3駅め

 近付いてくる電車をこんなにも楽しみに待ったことはない。

 扉が開くのも待ちきれないし、前の人が乗り込むのもすごく遅く感じた。


 乗ってすぐ、キョロキョロと車内を見回した私。見つけた先輩は後ろの方に立ち外の景色を眺めていた。

 射し込む日差しに照らされ薄茶に透けた髪の毛。頬と首の滑らかなペールオレンジ。

 ガタンゴトンと騒ぐ電車の音に負けないくらい、私の胸もドキンドキンと高鳴った。


「……すいません、すいません」


 人の間を縫って近付く。

 投資したせいなのか、ちゃんと頑張っている自分に驚いた。


「お、おはようございます」

「おはよう」


 私は超絶美少女でも、萌え~な女子でも何でもない。だから、挨拶なんかしても『えっと……この子なんだっけ?』みたいな顔をされても仕方がないと思ってた。

 でも先輩は、自分の日常にごくごく普通に存在する一人に接するように、ニコニコと挨拶を返してくれた。


「昨日、足りた?」

「はい! 本当にありがとうございました」


 先輩が掴んでいた隣のつり革に手をかけながら、頭を大きく下げる。


「お返ししようと思って……」


 そう言って鞄の中に手を突っ込んだが、電車の揺れに体が慣れないせいで、何度もつり革を掴む腕がピンと伸びてしまった。


「あとでいーよ」


 コロン、と先輩の口から零れた優しい声。

 見上げると唇が楽しそうな弧を描いている。


「すいません……」


 恥ずかしくて嬉しくてドキドキして、そのあとの私はスカートの裾ばかり見ていた気がする。


「学校、慣れた?」

「は、はい!」

「そっかそっか」

「……あの! 横山先輩は部活、何かやってますか?」


 ――広げなきゃ、繋げなきゃ。

 ――限られた時間を無駄にしちゃいけない。


「俺サッカー」

「さ、サッカー!! へぇ~!!」

「あおいちゃんは何か部活入るの?」


 ――!!!


 それはあまりに唐突すぎて、すぐに掴まなければ飛んでいってしまうような奇跡だった。


「あお……、あお……!!」

「あれ? あおいちゃんじゃなかったっけ?名前」

「あっ、あおいです!」


 お父さん、ごめんなさい。

 今、私、私の名前をこんなに素敵に発音できる男の人は横山先輩だけだと思ってしまいました。


 心臓がジンジンする。


「俺のこともハルキでいいから。 3年に、横山って30人いるから」

「え!! 嘘!!」

「うっそー!」


 楽しい時間は瞬く間に終わる。

 到着アナウンスに促され、私たちは慌てて電車を降りた。


「ハルキ先輩っ」


 電車を降りてすぐに鞄から取り出した水色の封筒。手渡してしまったら繋がりが一つ終わってしまうけれど、お金を借りたままなのは気持ちが悪い。


「あの、これ……!」

「ハルキおっはよー!!」


 私が封筒をちょうど差し出したところで、先輩の背中に飛び付いてきた男の人。

 ハルキ先輩は、『いてぇって』と笑いながらその人にスポーツバックをぶつけた。


「ごめんね、あおいちゃん。 こいつうるさいから行くわ」

「あ、あの、お金……」


 差し出した封筒を受け取るだけだったのに。

 どうして先輩はそれをしなかったのかな。


「それ、部活前に取りに行ってもいい?」


 コクンと頷いた私に、ハルキ先輩はまたしてもニカッと大きく笑い『教室で待ってて』という約束と、心臓が今にも弾け飛びそうな私を残し、走り去った。

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