第21話 ナカの晴れ姿

 …そして保育園も卒業となる3月の週末、フミの所に妹のナカがやって来た。

「王子のためにランドセルを買って来たよ!」

 ナカは得意げにそう言うと、黒いランドセルを居間のテーブルにドンと置き、

「どうだい?王子、背負ってみてよ!」

 と、王子以上に顔を輝かせて言った。

「…うん!」

 王子は戸惑いながらフミとナカとお姉ちゃんの前でそのランドセルを背負ってみたが、まだ身体も小さく痩せっぽちの王子にはやたらにそれは大きく、正直客観的に見てランドセル姿は滑稽であった。

 「何だか後ろ姿を見たらランドセルに足が生えて歩いてるみたいだねぇ…」

 フミは見たままの感想を口にした。

「お姉ちゃん!…自分の子供にそんなひどいことを言うもんじゃないわよ!小学生になったら王子だってすぐに大きくなるんだから大丈夫!…何よ、アタシがせっかく買って来てやったのに、もうっ!」

 ナカはそう言って口を尖らせたが、すぐに王子に顔を向けて笑った。

「王子、オバさんはすご~くカッコいいと思うよ!がんばれ~小学生!…ところで入学式はいつだっけ?さすがにその日はお姉ちゃんもお店を休んで一緒に入学式に行くんでしょ?」

 ナカが入学式のことへ話題を変えると、フミは急に戸惑いながら、

「4月の…あれ、いつだったかなぁ?…だけどいずれにしても平日だからお店は休めないよ!私は入学式には行けないねぇ」

 と答えた。

「ええっ !? 何言ってるのよお姉ちゃん!…一生に一度の我が子の入学式に出ない母親がどこにいるのよ!王子をひとりぼっちで入学式に出すって言うの?そんなひどい親なんていないでしょう?いったいどうすんのよ!」

 ナカはフミの態度に憤慨して言った。

「私の代わりにはウチのお姉ちゃんにでも行ってもらうよ!…小学校側も別にそれで文句を言ったりしないだろ?」

 フミが事もなげにそう言うと、ナカはさらに機嫌を悪くして反論した。

「お店の女の子なんて!まだ十代の娘じゃないか!…他の子は親子で出るのに王子だけがそんな姉弟みたいな姿で入学式だなんて!…そんなの王子が可哀想だよ!」

「そんな事言ったって、こっちだって商売に生活がかかってるんだよ!いったいどうしろって言うのさ?」

 …フミとナカのバトルのボルテージが上がり、王子とお姉ちゃんらの緊張が高まってきたところで、急にナカがニコリと顔を崩して言った。

「アタシが出てあげるよ!」

「えぇっ !? 」

 …思いがけぬ提案に周りは驚いたが、ナカは自信満々に言葉を続けた。

「お姉ちゃんが出られないなら、アタシが出てあげるしか無いでしょ?入学式っていったら、集合写真も撮って後々アルバムにもなるんだから、他の子供と同じようにちゃんと親子に見えるように写ってなきゃね!…王子、オバさんと入学式で良いよね?」

 最後にそう言ってナカは王子に顔を向けた。

 …王子はもちろん頷くしかない流れである。

「よ~し、入学式はオバさんに任せとけ!ウフフフ…!」

 ナカは上機嫌になってその日は帰って行ったのである。


 …そして4月、ついに小学校入学式の日となり、ナカは東京都江戸川区の自宅から張り切って王子の家にやって来た。

 その日は快晴、日射しの眩しい春の陽気であった。

 ナカは明るいベージュ色の洋服で、今日の式に向けて気合いを感じさせる出で立ちである。

「王子、支度は良いかい?さあ行こう!」

 ナカと王子は2人で駅前からタクシーに乗り、学校へ向かった。

 …到着した松戸市立北部小学校は、古い木造校舎が歴史を感じさせる大きな学校であった。

 保育園とは比べものにならない広い校庭、たくさんの教室、大勢の児童に王子はちょっと不安を感じたが、母親代理のナカは終始笑顔で入学式次第の方は順調に進み、式が終わると最後に同じクラスとなる児童とその母親と担任の先生が一同に校庭に集まり、校舎を背景にして集合写真を撮った。

 …その日の強い日射しを顔に受け、後に出来上がった写真を見たらそれぞれ眩しそうに顔をしかめてる者がほとんどだったが、ナカだけはとても嬉しそうに、そして誰よりも誇らしげな良い顔で写っていたのであった。



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