第8話 山古志村の角突き
…フミが女の根性で体を張って商売を続けている時、王子の方は相変わらず新潟の山中で大事に育てられていた。
女ばかりのサダジの実家ではもっぱら王子を中心に家族が回っていて、毎日楽しくそのまま時間が過ぎて行った。
…王子が3歳になる頃には、すっかり言葉も覚えて元気に動き回るようになり、よりいっそう可愛がられる存在になった。
そんなサダジの実家、長岡市竹之高地から約10キロほど山坂道を移動したところには古志郡山古志村虫亀集落があり、そこにはフミの実家がある。
王子はそちらにも何度か連れて行ってもらったことがあった。
フミの実家は屋号が「おさわ」という家で、フミの実兄の富次という叔父と、さく叔母の夫婦、それに長女ヨシコ、長男ショーイチ、次男ケンジに末女アケミの6人家族である。
「…この子が竹之高地の王子様かぁ!」
富次叔父が王子を抱いて笑顔を見せると、
「フミちゃんが死にかけるほどの難産で生まれたんだと…!」
さく叔母が言った。
「まぁ~可愛い!…そうだ、王子!お姉ちゃんと角突きを見に行こうよ」
…中学生の長女ヨシコがそう言って王子を外に連れ出した。
角突きは虫亀集落の外れの丘山にある鎮守様の境内で行われる村人たちの娯楽行事で、今日はその開催日なのである。
…ヨシコに手を引かれながら鎮守様に行き、境内上の草斜面に腰を降ろすと、周りには大勢の村の衆が詰めかけていた。
だが王子はまだ3歳の子供なので、いったい何が始まるのか解らず、さっき集落内の店で買ってもらったシャボン玉セットで、ぷわぷわと大小のシャボン玉を鎮守様の上空に飛ばしていた。
…そうするうちに境内に突然、「ドオン!」と大きな太鼓の音が響き、ついに角突きの開始が告げられたのであった。
…その音に驚いた王子が下の境内に目を向ければ、村の男衆に手綱を引かれた大きな黒毛牛が2頭、見物人らをかき分けて境内の両裾からのそりと入場して来た。
もはや境内の周りはぐるりと見物客が立ち囲んで、ずんずん熱気が上昇して来た感じである。
…入場して来た両牛は、頭に2本の角をそびやかし、境内の中央で睨み合った!
「さぁ~っ!」
両牛を引いて来た男衆が掛け声を発して、牛の尻をバシッと叩いた!
「ドコッ !! 」
…牛はお互いの角を絡ませるように頭をぶつけ合い、その激突の音が重く鈍く境内に響いた。
「おおっ !! 」
王子はその迫力に驚き、見物客からもどよめきの声が上がった。
…しかしその後、牛は頭を突き合わせたまま動かなくなった。
「ブルルルルル…!」
… 鼻息だけ荒げて止まったままである。
睨み合ったまま動かぬ牛に、王子がだんだん飽きて来て、またシャボン玉をぷわぷわ飛ばし始めた時、角突きの牛に動きがあった。
突然、左側の牛が頭を外し、くるりと反転して逃げ出したのである。
すると右側の牛は前足で地面の土をザコザコッと掻き上げ、興奮して敗走牛を追いかけた。
「うわぁ~~っ!」
取り巻いて見ていた人々は突然の暴走牛に怯えて逃げ惑う。
「キャハハハハ~!」
王子は 上からその様子を見て笑い出した。
何しろさっきまでにらめっこしていた牛が今度は急に追っかけっこを始めて、周りの大人たちが慌てふためきながら必死に逃げ惑う様がやたら可笑しかったのである。
「王子ぃ!大変なときにそんな笑っちゃ駄目だよ!」
そう言ってたしなめようとしたヨシコだったが、愉快そうに笑いこける王子につられて彼女もまた笑いをこらえ肩を震わせていたのであった。
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