第36話


「あなたは。――私のことが、恐い?」

「――」


 リヴェルを見上げてくる瞳の奥に、ステラの決意と恐怖が見えた。


 尋ねてくる声の奥が、震えている。瞳は揺らいでいないのに、何故か泣いている様な気がした。

 その様子に、あの夜を思い出す。

 人が死んだあの晩、彼女はリヴェルの右肩や腕を治療しながら、一切こちらを見ようとはしなかった。

 それでも彼女が手を伸ばしてくれたのに、自分は身を引いてしまった。

 あの時彼女は、ひどく悲しそうに、泣きそうに震えていた。

 ――否。



 遠ざかる背中は、確実に泣いていた。



 ――自分に会いに来るのに、どれほどの勇気を要したのだろう。



 彼女は、きっと自分を避けていた。それは当然だと思う。

 だが、それでも。


 リヴェルはどうしても、彼女に会いたかった。


 会いたくて、会いたくて、仕方がなかった。無意識に、目で姿を追いかけてしまうほどに。

 だから、話をつけてくると請け負ってくれたエルスターに彼女への伝言を託したのだ。



 会いたい、と。どうか、もう一度だけ話をさせて欲しい、と。



 そして、彼女は来てくれた。背を向けていたのに、こちらに振り向いてくれた。

 ならば、もう後は自分の気持ちをありのままに伝えるだけだ。

 自分は、彼女のことが恐いか。

 魔法が、恐いか。

 答えは、もう決まっていた。


「――、ああ」


 恐いよ。


 目を伏せながら、静かにささやく。彼女の拳が、びくりと大きく震えた。

 常日頃から無表情で、周りから魔女と恐れられている彼女が、こんなにも感情が豊かなこと。言葉を交わさなければ、きっと気付けなかった。周りはかなり損をしている。

 だが、そんなことを伝えてやる義理は無い。むしろ、自分だけが知っていれば良いと優越感にまで浸った。

 なんて、穢い。

 しかし、彼女に――何より自分に、もう嘘は吐けなかった。


「でもな」


 腕を伸ばして、彼女の手を取る。

 一瞬彼女は体ごと引こうとしたが、許さない。そのまま、強引に向き合わせた。

 逃げられるのは、もうごめんだ。離れていかれるのも、もう嫌だ。

 魔法も、魔法使いも恐いけれど。

 それよりも、何よりも。



「俺は。君と会えなくなる方が、ずっと、……ずっと、恐いよ」

「―――――」



 黒い瞳が大きく見開かれる。

 揺れるその瞳がうるむ様に透き通っていって、ああ、やっぱり綺麗だな、と吸い込まれそうになった。

 初めて出会った時から思っていた。彼女の水晶の様に透明な黒い眼差しは、どんな宝石よりも美しいと。この視線に心臓を絡め取られたならば、どれだけ幸せだろうか。

 ああ、そうだ。

 そうだった。



 最初から自分は、この瞳に恋をしていた。



「魔法は恐いさ。どんなに使う人次第だと言っても、やっぱり、な。怪我もしたし、襲われたし、死にそうになったし、今でも恐い」

「……、じゃあ、どうして」

「言っただろ? それ以上に、君に会えなくなる方が恐いって」


 手は握ったまま、もう片方の手で彼女の頭を引き寄せる。

 そのまま、更に近付いて。



 こつん、と額を重ね合わせた。



「……っ、リ……」



 掠れる呼び声に、目を閉じる。あの夜の時と同じ様に、彼女に己の熱を与えた。

 彼女は全く抵抗しなかった。今も、額を合わせたまま動かない。

 触れても自分だから殺さない、というのは都合の良い方向へ解釈しても良いのだろうか。それに付け込む自分は、相当あくどい。

 けれど、止めない。彼女に全てを伝えるのならば、触れ合うのが一番だ。

 熱を伝えるのが、一番の近道だと直観した。


「君に会えない間。一日がな、ものすごく味気なかった」

「……」

