僕の恋は間違っていない

@HS8

第1話


 恋が知りたい。

 

 朝の通学のための電車に揺られながら、僕はそんなことを思っていた。

 僕はこれまで、恋愛感情を抱いたことがない。いや、もちろん恋愛がどういうものかはなんとなく分かっている。友人やら本やらからの情報でだが。

 だからこそ思ってしまう。


 誰でもいいから、恋愛したい。


 電車を降りて、商店街を歩きながら、また思った。

 周りを見ると、僕と同じように真新しい制服を着た男女が歩いている。

 みんなの顔が輝いて見える。これからの学園生活に希望を抱いているからだろうか。じゃあ、僕の顔はどうだろう。そんなの鏡を見るまでもなく、わかる。どんよりと曇っているはずだ。なぜなら、高校に入学するに辺り、一つ、目標を掲げたのだが、それが達成出来るかまるで検討もつかないからだ。

 

 その目標とは──恋人を作り、恋愛をすることだ。

 

 何を言っているんだこの恋愛脳め、と言われるかもしれないが、僕にとっては切実な願いだ。今現在、誰かに対して恋愛感情を抱いたことのない僕が、今までのように過ごして、これからの人生を共にする伴侶を得られるか? 無理に決まっている。となると、一人しか子供のいない僕の家系は断絶することになるし、流石に一人で余生を過ごすのは勘弁したい。

 だから、高校生活でどうにか恋愛を学んで、これからの人生の糧にして行きたいと思うんだけど……できるかなぁ。


『あー、これから入学式だっていうのに、考えれば考えるほど気持ちが落ち込んでいってしまうな』


 落ち込んで下を向きながら歩いていたが、ふと、地面にピンク色の花びらが落ちているのに気づいた。訝しんで顔を上げると、そこには素晴らしい桜が飛び込んできた。


『うわぁ~、これは絶景だな』


 いつの間にか商店街を抜け、今は見る者を魅了する、素晴らしい桜並木を歩いていたようだ。

 冬の受験のときは枯れていたので気付かなかったが、そういえばここは桜並木で有名な所だったっけ。左右前後に上下、何処を見ても桜桜桜。百メートルほどの桜並木が続いていた。こんな絶景を見て入学式に望めるなんて、これだけでここの高校に入学した甲斐があるというものだ。

 先ほどの暗い気持ちが嘘のように消え、逆に清々しい気持ちになった。桜を見るだけでこんな気持ちになるとは、我ながら現金な性格だとは思うが、しかし、この桜並木にはそれだけの価値があると思う。

 そんな自己弁護をしながら桜並木を歩いていると、桜の木に隠れるようにして、横道があるのに気づいた。少し薄暗いが、目を凝らして横道の先を見てみると───


『あれは……神社かな?』


 そう、神社があった。それも、とんでもなく寂れた神社が。

 最近の神社も後継者不足やら経営不振で、神主さんが常駐していない所が増えてきたと聞いたことがあるけど、桜並木、高校、商店街が近くにある好立地でも発生しているとは、これからの未来が恐ろしく思えてくる。

 うん、でも、まあ……これも何かの縁だから、ちょっとお参りでもしていこうかな。入学式にはまだ時間があるし、何より、誰かがお参りしてあげないと、神様も寂しいだろうしね。


『こ、これ、何段あるんだろ…』


 鳥居を潜る前に一礼し、右端に寄ってから石段を上っていく。百段ほどの石段を朝から登るのは、中々に重労働だった。……もしかして、この石段が原因で寂れたんじゃないかな? もうちょっと段数を減らしても良かったと思いますよ、設計者さん!

 そんなことを思いながら石段を登りきると、これまた寂れた拝殿があった。なんとなくそうなんじゃないかな、と思っていたので、特に驚きもせず、お参りのために手水舎に向かう。手水舎は他と同様に寂れていたが、そこに流れる水は、とても澄んでいた。備えてある柄杓で水を掬い、手と口を清め、賽銭箱前に向かう。幾らぐらいがいいだろうか。五円、四十五円……いや、ここは奮発して千円でいこう!

