第64話 電車でパニック!
…東武野田線の電車は柏駅を発車すると住宅地と田園の中を進む。
何の変哲も無い平地の中を坦々と走るだけの全く面白味に欠ける路線である。
キッコーマン醤油の町、野田市を過ぎると、後は林や田畑が過ぎ行くばかりの単線ローカル鉄道といった風情になった。
…江戸川の鉄橋を渡ると埼玉県に入り、林を抜けると田んぼばかりの平野をカタコトと走る。
空は曇っていて車窓はあか抜けない田舎景色である。
…そんな中を柏からずいぶんかかって電車はようやく春日部駅に到着した。
ここでまた日光に向かう本線の電車に乗り換えである。
しかし春日部から乗る日光行きの電車は修学旅行用の貸し切り車両だと引率の先生から発表があり、子供たちは皆気持ちを高揚させて喜んだ。
「貸し切り電車だって!…すげぇなぁ!」
「どんな車両かな?…ロマンスカーとか…?」
などとワクワクしながらホームで待っていたら、やって来たのはボックスシートの行楽列車ではなく、またしてもロングシートに吊り革が並ぶ通勤電車車両であった。
「…またコレぇ !? …」
「何か…旅行っぽくないねぇ…! 」
期待してただけにみんなの落胆は大きく、ホームにいくつものため息が漏れたのであった。
電車は確かに貸し切りの2両編成で、上本郷小学校の6年生3クラスを乗せると、素早く春日部駅を発車した。
…あまり高い建造物の無い、平均的な地方都市といった感じの春日部市街を外れると、後はのっぺりと田畑が平らに広がる埼玉の田舎風景である。
…初めはぶつくさ言ってた子供たちも、だんだんと車両内で元気になってきて、貸し切り電車の旅を楽しんでいた。
他に乗客はいないし途中の駅にも停車しないので、みんなでキャッキャラ騒いでも怒られること無く、通勤用ロングシート車両内では走ったりふざけたりもできる。
ロングシートでは寝ころんだりオヤツを食べたり自由である。
…ようやく楽しい雰囲気になってきた電車は栗橋を過ぎて利根川を渡り、新古河、藤岡を過ぎて渡良瀬川の鉄橋を渡って栃木県に入った。
車窓に北関東の山並みが近くなり、さらに旅行気分も盛り上がってきた。
ところが…!
この後、事態は一変するのである。
…まず、クラスメイトのトナミ君が急にリュックからビニール袋を取り出すと、いきなりその中に吐いた。
「キャーッ !? 」
それを見た女子たちが悲鳴を上げる。
彼は乗り物酔いを今まで我慢していたのだ。
すると今度は、
「先生!…オシッコ」
「僕も!」
「もう漏れそう!」
「我慢できないよ~っ!」
あちこちで子供たちが騒ぎ出したのである。
しかしこの通勤用電車の車両にはトイレが無く、日光まではまだ遠いのであった。
「私たちもさっきからずっと我慢してるんです~っ!」
女子からも声が上がった。
「先生!」
「先生~っ !! 」
子供らの中にはすでに切羽詰まって涙目で訴える者も出始めていた。
「何だよぉ…この電車は日光まで停まらないんだぞ!…困ったな!…」
もはやパニック状態となった車内では、引率の先生も頭を抱えるしかないのであった。
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