「世界には色が着いているはずなのに、抜け落ちている様に感じたよ。白黒の世界で生きているみたいだった」

「……リヴェル、目が悪くなったの」

「……、物の例えだよ。つまり、……さみしかった」



 会いたくて仕方が無かった。



 一度言葉を切って、リヴェルは腹を括る。

 穢い想いを聞いたら、彼女はどう思うだろか。

 怯えながらも、覚悟を決める。

 彼女に会えると知った時から、自分の穢いところ、情けないところ、全てを曝け出すと自分は決めた。


「君に会えなくて、辛くて苦しくて痛かった。どうして君がここにいないんだろうって、だんだん暗い気持ちになっていって」

「……暗い」

「そう。だから、今度君に会ったら捕まえて、抱き締めて、……どこかに閉じ込めて。もう二度と逃げ出せない様に鍵をかけてしまいたい」

「……」

「そんな風に思ったよ。酷いだろ」


 己を嘲りながらリヴェルは笑った。こんな醜悪な欲望、それこそ恐怖を感じてもおかしくはない。

 けれど。


 彼女は、逃げなかった。黙って自分の言葉に首を振る。


 その答えに、リヴェルの目の奥が熱くなった。

 震えそうになる喉に力を入れる。


「でも、それはしない。したくない。君には自由に生きて欲しい」


 一方的な気持ちだけで縛り付けても、そこに未来は無い。

 暗い気持ちだけに囚われず、彼女と光ある道を進んで行きたい。

 そして、何より。



 彼女自身に受け入れてもらえなければ、意味が無い。



 だから、今の自分に出来ることは、抱いている気持ちを全て晒すことだけだった。



「俺は、君とこれからを生きていきたい。君の声を、傍で聞いていたい」



 合わせた額を、そっと離す。

 離れた部分が冷めてしまって惜しくなったが、耐える。

 代わりに、間近で彼女の瞳を覗き込んだ。

 綺麗に磨き抜かれた、真っ黒な瞳。吸い込まれそうなほどに煌めく、夜空の様な一輪の花。

 そんな彼女の瞳は今、不安に揺れている。

 凛と己の音を鳴らし、真っ直ぐに咲き誇る花の様な彼女が、今は自分だけを写し取って揺れている。その事実に、どうしようもなく芯が熱くなった。


「君のその綺麗な黒い瞳を、ずっと間近で見ていたい。真っ直ぐに前を見つめる君の隣を、一緒に並んで歩きたい」

「……」

「誰にも渡したくない。初めて会った時から、ずっと、……きっと俺は、君を求めていたんだと思う」


 息を呑む音が鳴り響く。

 それがどういう意味を示すのか。一瞬不安が過ぎりながらも、覚悟を決めて続けた。


「もう、君を離したくない。君と、お互いに知らない世界を歩きながら、肩を並べて笑っていたい。君を幸せにしたいし、幸せになりたい」

「……っ」

「だから、……男としては、かなり情けない話なんだけどな」


 今から言う言葉は、自分自身本当に酷くて情けない話だ。男としてそれはありえないと、十人いたら十人が断言する。

 それでも、自分にはこれしか道が無かった。


「ステラ」

「……、うん」


 一瞬だけ言いよどみ。

 だが、意を決して顔を上げた。



「どうか魔法から、成れの果てから、……俺を、守ってくれないか」

「―――――」



 瞬間。

 男としての矜持きょうじが、木っ端みじんに吹っ飛んだ。



「~~~~~っ」



 口にした途端、うずくまりたくなるのをリヴェルは必死にこらえる。心の中でだけ涙を滝の様に流して突っ伏した。

 ありえない。大半は逆だ。こんな時、「君を守る」と言い切れたら最高にカッコ良かっただろう。



 だが、自分は今、最低にカッコ悪い。



 あろうことか「守ってくれ」としか言えないとは、幻滅以外の何物でもない。正直逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。