 お財布から千円を取り出し、賽銭箱に差し出し、鈴を鳴らす。次に二回お辞儀をし、次に拍手を二回する。そして手を合わせながら、僕の住所・氏名を名乗り、本殿にお祈りをする。


『どうか恋愛が出来ますように』


 藁にも縋る思いで願う。心の底から、願う。今まで誰にも恋愛感情を抱いたことのない僕に、どうか恋愛が出来ますようにと。


──そう願っていると、真横から拍手の音が響いた。


 いきなりの音に驚いて、最後のお辞儀をするのも忘れて隣を見た。そこには、僕と同じ制服を着た男子が本殿に向かって拝んでいた。こんなに近くに来るまで気づかないとは、何たる迂闊!


『それにしても、大きいなぁ』


 そう、隣の男子はとても大きかった。多分、百八十センチぐらいあるんじゃないかな? それに服の上からでも分かるくらい作りこまれた身体から見て、何かスポーツでもやっているのかな? 僕には無い男らしさ、羨ましいなぁ。

 そんな取り留めのないことを考えながら眺めていると、お祈りが終わった彼が顔を上げた。


『か、かっこいい…』


 男らしい彫りの深い顔立ち。濃い眉毛。鍛えられた野性味あふれる肉体に、知性を感じさせる瞳。僕には無い男らしさを、彼は全て兼ね備えていた。


「さっきは驚かせて悪かったな」

「う、ううん、気にしないで」


 おうそうか! ニカッと笑ってそう言った彼は、まさに快男児と言えよう。外見だけでなく、性格すら良いとは、なんてこったい!


「こんな辺鄙な神社でお祈りしているなんて、変わっている奴だと思ったけど、普通だな、お前。お前とだったら、これからの高校生活も楽しくやっていけそうだ」

「うん、僕も不安だったけど、君みたいな人と一緒ならやっていけそうだよ」

「おう、よろしくな!」


 そんな他愛ない会話をしていると──キ~ンコ~ンカ~ンコ~ンとチャイムの鳴る音が聞こえた。


「うおっ、もうこんな時間か!? 急がねぇと高校初日から遅刻になるぞ!」

「えっ、もうそんな時間!?」


 参拝に時間を取りすぎた!

 初日から遅刻なんてまずい、まずいよー!


「急ぐぞ!」

「う、うんっ!──あ、ちょっと待って!」


 彼と一緒に走りだそうと思ったが、最後の挨拶をし忘れていたのを思い出し、本殿にお辞儀をした。そして最初の一歩を踏み出した時、


ズルっ!


「あぅち!」


 足を滑らせて転んでしまった!


「おい、大丈夫か!」

「う、うん、だいじょ痛!」


 急いで立ち上がろうとした瞬間、左足首から激痛が走った。

 おおう、さっきので挫いてしまったかな。


「立てないか?」

「う~ん、ちょっと無理かなぁ」


 左足に体重を掛けると、結構な痛みが走る。これで走るのは無理だろう。


「ごめん、ちょっと走るのは無理そうだから、君だけ先に行ってくれ」

「それじゃ、仕方ねぇな。動くなよ」


 そう言うと、彼は僕を抱き抱えた……って、この抱き方は、かの有名なお姫様だっこだ!

 僕を抱えたまま走り出し、そのまま石段を降りていった。石段を二段飛ばしで駆け下りていく。景色が流れるように過ぎて行き、風を切る音が聞こえる。まるでジェットコースターに乗っているような気分だ。

 

 ふと、彼の横顔を見た。

 僕とは違う、男らしい顔だ。額に汗を浮かべながら、真剣な表情で、前だけ見ている。それに余り揺れない。彼が極力揺らさないように、そして僕が振り落とされないように、力強く抱きしめてくれている。

 彼の心臓の鼓動が聞こえる。心が安らぐ、優しい音だ。その音を聞いているだけで、足の痛みなど、忘れてしまう。ずっとこうしていたい。


 あれ? あれれれれ?

 なんだろう、この気持ち。この、今まで感じたことがない、よく分からない感情は…。彼のことを見ていると、胸のドキドキというか、きゅんきゅんが止まらない。


 え、嘘。

 もしかして……もしかして、これが恋?

 え、だって、だって──


『だって、僕も男だよ!』






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