第19話 人妻の甘い誘惑

 …翌朝、王子が布団の上で目覚めると、部屋の襖戸の向こう側から奥さんとお母さんのひそひそと話す声が聞こえて来た。

「…本当は今日戻りますって言って来たんだけど…」

「まだ完全に匂い取れないよねぇ」

「服も一着ダメにしてるし…どう言ったら… !? 」

「アレに落ちたって…言う?」

「そんなの言えないよ、お母様には絶対!」

「…じゃあ、とりあえずもう一晩預かるかい?」

「うん!…後で私がお母様に電話する」

 …会話を聞いて、何だか女の人って大変なんだな~!と思いつつ王子は再び目をつぶった。

 …間もなく襖戸をす~っと開けて、

「王子様~、おはよう~!」

 と奥さんが入って来たので、王子は今初めて起きたふりをして上体を起こしたのであった。

 …朝御飯の後はまた奥さんと朝風呂である。

 お風呂を用意するのも現在と違って、樽木の浴槽に井戸ポンプで水を汲んで移し、薪を釜で燃やしてお湯を沸かすので、かなりの重労働のはずである。

 今から思えばおそらくお兄さんがその役だったのであろうが、全くよそ様の家でも完全に王子様である。

 …朝風呂から上がると、王子に服を着せながら奥さんが言った。

「王子~、あのね、私さぁ~王子のこと大好きだからさぁ~、お願いがあるの!」

「えっ、何?…お願いって」

 王子が聞き返すと、

「もう一晩ここにお泊まりしていかない?」

 笑顔で奥さんは言った。

 王子は朝の会話を聞いていたので、あっさりと、

「うん、いいよ!」

 と答えると、ホッとしたように奥さんは王子を抱きしめ、

「ありがとう、王子!…じゃあ今日は特別に私とピクニックに行こうよ!」

 と、明るく言った。

 これには王子も大喜びで、

「やった~!行く~!」

 と盛り上がり、ゴキゲン顔になったのであった。

 …という訳で、奥さんは納屋から自転車を引っ張り出し、荷台に小さい座布団を付けて王子をその上に乗せ、前かごにバスケットを入れると2人で高らかに、

「しゅっぱ~つ!」

 と叫んで屋敷をスタートした。

 …自転車は田んぼ風景の中を張り切って進む。

 上空をゆっくり流れる雲…風にそよぐ稲…揺れる自転車の荷台…ペダルを踏む奥さんの背中に時々もたれながら走って、2人は江戸川の土手下に到着。

 バスケットを持って草土手に上がると、川の流れと対岸の埼玉県の景色が見えた。

 …川を見下ろしつつ草の斜面に腰を下ろして、2人はバスケットからおにぎりを出して食べた。

「美味しいね!」

「うん!」

「王子のために一生懸命作ったんだよ~!」

「えっ !? じゃあ…世界一美味しいよ !! 」

 王子の言葉に奥さんは喜び、

「うふっ、やっぱり王子は可愛いな!もおっ、私の子供になっちゃえばっ?」

 と言って王子の身体をぎゅっと抱きしめた。

 王子はちょっと驚いて、

「ボクは良いけど、お姉ちゃんやお母さんが寂しがっちゃうよぉ!」

 と真面目にそう思って答えたのであった。

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