 それでも、意見はひるがえさない。悶絶しながら耐えるしかない。



 魔法使いと、共に在ること。



 それは、己の死に強く繋がることだろう。今までの経験上、成れの果てにも狙われる可能性が高いはずだ。

 しかし、魔法に関してはウィルの弟の様に王族の秘術も持てないし、正直太刀打ちが出来ない。無力だ。


 ――未だ、恐怖は拭えない。


 魔法も、人の死も。今もって全てを乗り越えられたわけではない。

 けれど。



〝これからは、私がばんばんリヴェルの行く道の扉を開ける〟



 それでも、彼女と共に在ることを、自分は選びたい。



 彼女が自分の扉を開いてくれる様に、自分も彼女の扉を開いていきたい。

 そのためには、生き延びなければならない。少しでも長く、共にいるために。

 だからこそ、魔法の専門家に頼る以外に方法が思い付かなかった。


「あ、や、ほ、他のことなら君を守れるぞ! 一応、両親に鍛えられて喧嘩も強いしな! いや、あんまり喧嘩しないに越したことはないんだが!」

「……、でも。私といても、怪我をさせる」

「死ななければいい! 君と別れる方が、痛くて痛くて死にそうだ!」

「……、リヴェル」

「それに、きっともう、君が魔法使いだって知った時点で、何か、他の魔法使いに嗅ぎつけられる気がするしな。多分、傍にいた方が安全だぞ! 俺が!」


 言っていてだんだん悲しくなってきた。


 何を好き好んで、自分の危険度をアピールしなければならないのか。もうプライドは粉々どころか塵になって、今にも風に吹かれて飛んで行ってしまいそうだ。

 しかし、彼女といるためならば手段は選ばない。すがれるのなら、縋ってみせる。


「な、情けないけど、その、俺も、生き延びられる様に精一杯努力する。俺、足は速いみたいだし、それに、そう、野性の勘! みたいなものを磨いて、危険を察知する能力を引き上げる、……とか」

「……」

「と、とにかく! 少しでも生きられる様に頑張るから、……だから、どうかこれからを、――これからも。俺と、一緒に生きて欲しい!」


 もはや支離滅裂なことを口にしている。男として弱すぎて猛烈に穴に埋まりたい。

 だが、ここで引いたら、きっともう彼女に会えなくなる。そんな悲惨な結果になるくらいならば、男の矜持を丸ごと捨て去っても構わない。

 ぎゅっと、知らず彼女の手を握る力が強くなる。逃げられたらどうしようと、後ろ向きの考えがよぎって、それを叩き潰すのに苦労した。

 すると。


「……、私」


 するっと自分から抜け出す様に、彼女が身を引いていく。



 ――ああ。



 駄目なのか。



 目の前が一瞬真っ暗になる。

 拒絶された、という事実に絶望しそうになった時。



 握っていた彼女の手が、自分の頬に添えられた。



「……っ、ステラ?」



 間近で、彼女の視線とかち合った。吐息が触れそうなほどに近くて、このまま何か間違って前へ倒れれば口付けてしまいそうな距離だ。

 そんな現実に、リヴェルの頭の奥が、ちかちかと火花の様に点滅した。



「最初にあなたを見た時、この瞳の色が気になった」



 するっと、彼女の親指が目の下の頬を撫でる。

 滑らかな感触に、ぞわりと刺激が背筋を駆け抜けた。震えそうになるのを懸命に堪えていると、追い打ちをかける様に彼女の吐息が肌に触れ、熱が歓喜を叫ぶ様に氾濫はんらんしていく。


