第37話


 ざわざわとした喧騒けんそうが心地良い。

 祭り特有の賑やかさの中を、ステラと手をつないでリヴェルはゆったりと歩く。

 いつもより大胆な行動を取れるのも、恐らく非日常に背中を押されているからだろう。今更ながらに、恋人達の甘い雰囲気が理解出来た。


「リヴェル。あれは何」


 少し歩いたところで、ステラが一つの屋台を指す。

 正確には、屋台で香り立つ湯気に気を取られた様だ。丸まった可愛らしい生地が並んでいるのを見て、ああ、と合点がいく。


「あれは確か……たこ焼きっていう、東の国の食べ物だ」

「たこやき?」

「そう。確か、ふわっふわの生地の中にタコが入った食べ物だったと思うぞ」

「ふわっふわ……」


 じーっと、穴が開く様にひたすら凝視するステラに、リヴェルは思わず笑ってしまった。

 そういえば、彼女とはカフェでオレンジパイを食べたことがあったなと振り返る。あの時は「あーん」事件で酷く振り回された。少しだけ遠い目になる。

 だが。


 ――恥ずかしくはあったけど、ステラに食べさせてもらって美味しかったよな。


 思い出して苦笑する。

 しかも食べさせてもらった後、彼女は微かに、本当に微かにだが笑っていて目が離せなくなった。

 今思えば、見惚れていたのだと分かる。本当に前から自分は恋をしていたのだと気付くと、少しこそばゆい。

 後は、夢中になって食べている彼女の唇にパイの欠片かけらがついていたこともあった。それを取るのに苦戦していた彼女を見て、手を伸ばしたことも――。


「って、――っ!」


 余計なことまで思い出して、リヴェルはぶんぶんと頭を振る。

 そんな自分にステラが不思議そうに首を傾げているのが、また可愛すぎた。ぼっと炎が出る様に頬が熱くなり、更に頭を振って思考を散らす。――振り過ぎて世界がくらくらしたが、根性で乗り越えた。


 ――平常心、平常心、平常心。俺は平常。平常心っ。


 同じ単語をひたすら唱え、リヴェルは厄介な煩悩を振り払う。今は大切な目的があるのだ。流されるわけにはいかない。

 くたびれながらも何とか平静を取り戻して隣を見れば、彼女の瞳は再び屋台に向けられていた。

 そういえば自分も、今日はほとんど食べていないのだと思い出す。腹ごしらえはしておいた方が良いかもしれない。


「……ステラ。たこ焼き、食べたいか?」


 問いかければ、ステラがきらきらした目で見上げてきた。綺麗な夜空の瞳に、星が見える。よほど興味が湧いたんだな、と微笑ましくなった。

 なら、とリヴェルが足を踏み出そうとしたその時。



「おとうさーん! あれ、食べたい!」

「―――――」



 子供の、無邪気な声が聞こえてきた。

 思わず振り向けば、小さな子供が別の屋台の前で父親に食べ物をねだっているところだった。

 屋台の鉄板の上に乗っているのは、細長くした肉を串に刺したフランクフルトという食べ物だ。隣国の名物の一つで、この国でも日常的に食べられる様になってからは、祭りの屋台では定番だと前にエルスターが言っていた。


