第20話 秘密の2人…突然の別れ

 …楽しいピクニックから屋敷に戻ると、奥さんは居間の黒電話からフミに連絡を入れた。

「もしもし、渡辺です。…はい、もう本当に田舎家なんですけど、王子様には面白いらしくて、ええ、もう可愛くって…私もウチの母もとっても楽しくさせて頂いてます。…それで、勝手なんですけど、もう一晩王子様をお預かりしてもよろしいですか?…いいえ迷惑なんて、母も孫が出来たように喜んでますし…すいません、ありがとうございます!…あっ、それと、実は昨日王子様が畦道で滑って田んぼに転びまして…いえケガは無いんですけど服がダメになりまして…流山の用品店で買ったのを着せて帰りますので…あっ、いえお金なんていいんですよ、お母様!」

 王子は廊下で話を聞きながら、

「やっぱり女の人って大変だなぁ…」

 と、改めて思うのであった。

 …夕方にはまた奥さんと2人でお風呂に入浴である。

「…何か2人でお風呂ばかり入ってるね~!」

「うん、…ボクが変なとこに落ちちゃったから…」

「でも、このお風呂で終わりだからね!…最後に王子様をピッカピカにしちゃうぞ~!」

 奥さんはそう言って、王子の髪から足の先まで徹底的に綺麗に洗い、手足の爪を切り、風呂から上がった後は膝枕で王子の耳掃除までやり、得意げになって訊いた。

「よ~し、完璧!どうですか王子様?」

 王子はあっさり答えた。

「…疲れちゃった」

 そして2人で笑ったのであった。


 翌日、朝御飯を食べた後は帰り支度をして、お兄さんとお母さんに別れを告げて王子は奥さんと北松戸の家に戻ることにした。

 …帰りに乗った流山電鉄の車両は、古くて冗談みたいにチャチな電車だったが、それも王子にとっては楽しい旅であった。


「ただいま~!」

 奥さんと手を繋いで帰宅すると、お姉ちゃん達とフミが店先で2人を出迎えてくれた。

「お帰り~、王子!」

「だけど、一晩余計にお泊まりするなんて、流山でよっぽど良いことあったのかなぁ?」

「そうだよ、何があったのか教えてよ、王子~!」

 お姉ちゃん達が口々にはやし立てると、王子は奥さんの顔をチラッと見やって、

「それは~…秘密っ!」

 と答えて奥さんと笑ったのであった。


 …そしてそれから半年後…。

 渡辺さんの奥さんのお腹には待望の赤ちゃんが出来て、夫妻は王子の家から引っ越して行ったのであった。

 しかし子供の王子には引っ越しのことは知らされていなかったので、ある日保育園から帰ったときにはすでに奥さんは王子の前から居なくなっていたのである。

「私の子供になっちゃえばっ?」…なんて言ってたのに黙って行っちゃうなんてひどいよ!…

 王子は寂しくなって胸の中で文句を言いたくなったが、あの夏の日、自転車で奥さんの背中にもたれた時の身体の温もりと、ペダルを懸命に漕ぐその息づかいを思い出すと、

「…だけど、女の人っていろいろ大変なのかも知れないな!」

 とも思えるようになったのであった。


 王子もまもなく小学生…少しずつだが男として成長していたのかも知れなかった。

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