「す、ステラ? あのな、近……」

「暖かくて、優しいオレンジの色。……夕焼けみたいな、綺麗な色」

「……、え」

「別に、本当に匂いがするわけじゃないのに、優しくて、……でもあったかい香りがして。目が、離せなくなった」

「……っ」


 夕焼けの様な綺麗な色。

 特に気にしてこなかった瞳を、そんな風に言われたのは初めてだ。かあっと日差しに照らされた様にリヴェルの頬が熱くなる。

 同時に、彼女の言わんとするところに気付いて、更に胸の奥の方も日が差し込まれた様に熱で湧き上がっていった。

 初めて学院の中庭で彼女を見かけた時、視線が絡み合った様な粟立つ感覚に陥ったのは今でも鮮烈に覚えている。

 あの時は彼女の表情が変わっていなくて、こちらを風景の様に判断していると思っていた。

 だが、違った。


「あなたも、私を見つめてきた」

「……っ」

「不思議だった。あなたと目が合った瞬間、……何だか、ずっと見ていたいって思った」



 視線を交わしたあの時。彼女も、自分を見つめてきていたのだ。



 自分が彼女の瞳の色に吸い込まれていた時、彼女も自分の瞳に惹かれていた。

 彼女の心に初めて触れて、リヴェルの心が震え立つ。頬に添えてくれた彼女の手に、己の手を重ねたのは無意識だった。

 お互いに、同じ想いを抱いていた。奇跡の様な出会いだ。



 誰かと心を通わせることを諦めていた自分にとって、これほどの幸せはない。



 きゅっと、ステラの指がリヴェルの指を掴んでくる。それに応える様に、自分も優しく握り返した。


「……前に、リヴェルは言った」

「……うん?」

「人が目の前で死んだら、恐いし、悲しいって」

「……、ああ。言ったな」


 成れの果てが目の前で死んだ時のことだ。それについて自分は、人の死は恐いし悲しいと彼女に告げたことがある。

 あの時は、ただオウム返しに言葉を繰り返す彼女にむなしくなったけれど。


「よく、分からなかったけど。あの時、二十年前のことを思い出した」

「……、え」

「今も、ぼんやりとしか分からないけど。もしかしたら、あれが、恐いし、悲しいってことなのかなって。そう、思う」

「―――――」


 彼女の告白に、リヴェルはひどく衝撃を受けた。あの時の様子を思い返し、深く恥じる。


 今、彼女は語りながら目を伏せていた。


 表情はあまり変わらなかったけれど、瞳の中には深い悲しみの色が見え隠れしていた。

 きっと、あの時も――自分の言葉を繰り返しながら同じ表情をしていたに違いない。

 どうして、あの時気付けなかったのか。後悔しながら、リヴェルは自分のことしか考えていなかった己を踏み付けたくなる。


「二十年前、私は守れなかった」

「……」

「もし、リヴェルもそうなったら、……」


 言いよどむ彼女に、息を呑む。紡がれない言葉の先を拾って、知らず視線が落ちていった。

 彼女は、惜しんでくれるのか。



 自分を失ったら、恐いし、悲しいと。



 そう、思ってくれるのか。



「……、そっか」



 吐息の様に囁いて、リヴェルは一度目を閉じる。己の穢さを痛感しながら、それでも喜びに満たされるのを抑えきれない。

 二十年前、ウィルの弟は殺された。彼女の腕の中で息を引き取った。

 リヴェルは、自分一人で魔法使いに対抗出来ない。だからこそ危険が及んだ時、彼と同じ道を辿る確率は高いだろう。

 彼女に、もう一度同じ体験をさせてしまうかもしれない。本当ならば、離れる方が彼女のためになるのかもしれない。

 けれど。


「でも、……ごめんな、ステラ」


 もう、無理だ。


 言いながら、彼女の手を強く握る。

 彼女も同じ気持ちでいてくれるのかもしれないと知ったなら、この手を離すことは考えられなかった。


「わがままでごめん。酷いことを言ってごめん」

「……」

「俺もさ、……恐いよ」


 彼女が先に死んだらと思うと、気が狂いそうだ。

 父が死んで、母がいなくなって。リヴェルは一人残されて、虚無と絶望の中を生きてきた。

 彼女と同じ気持ちとは到底言えないけれど、少しだけなら分かる気もする。大切な人が自分より先に死んだらと思うと、恐くて恐くて堪らない。

 だが。


「俺は、それでも一緒にいたい」