「こら。さっきクレープを食べたばっかりでしょう。お腹壊すわよ」

「ははは、いいじゃないか、母さん。せっかくの祭りだ、一緒に食べよう」

「わーい、やったー!」

「もう、お父さん」

「大丈夫、一本だからな。三人で食べたらすぐだろう?」

「はいはい。仕方ないわね」


 母親のたしなめを父親がなだめ、財布を取り出しながら屋台に近付く。ぴょんっと父の腕にぶら下がる子供に、「こらこら」と父親が頭を撫でながら笑っていた。

 とても仲の良い家族だ。

 屋台のおじさんもにこにこと見守っていて、微笑ましい。こちらの頬が緩むくらいに温かくて、一本を分け合う親子の姿もまた格別だ。

 ああ、本当に。


〝父さん。……やきそば、食べたい〟

〝おおおおお、リヴェル……! 分かったぞ! 二皿でも五皿でも十皿でも山盛り買ってやるからな! どんどん甘えてくれ!〟

〝え。そんなに食べられない〟

〝がーん!〟

〝あらあら。正論ね。リヴェル、お利口りこうさんね〟

〝か、母さんよ……ひどい〟


 昔の自分達を見ている様だ。

 あの日が、三人が揃う最後の日だと、誰が想像しただろうか。


「リヴェル?」

「……っ、あ、ああ。ごめん」


 ぐいっと目の端を拭って、リヴェルは彼らに背を向ける。今は、たこ焼きを買うのが先決だ。

 そう思ってたこ焼きの屋台に行こうとしたのだが、何故かステラがぐっと踏み止まった。歩こうとする自分を引っ張る様に、ぐぐぐっと繋いだ手を引き寄せてくる。


「す、ステラ?」

「リヴェル。あれ、食べたい」

「え、あれ、って」


 彼女が指し示した場所は、今し方眺めていたフランクフルトの屋台だった。

 近くでは、先程の親子が楽しそうに笑い合っている。懐かしさと痛みが同時に去来して、くっと唇を噛み締めそうになった。


「……、えーと、ステラ? たこ焼きは」

「あれ、食べたい」


 びしっと指を差したまま、ステラは主張を続ける。

 よほど気に入ったのだろうか。首を傾げながらも、食べたいものを食べるのが一番だと頷くことにした。


「……、そっか。じゃあ、食べるか!」

「うん。一本にしよう」

「ああ、分かった。……すみません! 一本ください!」

「あいよー!」


 何となく『一本』を強調された気がした。

 少し引っかかったが、彼女が食べたがっているのだから一本だけで良いかと、特に疑問もなく買い求める。後で自分がたこ焼きを買えば、食べたいものを共有も出来るだろう。


「ほらよ! 熱いから気を付けてな」

「ありがとうございます」


 そうして、出来立ての一本を店主が威勢良く渡してくれる。

 ほら、と差し出せば、彼女はじっと見つめるばかりで受け取ってはくれなかった。


「ん? どうした?」

「……」


 ステラは尚も受け取らず、じっと静かにフランクフルトを熱く見つめる。

 何だろう、と彼女の行動を不思議な気持ちで観察していると。



「いただきます」

「ん? ああ、どう、ぞ――」



 彼女の顔がフランクフルトに近付き、そのまま豪快にかじりついた。

 ぱりっと、小気味良い音が響く。もくもくと、彼女が咀嚼そしゃくする姿がまるでハムスターの様で可愛いと、不覚にもときめいてしまった。

 だが、問題はそこではない。


「え、あ、う、ステラ?」

「うん、美味しい。リヴェルも食べて」

「え? あ、ああ。うん」


 彼女が齧った箇所を見つめながら、リヴェルはこくっと喉を鳴らす。

 これは、かつてパイを「あーん」し合ったのとは訳が違う。同じ食べ物を、しかも口を付けた物を食べ合うなど、普通は恥ずかしくて無理だろう。

 だが。


 自分達は今、恋人同士だ。


 ならば、同じものを分け合って食べても――。


「――って、あ」



 恋人同士。



 そこまで考えて、リヴェルは先程のステラへの告白を思い返す。

 自分は、ステラに何と言っただろうか。

 傍にいて欲しい、共に生きていきたい。

 そういった類の言葉は繰り返し伝えたし、彼女も応えてくれたが、自分は果たして「好き」という単語をきちんと口にしただろうか。

 プロポーズ紛いのことはしたが、きちんと恋人になって欲しいと言葉にしただろうか。

 一つ一つ己の言葉を、状況を辿って行き。



 またも盛大に突っ伏した。



「馬鹿! 俺! ……馬鹿っ!」

「リヴェル? どうしたの。頭、痛い?」

「違う。いや、頭は痛い。俺の馬鹿さ加減に頭が痛すぎて死にそうだ」

「大変。治す」

「違う。違うんだ。今のは物の例えで、つまり、……ああ、俺、本当、馬鹿……っ」


 淡泊ではあるが、どこか慌てた様に一緒にしゃがみ込んでくるステラに涙を流したい気分だった。彼女は優しい女性だ。自分にはもったいないくらい出来た人物である。

 それに引き替え、自分は。泣きたい。

 一緒に生きたいと言っておきながら、肝心の「好き」を伝えていないとは何とも間の抜けたことである。かと言って、今更そういう「好き」なのだと伝えて、「はあ」と返されたらショックで寝込む。

 完全にタイミングを逃した。自分の愚かさに頭を抱える。


「……いつか、リベンジしないとな」

「リベンジ?」

「ああ。……、まあ、今日のところはこれでいいか」


 ふらふらと立ち上がって、再びステラの手を取る。

 彼女はしばらく疑問符を浮かべていたが、自分が立ち直ったのでそれで納得したらしい。きゅっと、ささやかに握り返してくれるその反応が可愛くて、心臓が跳ねた。跳ねすぎて持たなくなりそうだ。


