第4話 赤ちゃんが血まみれ!

 …死線をさまよいながらも男の子を何とか出産したフミは、2日ほど入院した後、サダジとともに子供を抱いて浅草橋場の社宅に戻って来た。

 待望の息子が出来たサダジは大変な喜びようで、会社や社宅の仲間達から祝福されると、

「この子は、英国紳士のような男に育てるんだ!」

 と、何も訊かれぬうちからよく分からない意気込みを語り始めるほどであった。

 フミの体調も徐々に回復して、親子3人の幸せな暮らしが始まった。

 …隅田川べりの社宅は古い木造の2階建てで、昔からの長屋のような造りだが、当時の東京下町の庶民はだいたい似たり寄ったりの暮らしをしていたのである。

 サダジの勤める会社は燃料販売取引を主業務としており、営業職だったサダジは時々地方に出張に行ったりと日々忙しく駆けずり回っていたが、仕事が終わると急いで社宅に戻るようになった。

 …誕生時には普通よりとても小さかった赤ん坊は、それでもちゃんと育って行き、サダジは喜び庭駆け回り🎵フミは炬燵で丸くなる🎵雪やこんこの冬も慌ただしく過ぎて行った。

 …赤ん坊の表情もくるくると豊かになり、より一層可愛らしさが胸にキュンと響いてきた、ある春の晩にそれは起こった。

 最近、フミの横で寝ている赤ん坊が夜泣きをするようになってきたのだが、その晩は特にひどく、夜中まで泣き止まなかったのである。

 仕方なくフミは布団から起きて、部屋の電気を点けたとたんに戦慄が走った!

 …びゃあびゃあと大泣きしている我が子のその両手は、おびただしい鮮血で真っ赤に染まっていたのである!

「あなた!大変!」

 赤ん坊のおぞましい異変に驚いたフミは脇で寝ているサダジを叩き起こした。

 …部屋を明るくして2人で我が子の状況を見ると、泣きながら時おり手で頭をむしるようなしぐさをしているのであった。

「何だろう?…あっ !! 」

 フミが赤ん坊の頭を指先で探ってみると、髪の間の頭皮はベタベタしていた。

「…どうした?」

 横からサダジが覗き込むと、ポヤポヤと生えた髪の間の頭皮には皮膚炎もしくは湿疹が出来ていて、おそらく赤ん坊はそれが痒くなったので両手で掻きむしって出血したのだということが分かった。

 よく見ると、頭も血まみれで、耳にも一部血が着いていた。

 …とりあえずフミは 赤ん坊の頭にタオルを巻いて結んだ。

 子供は頭の痒さと気持ち悪さに夜半まで泣き、そのうちに疲れきってようやく眠ったのであった。

「明日、俺が医者に連れて行くから…」

 ぐったりしているフミにサダジはそう言って、疲れた顔色でその晩は眠りについた。…


 翌朝、サダジは会社に休みを取って、赤ん坊を背負って町医者に行った。

「…う~ん…これはアレルギー性の湿疹と皮膚炎だねぇ…!」

 …診察した年配の医師は患部を見てそう言った。

「アレルギー性…とは?」

 サダジが訊くと、医師は眉を寄せながら答えた。

「都市型環境アレルギー!…大都市の環境汚染物質に反応して起きる症状の一つだよ!…まぁ、難しいかも知れんが出来ればこの子は水や空気の良い田舎の方で静かに過ごした方がいいな…要するに転地療養だね!この辺の下町界隈じゃあこの子は成長出来ないかも知れんよ!…」

 医師の説明を聞いたサダジは、一瞬目まいがするようなショックを受けたが、自分自身に言い聞かせるように、

「…分かりました…静かな、環境の良い田舎の方へ…転地療養ですね !? 」

 と呟いていた。

 そしてその表情は、すでに何か腹をくくったような、厳しい目になっていたのである…。

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