ミステリーペドメーター(接客のお話)
「久々に来たけど、相変わらず起きてるのか寝てるのか分からない顔していますね」
目が細いのは生まれつきなんです……って、あなたは! 以前『ツッコんではいけないお客さん』のお話をしたときに、容赦なくダメ出ししてきた女子高生さん!
「また面白い接客の話を聞きに来てあげました。今回は合格点を取ってください」
私は何を目指せばいいのでしょう? あと、勝手に化粧品コーナーから椅子を持って来ないでください……おっと完全に聞く体勢に入りましたね。
前回と毛色を変えないとまた怒られそうだなあ。
……では、こんな接客エピソードはいかがでしょう。
新入社員一年目の話です。まだ接客業の深淵を覗いていないときでした。
「前にこちらで買ったのだが、調子が悪いんだ。見てもらえないかな?」
ほがらかな老紳士が差し出してきたのは万歩計です。
マッチ箱程度の大きさで、黒一色の外装。ふたを開くと、歩数のみが映し出される画面とボタンがひとつ。限りなくシンプルで使いやすい、人気商品です。
「たまに英語が出てきて、しかも意味の分からない言葉なんだよ」
私も実物に触れるのは初めてだったので、まずはお借りして使ってみました。ボタンを押して数字をリセットし、何度か振って計測動作を確認してみます。
反応は正常でした。腰につけて試しても結果は同じ。他に原因があるのかな。
お客様に少々お待ちくださいませと伝え、万歩計売り場へ。陳列された同じ製品の一つから説明書を取り出します。テープで封がされてなくてよかった。
文章に目を走らせたのですが、英語による表示については記述がありません。
こうなると販売店では原因が特定できません。メーカー対処案件です。
私はお客様の元へ戻り、保証書をお持ちか伺いました。
「捨てたので手元にはないよ。でもここで買ったのだから対応してくれるだろう?」
できなくもないですが……不安を感じつつ、レシートの提示をお願いしましたが、予想通り処分済み。ポイントカードを持っていなかったので、購入履歴を調べることもできない。
雲行きが怪しくなってきました。
当店舗や当社で買ったことを証明するものがなければ、同じ製品を取り扱っていたとしても、原則として対応ができません。
「私はいつもここで買い物している。それなのに対応してくれないのかい」
日ごろのご愛顧は感謝いたしますが、商品購入を保証するものではございません。
現在ならそんな返答を浮かべる余裕もありますが、当時の私は販売員としても、社会人としてもレベル1。穏やかな口調で強気攻めしてくる相手が怖く、怒らせたら店に迷惑がかかると萎縮してしまいました。
上に確認して参ります。そう言い残して、私は休憩中の先輩に相談することに。
「普通に動くな」
先輩も結論は同じでした。現状を伝えると、やはり対応を断るしかないと判断します。おそらく、いや絶対に一筋縄ではいかない未来に、心臓がへこみます。
これが返品詐欺を匂わせる相手だったら、店を守ろうと対応に気概が持てました。
しかし相手の要求は修理。金銭目当ての詐欺の類とは考えにくい。
いや待て。返品・交換に発展させる可能性はまだ残っている。そうじゃなくても、店内で怒鳴る、クレームをもらう光景は好ましくない。
なにより、万歩計は本当に異常なのか? それが相手の思惑を勘繰る要因にも繋がっていました。明らかに壊れていれば、こんなに悩まずに済んだのに。
なんて厄介な事態。これから説明しに行くのも気が重い……。
頭がぐるぐる回るほど一生懸命考えたのを覚えています。
「俺が対応する?」先輩の気遣いは言葉だけ受け取りました。自分が受けた以上、最後まで対応する。若さゆえの使命感を、当時の私は抱いていました。
「そっか。ま、いい経験だと思えばいいよ」
頑張ります……張りのない声で誓い、万歩計を受け取ろうとしたとき。
三度、老紳士の元へ。怒っている素振りを見せないのが、逆に怖かったです。
大変お待たせいたしました。もしかして仰っていた故障とはこちらですか?
私は万歩計の歩数表示を見せました。
「そうそう。こんな風に意味の分からないアルファベットが並ぶんだ」
間違いない。私は自信を持って、手首を180度回転させました。
そう。老紳士が見ていた画面は「上下が逆さま」だったのです。
万歩計のカウンターは『7セグメントディスプレイ』と呼ばれる、ありふれたデジタル表記。さらに限りなくシンプルな外装ゆえに、画面だけでは上下の判別ができません。製品の裏を見れば、印字で向きは分かるのですが。
ゆえに、デジタル数字は3→E、4→h、5→S、7→Lのように見えたのではないかと考えたのです。
先輩が万歩計を逆向きに手渡してくれたことで閃きました。
謎が解けると老紳士は満足して帰っていきました。純粋に製品の故障を心配していたあたり、私も勘繰りが過ぎたようです。ともかく一件落着。
頭の中でレベルアップの音楽が鳴り響いた気がしました。
……ということがあったのですが、いかがでしょうか?
「以前と質を変えてきた部分は評価します。まあ、それなりに聞ける作り話でした」
まごうことなき実体験なんです。聞く人によっては、すぐにオチが読める内容だったかもしれませんね。急に言われたもので、思い出しながらお話しました。
時間があれば、もう少し整えられたのですが。
「予め準備しておいてください。仕事とエッセイ書くだけの人生だから暇でしょう」
……うわぁその通りだ! 女子高生に虐げられて気がつく我が生活スタイル。
だからって暇ではありません。それなりに用事とか、11月中に投稿開始する『ぼくの頭はピヨリーナ』第二話を書いたりして、いろいろ忙しいんです!
「露骨なダイレクトマーケティングですね。また来ます。今度は頼みますよ」
何を……? というか、また来るんですね。
次はどんな話をすれば楽しんでいただけるか、考えておかないと。
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