第7話 千葉街道上の対決

 …フミの中華食堂は昼飯どきともなると、もう目の回るような忙しさだった。

 店内のテーブル客から次々と注文が入れば、厨房の中のフミはたちまち戦場最前線のような状態になり、ただひたすら料理を作り続ける。

 …そして店の電話には出前の注文が来た。

 フミは受話器を取ってオーダーを聞き、客先の住所をメモしてまた調理を続ける。

 注文されたメニューを大汗かきながら作り終えるとフミは、

「ちょっと!ここに出前!急いで行ってきてちょうだい!」

 という訳で雇ったばかりの若いお兄ちゃんにオカモチとメモを渡して早速出前に行かせることにしたのであった。

「はいよっ!」

 お兄ちゃんは調子良く返事をして、口笛を吹きながら自転車で配達に出掛けて行った。

 …やがて店の客たちが飯を食べ終わって昼休み時間が過ぎると、ようやく戦場最前線状態も落ち着き、フミはホッと一息ついた。

 …ところが!

 落ち着いてから気が付くと、出前のお兄ちゃんが出て行ったまま一時間経過したのに戻って来ないのである。

「…あの野郎!」

 フミにグツグツと怒りの念がこみ上げる。

 …ジリジリしながら店で待っていると、ようやく

「…ただいま~!」

 お兄ちゃんがニヤケ顔で能天気に帰って来たのである。

「ちょっとアンタ!こんな遅くまで何処でアブラ売ってんだい!真面目に仕事してくれなきゃ困るんだよ!」

 フミがお兄ちゃんに怒りをぶつけると、

「いやぁ、配達先がよく分からなくて…迷いながら届けたらちょっと疲れちゃったから帰りに少し休憩してたんだよ!…何もおかみさん、そんなに怒んなくても…」

 お兄ちゃんは相変わらずニヤつきながら言った。

 …その態度はフミをぶち切れさせるのに充分だった。

「ふざけるな!…私は今命懸けでこの商売やってるんだ!好き勝手に休憩だと !? …女だと思ってナメてるのか?オモテへ出ろっ!」

 フミはそう叫んで男を睨んだ。

 お兄ちゃんはフミの啖呵に驚いたが、まもなくフッと口の片端を上げながら店先の千葉街道の歩道に出た。

 …しかしその後、一拍置いて店から 出て来たフミを見て男は戦慄した。

 フミの手にはしっかりと料理包丁が握られていたのである。

 …アルバイト男は包丁を持ったフミに苦笑いしながら言った。

「…おいおい、何もそんなに物騒な話じゃ無いだろ?…落ち着けよ」

 しかしフミは表情を緩めない。

 …その時、太陽の光が包丁の刃に反射して男の目にギラン!と映った。

「うわぁぁ… ! 」

 その瞬間、男は間の抜けた悲鳴を上げて逃げ出した。

「待て~っ!」

 フミは包丁を持ったまま追いかける。

 男は車道に飛び出して 、千葉街道のセンターライン上を市川方向に走った。

 フミも車道の真ん中を走って追ったが、さすがに若い男の足にはかなわず、途中でゼイゼイと荒い息を吐いて止まった。

 …男も立ち止まって振り返り、2人は国道のセンターライン上で対峙した。

 その脇を自動車がクラクションを鳴らしてブオ~!と通り過ぎて行く。

「私はね!真剣なんだよ、必死なんだ!…ナメたことしてるとタダじゃおかないよ!」

 フミが息も整わぬまま鬼の形相で叫ぶと、若い男はさすがにビビった様子で、

「分かった、分かったよ!…今度から真面目にやるから勘弁して下さい!」

 と言って頭を下げたのであった。


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