2駅め
『3A、横山ハルキ』
私はこの名前を一体何度呟いただろう。
制服のままゴロンと横になったベッドの上で借りた1000円札を両手で天にかざす。
『あれ? あおいちゃん、電車来るみたいだよ。 乗らないの?』
『……あ、うん! 寄るとこあるんだ!』
『そっか! じゃあまた明日』
『うん! バイバーイ』
寄るとこなんて一個もない。
ただ、電車賃の為にこの1000円札を崩すのがどうしても嫌で、帰りは家まで歩こうと決めていた。
「あおい、お弁当箱出しなさいよー!」
「はぁーい!」
そうだった、そうだった。崩さなくて済んだのはお母さんのお弁当のおかげもあるんだった。
いつもはダラダラと遅れて出すお弁当箱をその日はサッと差し出して『すっごく美味しかった』とおまけも付けた。
「3A……横山ハルキ」
呟き過ぎて口が覚えてしまった。
私の体はもう、3と言ったらA、横山と言ったらハルキだ。
第2ボタンまで開けた制服の着方も、スポーツバックのこなれた感じも、雨なのに白いスニーカーだったことも、校則にひっかからない程度に遊ばせた髪の毛も『3年生』だった。なんか大人だった。助けてくれたのはもちろんのこと、仕草や雰囲気も全部ぜーんぶ大人っぽかった。
「かっこよかったなぁー」
この1000円札も特別に見える。野口さんがいつもより素敵なおじさんに見える。
私は、彼のお財布からやって来たこの野口さんを丁寧に畳み、いつか使おうと大事に取っておいた可愛いポチ袋にしまった。
引き出しに入れてみたり、お財布にいれてみたり……と、色々な場所をさまよったポチ袋は結局生徒手帳の中にしっくり収まった。
そして先輩に渡す1210円は、私が持っている中でも一番綺麗なお札と小銭で準備して水色の封筒に入れた。
お金と一緒にと、シンプルなお礼の言葉と名前だけを書いたカードを用意したけれど添えるのはやめた。
その代わりに私は決めたんだ。
自転車通学をやめる。
先輩と仲良くなるために、私は明日から電車通学に変える!――と。
定期券は持っていないし、交通費を親に追加してもらうのは気がひける。往復420円がお小遣いから出ていってしまうのは正直きつい。
――でも、でも、でも!!
とにかく仲良くなりたい。と、なると朝の電車は仲良くなるきっかけとして充分すぎる。何日かかるかわからないけれど、仲良くなってしまえば、学校や放課後に話が出来る関係になれば、電車にこだらわなくても良くなるかもしれない!だからとりあえず、それまでは!
これは投資ってやつだ。
私は、自分の恋に投資するって今決めた。
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