 どちらが先に死ぬのか。

 それを恐れて今この想いを手放すのは、違うのだと。初めて強く思ったからこそ、自分はこの手を離さない。


「ごめんな。ステラに、また辛いことを味わわせることになったとしても。例え、俺が絶望で嘆き苦しんだとしても」

「……」

「俺は、君に傍にいて欲しい。俺の隣で笑っていて欲しい。……一緒に、最後まで生きて欲しいんだ」

「――」


 だから、ごめん。


 もう一度呟いて、彼女の手を握り締める。逃げられるかもしれないと、暗い恐れも抱いた。

 しかし、彼女は抵抗をしてこない。

 それどころか、自分を引き寄せて肩に顔を埋めてきた。更に近くなった距離に、内心で盛大に飛び上がる。


「ス、……っ!」


 甘くて清らかな香りが、鼻先をかすめて眩暈がする。

 艶やかな黒髪が頬に触れ、リヴェルの体温が更に上昇したが、こちらの心境などお構いなしに彼女は更に顔を埋めてきた。空いた手で縋る様に腕を掴んできた拍子に、柔らかな感触が胸に当たる。

 それを意識した瞬間、頭の中が破裂した。


「あ、あのな、ステラ! あんまり寄ってくると、そのな、り、理性が! その」

「一緒にいたいって言った」

「そ、そうなんだけどな! 頼む、もう少し、自分が女性だと自覚してくれっ」


 悲しいことに、今まで恋を諦めていたせいで言い寄ってくる女性も敬遠していた。そのため、こういう経験にすこぶる弱い。全力で理性を総動員させているが、いつまで持つか。

 彼女の匂いに揺らぎながら、理性と欲望をなけなしの力で闘わせていると。


「――守る」


 囁く様に静かに、けれど強い断言に、リヴェルは思わず彼女を見つめた。

 いつの間にか顔を上げてきた彼女と視線がぶつかる。磨き抜かれた黒水晶は、彼女の誓いをそのまま強く宿していた。


「……、ステラ」

「守る。人の命だけではなく、猫や金魚の命をも大切に思うあなただからこそ、私は守る」

「……っ」

「だから、傍にいて。……一緒に、最後まで生きて。リヴェル」

「―――――」


 彼女の力強い返事が届く。そこに、迷いは見られなかった。

 自分の、ありったけのカッコ悪くて酷い願いに、彼女は全力で応えようとしてくれている。

 それが、どれほどの決意と覚悟か。分からない自分ではない。

 ならば自分も、全力で応じるだけだ。


「……、ああ。もちろん」

「うん」

「――ありがとう、ステラっ」


 そっと彼女の肩を抱いて、誓う。



 これから自分は、何が何でも生き延びる道を模索しよう、と。



 ウィルに頼み込んで、秘術でも何でも、何か策が無いか聞き出してみよう。

 彼女と共に生きることに手段を選ばないことにしたのだ。故に、どれだけ情けなくて、後ろ指を指されることになっても、まずは生き延びる力を身に着けよう。

 そのために。



 ――もう一つだけ、越えなければならない壁がある。



「……ステラ」



 彼女の温もりに名残惜しさを覚えながら、そっと手を離す。

 ステラが見上げてくるのを真正面から受け止め、なるべく自然に見える様に微笑んだ。


「もう一つ、わがままに付き合ってくれないか」


 今、自分はきちんと笑えているだろうか。変な顔をしていないだろうか。

 心配にはなったが、彼女がじっと静かに見つめてくるので、背中を押される様に続けた。


「君と一緒なら乗り越えられるかもしれないって、思っていることがあるんだ」

「分かった」


 間髪容れずに了承され、リヴェルは拍子抜けすると同時に、ステラらしいと笑ってしまった。

 自分が笑ったのが不思議だったのか、首を傾げる彼女の仕草がまた可愛らしい。頬が緩むのが収まらない。


「いや、ごめん。……行こうか」

「うん」


 無意識に手を差し出してから、少し恥ずかしくなった。

 だが、彼女は躊躇いもなく手を絡めて握ってくれる。その自然な流れに、リヴェルの心がこそばゆくなった。



 ――さあ、気合を入れよう。



 彼女の隣に、立ち続けるためにも。

 繋いだ手から伝わる彼女の熱を勇気に変えて、リヴェルは前へ進むために『あの日』へと足を踏み入れた。


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