第63話 修学旅行の侘びしい旅立ち

 …そんな知られざるサダジの衝撃的エピソードを聞かされた冬も終わると、また新しい春が来て、王子はいよいよ小学6年生のシーズンを迎えたのであった。


 …そのシーズンは何だかいろいろ家族のメンバーを取り巻く環境がぐるぐる変わり始めた年で、以前お店で働いてくれた虫亀のヨシコの結婚式にフミが呼ばれて行ったり、ヒサコがお花の発表会に作品を出展したりと、お姉ちゃんたちも自分の世界を進めて行きつつあった。

 …王子の方は相変わらず能天気な毎日を過ごしていたが、5月の下旬に上本郷小学校の修学旅行があり、生まれて初めてクラスメイト達とお泊まりの旅に行くことになった。

 行き先は栃木県の名勝、日光である。

 しかも東武鉄道の快速電車を貸し切りで乗って行くという、王子にとっては実に嬉しいプランであった。


 …という訳で毎日王子が楽しみに待つうちにカレンダーは進んで、ついに旅行当日を迎えた上本郷小学校の校庭に集合した児童たちであった。が…。

 実は大変な事態となっていたのである。

 まさにこの日、全く予想外の出来事が起きて、旅行計画を揺るがす大ピンチを迎えていたのだ。

 …すでに初夏と言っても良いはずの5月末のこの日は朝から薄霧がたちこめるパッとしない気象状況であった。

 ところが、何とよりによってこの日に国鉄がストライキを決行して首都圏の旅客電車が運行取りやめとなったのである。

 当初のプランでは、子供たちは北松戸駅から国鉄常磐線にて北千住に移動し、東武鉄道快速電車(貸し切り車両)に乗り換えて日光へ…というルートなのであった。

 だが今日は常磐線は動いてないのだ。

 とりあえず子供たちには昨日の午後に学校から連絡があり、当初の予定より実は一時間早く集合して待機していたのだ。

「どうなるのかな?…旅行」

「まさか延期とか中止ってこと?」

 校庭ではみんな不安顔で話を交わしていた。

 …しばらくして引率担当の先生から発表があった。

「…え~、皆さんおはようございます!…本日は国鉄がストライキを行なったため、当初の予定ルートを変更して日光へ向かうことになりました。間もなくこちらにバスが来ますから、皆さんにはまずそれに乗車して柏駅に向かってもらいます!柏駅からは東武野田線の電車に乗って行きますので、各自引率の先生に従って行動して下さい!」

 …子供たちは戸惑いにざわめきながらもしかしとりあえず旅行には出発することが確定したので安堵の笑顔を浮かべたのであった。

 …ところがしばらくして学校にやって来たのは観光バスではなく、普通の街中を走っているような、つり革が下がる路線バス車両だった。

「えぇっ!これ?」

 …みんなの顔が曇る。

「何だか修学旅行っていうより、これからバス通学するみたいな感じだなぁ… ! 」

 動き出したバスのつり革につかまりながら、車窓を流れる国道6号線沿いの見慣れた街の風景に思わず呟く王子であった。


 …この時の柏駅は改築前の木造の仮駅舎だった。

 バスを降りて乗り換えた東武野田線の電車はこれまた何の変哲も無い普通のロングシート通勤路線電車であった。…もちろん貸し切り車両ではなく、一般の通勤通学客と一緒の乗車なので、キャッキャラとはしゃぐことも出来ない。

「まさか…日光までずっとこんな状態?…」

 王子はもちろんクラスメイトたちからも同じ言葉が出て、侘しさ漂う残念な修学旅行のスタートになったのであった。


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