんな子ども時代を過ごしたんだろう?
ちょっと子どもの頃の直樹に、会ってみたいかも!』
美果はそう思い、少しニヤけてしまった。
しかし、
『何考えてるんだ私。しっかりしなきゃ。ここで、直樹の手がかり、つかまなきゃ!』
と美果は思い直し、とりあえず近くの商店で、聞き込みをすることにした。
「あの~、すみません。」
「はい。」
美果は、駅の1番近くにあった、駄菓子屋に入った。そして、その店の奥の方から、おばあさんが、出てきた。
そのおばあさんは、少し腰は曲がっていたが、品のある雰囲気で、先日美果が会った降霊術のおばあさんとは、全く雰囲気が違っていた。
『私、こういう(山北の方の)おばあさんの方が、好きだな…。
お世話になっといて、こんなこと考えるのも気が引けるけど…。』
美果は心の中でそう思ったが、その思いを打ち消し、出てきたおばあさんにこう質問した。
「すみません。山北ニュータウンの場所は、ご存知ですか?」
「山北ニュータウン?知らないですね。ごめんなさい。それは、この辺りにあるんですか?」
しかし、おばあさんからは、意外な答えが返ってきた。
「そうですか…。ありがとうございます。
このお菓子、いくらですか?買って帰ります。」
「いやいや、質問にも答えられていないのに、いいですよ。」
「いえいえ。こういう店に来るのも子どもの時以来なんで、何か懐かしくなっちゃって。
久しぶりに駄菓子、食べたいな、って思って…。」
「そうですか。ありがとうございます。
10円です。」
「はい、10円!
ありがとうございました!」
美果は、おばあさんと少しやりとりをした後、その駄菓子屋を出た。
『でも、何でおばあさん、山北ニュータウンを、知らなかったんだろう?
最近、できたからかな?』
美果はその点を、不思議に思った。そして、スーパーマーケットをたまたま見つけ、そちらの方へ、歩き出した。
「あの…すみません。
山北ニュータウンの場所って、分かりますか?」
「山北ニュータウン?
いえ、聞いたことありません…。」
「知らないです…。」
美果は、そのスーパーの店員、また来ていた客にも訊き回ったが、やはり山北ニュータウンを、見つけることはできない。みんな、口を揃えて、
「山北ニュータウンなんて、知らない。」
と、言うのだ。
『もしかして、こことは別の、山北?でも、直樹は電車で1時間の、山北って言ってたし…。
どうして山北ニュータウンがないの?』
美果は、途方に暮れた。
そして、美果は駅付近や、駅から少し離れた所を歩き回ったが、一向に山北ニュータウンの気配はない。
『もうこんな時間か。そろそろ、帰らなきゃ…。』
あっという間に時間は夕方になり、辺りは、暗くなり始めていた。美果は、やっぱり冬だから、暗くなるのは早いけど、12月に比べたら、少し暗くなるのは遅くなったな、とふと思いながら、
『今日はとりあえず帰ろう、そして、またこの山北に、来よう。』
と思い、駅に戻ろうとした。
そして、美果が駅に戻ろうと、180度ターンした瞬間、美果の歩いて来た先の方に、小さな公園があるのを、美果は発見した。
『そういえば直樹、よく、近くの公園で遊んだことがあるって、言ってたような…。
とりあえずあの公園、行ってみるか。それで、手がかりがなかったら、出直そう。』
美果はそう思い、暗くなり始めた辺りを気にせず、公園の方へと向かった。
『何々?この公園は、『象の公園』って言うのか。
あっ、そういえば…!』
その公園は、最近できた真新しい公園のようで、そこにある遊具も、新品らしくピカピカと光っている。そして美果は、「象の公園」と書かれた石碑のようなものを発見し、直後、直樹とのある会話を、思い出した。
―「美果、美果は小さい頃、公園で遊んだりはしてた?」
「えっ、急にどうしたの?」
「いや僕は、小さい頃によく、『象の公園』って言う名前の公園で、遊んでたんだ。
そんなこと、ふと思い出してさ。」
「何それ!?象の…公園?
何か、変な名前だね!」
「うん。
その公園は、昔っからあるオンボロ公園なんだけど、何か風情があって、僕も子どもながらに、それを感じてたんだ。
それで、そこで友達とよく遊んだなあ…。
みんなでかくれんぼしたり、そこの遊具で遊んだり…。
今となっては、いい思い出だよ。」
「へえ~そうなんだ。
私、直樹の子どもの頃の話、もっと聞きたいなあ~!」
「え、いいけど、ちょっと恥ずかしいな…。」
「今ちょっと話したからいいじゃん!」
「あ、それもそうだね。
えっと…。」―
『でも、あの時確か直樹は、
『昔っからあるオンボロ公園』
って、言ってた。
でも、この公園は真新しい。
…この『象の公園』、建て替えたのかな?』
美果は、瞬時にそう考えた。そして、美果の頭の中には、なぜか直樹の言っていた「象の公園」は、この場所に違いない、という確信があった。
そして、美果は公園に入って行った。
『直樹はここで、かくれんぼしたりして、遊んでたんだな…。』
美果は、少しの間感傷に浸った。と同時に、『もしかして、私はこのまま、直樹とは一生、逢えないの…?』
という気持ちにも支配された。
また、辺りは完全に暗くなっており、空には月が出て、田舎町である山北を、物哀しく照らしていた。(本当は物哀しくはないのかもしれないが、少なくとも美果には、そう感じられた。)
そして、結局何の手がかりも得られないまま、美果がそろそろ帰ろうとした時、美果の携帯に、1通のメールが届いた。
そのメールは、何と…直樹からのものであった。
「美果へ。
急に『別れよう』なんて言ってごめん。
美果は今、象の公園にいるんだね。
それで、明日、昼の12時に、象の公園で、逢えないかな?
直樹より。」
『直樹からのメールだ…。
でも、直樹は何で、私が象の公園にいるって、分かったの?
やっぱり、直樹が地縛霊で、ここに縛り付けられているから?
…とりあえず、今日の所は帰ろう。
それで、明日の12時、もう1度ここに、来よう。』
美果は、久しぶりの直樹からのメールを喜び、また再びこの場所に来ることをその場で誓い、その日は家に帰った。
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