最終話 死にたがり少女の幸せ理論
後悔なんてなかった。
そう言ってしまえば嘘になってしまうんだろう。彼女を殺したことを、死んでしまったことを僕はまだ割り切れていない。
そりゃそうだ。まだ1時間も経っていない。この手はまだ覚えている。銀色の衝撃を。この目は覚えている。彼女の色を、紅を。しっかり覚えている。
だからこそ後悔しようとしている。間違っていた事にしようとしている。悪役を演じていた彼女のことを諦めきれていない。
暗い暗い路地裏で一人蹲る。どうすれば良いか分からず空すら見えない場所で立ち止まる。
「………どうすればよかったんだろ」
後悔する。してはダメだと思いながら、割り切れず断ち切れず彼女の事を諦められない。間違っていないなら後悔する必要はないはずだ。
「僕は…どうすれば」
壊れた夢の中で呟き続ける言葉は誰にも届かない。空虚な世界だ。現を見れない人の集まりで、諦めに満ちた場所だ。
そう思えば僕だって諦められる気がするのだ。僕だってこの世界の住人だから。
「…アナタっていつもそうだよね。すぐに間違えてすぐに諦める」
声がした。聞こえるはずのない聞き慣れた声がした。
顔をあげる。そこには見慣れた路地裏とお別れをした少女がいた。
「……ティ、ティ?」
「やっほーこんにちわ。ショーゴ」
暗闇でも光る金色の髪をした少女が笑顔でこちらを見つめていた。
「なんで、ここに?」
最初の問いだ。その問いに彼女は当然のように答えた。僕を追ってきた、と。
「というか、聞かれなくてもこれからお話ししてあげるよ?時間はあるんだしね」
そう言って彼女はポケットから銀色を取り出した。それは僕が彼女に撃った物と同じだった。
ティティはその銃を僕に向け、引き金に指を添えた。
僕は彼女に背を向けた。逃げなければと思った。そうしたら体は勝手についてきた。
しかし彼女は引き金を引いた。乾いた銃声が響く。音が響いた瞬間に動き出そうとした僕の足に痛みが走る。撃たれたのだ。悪役を殺す銀色に。
「逃げちゃダメだよ?」
そんな声が聞こえる。その声は狂気を孕んでいる。どこか楽しそうに感じれる声が。
けれどそんなことはどうでもよくなる程の痛みが足を襲う。ジワリジワリと痛みが深くなる。苦痛に声が漏れそうになる。
しかし、ここで声を上げてしまったらきっと喋れなくなるかもしれない。
だから僕は手で這って逃げようとする。
しかし伸ばした手に銀色が突き刺さる。彼女はいつのまにか僕の目の前に立っていた。
苦痛で出なくなる前に声を出す。
「な、んで…こんな…事を」
すると彼女はしゃがんで撃たれた僕の手を取った。
そして、手に空いた穴に指を入れる。
唐突に訪れた激痛に声にならない悲鳴をあげる。彼女はそんな僕を嬉しそうに見つめている。
「…悪役は、退場しないとね」
彼女は指で僕の手を抉りながら語り始める。問いかけに対する答えを。
「だって、アナタは悪役で英雄の私を殺したんだよ?ならアナタは英雄殺しの悪役じゃない」
そうだ。彼女は英雄なんだ。ヒーローなんだ。そして僕はその世界を救った英雄を殺したんだ。なら僕はどうしようもない悪役じゃないか。
「…あと最後まで気にしなかったよね。どうやって私が世界を壊したのか、どうやって私が世界を救ったのか。ずっと疑問にも思ってなさそうだったからびっくりしちゃった」
ティティは僕の手の穴から指を抜いた。彼女の指には真っ赤な僕の血が付いている。そして血の付いた指を咥えてしゃぶり始める。
その顔には歪んだ笑顔と喜びが張り付いていた。
「ん〜!美味しっ!やっぱり美味しいねショーゴって」
僕は怯えた。恐怖を覚えた。その歪んだものに怯えた。未知の物に対する恐怖。頭が警鐘を鳴らし続ける。煩いくらいに鳴り続ける。
彼女は自分の指を舐め終えると僕の手の穴のある部分を口に当て舌を入れる。
すでに痛覚は麻痺しているんだ。感じないのだ。オカシイくらいに痛いはずなのにその痛みを感じない。
手の中に入ってくる生暖かい感触が動き回っているのがわかる。
「ふふ……ショーゴのそんな顔はじめて見た」
そりゃそうだろう。こんな体験人生に何度もあってたまるものか。
僕は彼女の舌で蹂躙されていた手を見る。治っている。埋まっている。感覚は残っている。痛みもある。
手を見て驚いている僕の顔を見ると彼女は笑って問いを投げる。
「じゃあショーゴ。答え合わせをしましょうか。私が何者で何が目的なのかってことについてね」
彼女は僕の足にも同じような事をした。舌で蹂躙したのだ。入れられた瞬間には激痛が走り続けた。
しかし、彼女の問いに答えなければ。
「…神様か、なんかでしょ」
声にもならない叫びを繰り返したことによって声はボロボロだった。喉は喋るたびに痛みがする。
僕の答えを聞いたティティは笑顔だった。
「ピンポンピンポン!大せいかーい!!
そう、私は神様で、私の目的はさっきも言った通り、ショーゴが大好きだったからだよ!!」
ただそれだけだと彼女は言った。反射的に言葉が出かけたがそれは声にはならなかった。
彼女の口で僕の口を押さえつけられていたからだ。そこでもまたしっかりと蹂躙する。全部自分の物だと主張するかのように。
「…なんで、そんなことのために…」
「そんなこと?何言ってるの?これは私の人生を全部かけて叶えたい夢だったんだよ?」
彼女はそう言った後にそれに、と言葉を続ける。
「もう、アナタは私の物だしね」
「どういう?」
僕が聞き返すと彼女は明らかに呆れたような態度をとって言葉を続ける。
「だってアナタはさっき私に撃たれて死んじゃったんだもん。それを私が生かしてあげてるの。だからアナタのこれからの人生は全部ぜーんぶ一分一秒一瞬まで私の物なの。わかった?」
そう語る彼女の顔は太陽のように明るくて夜のような暗さを孕んでいる。
そして彼女は何時ものように僕を振り回す。自分の夢が叶った子供のように喜びながら。
「だってこれは、いつまでも死にたがってた私の幸せ理論なんだから」
そうして彼女、いつもと同じ眩しいくらいの笑顔を浮かべて僕の隣を歩いている。
死にたがり少女の幸せ理論 楠木黒猫きな粉 @sepuroeleven
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