 誤魔化す様に、手元のフランクフルトを口にする。


 ぱきっと、またも良い音がして、たっぷりの肉汁が舌に広がった。

 屋台なのに結構良い素材を使っているらしく、しつこい油っぽさが全くない。噛み締めるごとに肉の旨味が広がっていって、思わず舌鼓したづづみを打ってしまった。


「……美味い! 何本でもいけそうだな」

「うん。もう一本買おう」

「はは。ステラ、意外と食いしん坊だな」

「駄目?」

「いいや。よく食べる人、好きだぞ」

「……」


 何故かステラが一瞬黙った。

 おまけに、耳も少し赤い気がする。疑問に思ったが、指摘する前に彼女がまた勢い良くフランクフルトに齧り付いた。

 もくもくと食べる姿がやはり可愛らしい。その上、自分の手を握って、残りを無言で押し出してくる仕草が心を射抜いた。素直に食べるしかないのは当然のことだろう。

 そうして結局もう一本を買って、二人で分け合った。最初は戸惑いと羞恥があった食べ合いっこは、現金なことに慣れてしまえば平然とこなしてしまえた。

 だが、それでも一つだけ問題がある。



 彼女が齧る仕草は豪快なのに、どこか艶があった。



 齧るたびに、目が離せなくなる。

 噛み締めるために動く唇も艶めかしい。もし、今その唇に触れたらどんな顔をするだろうか。どんな感触が伝わってくるだろうか。

 想像して――自己嫌悪に陥った。



 ――本当、俺って、馬鹿。



 何だか、ここにきて男としての欲が暴走している気がする。

 子供かと戒めながら、彼女の手を引いてひたすら移動した。無心、無心とそればかりを唱えて昂ぶる気持ちを落ち着ける。

 そうして、食べ終わって何とか平常心を取り戻した時。



「ねーねー、おとうさん! あれ、やりたい!」

「――」



 またも行く手に、あの家族がいた。

 自然と、目が溌剌はつらつな声を追いかける。


「おー、いいぞー!」

「あらあら、射撃なんて懐かしいわねー」


 今度は射撃らしい。子供が父と一生懸命景品を狙って撃っていた。

 そういえば、両親と金魚すくいに行く前に射撃をやったっけっと、幼き頃を呼び起こす。

 今まで、お祭りに来ていなかったからだろうか。あの日の幸せが、今になって鮮明に蘇ってくる。


「リヴェル?」

「ん? ああ、……あれは射撃でさ。昔、やったなって」


 感傷混じりに呟けば、ステラは一度頷いて。


「じゃあ、やろう」

「は? お、おい、ステラ!」


 唐突にぐいぐいと引っ張っていく彼女に、リヴェルは導かれるまま射撃へと連れて行かれる。

 射撃の屋台では、玩具おもちゃの銃が数本台の上に並んでおり、五回まで挑戦出来る様になっていた。遠くに玩具やマスコットなど、色々な景品が並んでいるが、挑戦者達はこぞって苦戦をしている。

 まあ、当然かな、と彼らの姿勢を観察してリヴェルは冷静に判断した。真正面に立ってしまうと上手く落ちないのが、この射撃の罠である。


「おにいさん、やりたい」

「お、美人なお姉ちゃんだな。いいよ、彼氏もやるかい?」

「ああ。二人分でよろしくな」

「あいよ! さあ、狙っていきな!」


 やれるものならやってみろ。


 挑発的な声なき声が聞こえてくる。ステラにも聞こえたらしく、少しムキになった様に頬が一瞬膨らんだ。愛くるしい。


「じゃあ、行く」

「ああ。俺も行くかな。――さて」


 コルクを銃口に詰め、狙いを定める。

 景品の中には、小さな猫のキーホルダーが並べられていた。猫好きとしては、狙わない理由が無い。

 斜めに立ち、銃を向ける。そのまま目を細め――。


 ぽんっと、可愛らしい音がした。そのまま猫に当たり、くるんと回りながら向こう側に落ちる。


「よしっ!」

「おお!」


 見守っていた観客が、思わずといった風に歓声を上げる。

 一発目で的中したのがよほど珍しかったのだろう。屋台の店員も、悔しそうに歯噛みしていた。


「何だい、兄ちゃん! 上手いじゃねえか」

「ああ。あと四発、頂くぞ」

「そうはいくかって、……お姉ちゃんは、駄目そうだな」

「え? ……あ」


 ぽんっという音と共に、コルクがあらぬ方向へすっ飛んで行く。

 淋しく景品の横をすり抜けて幕に当たり、落ちていくのをステラは恨めしげに見届けた。


「……当たらない」

「ステラ、それ、二発目か?」

「ううん。四発」


 もうそんなに発射していたのか。

 魔法だと百発百中のイメージなのだが、銃だと勝手が違うのだろうか。

 意外な彼女の弱点に、リヴェルはよしよしと頭を撫でた。むむっと、彼女が唸る様に見上げてくるのが堪らない。


「ほら、むくれるなよ」

「だって、当たらない」

「コツがあるんだよ。ステラは、どれを狙いたい?」

「……あの、金魚」


 目線だけで促した先には、ちょんっと可愛らしく鎮座する一匹の金魚のキーホルダーがあった。かなりデフォルメされており、目も口元も真ん丸で和む。

 しかし、彼女が金魚を欲しがるとは。猫の餌にと、最初に持ってきた時とは考えられないくらいに愛着が湧いた様だ。胸がいっぱいになる。


「よーし。じゃあ、あれを狙うか!」

「うん。どうすればいい?」

「ステラ、構え方がちょっと違うんだ。まず、こっちに立って、……そう。それで」


 金魚の真正面から少しずれた所に立たせ、後ろから彼女の姿勢を正す。覆い被さる様になってしまったが、教えるのだから仕方がない、と自分に言い聞かせた。

 対する彼女は無言。ひたすらに真っ直ぐ金魚を見据えているらしく、顔の向きが微動だにしない。よほど真剣に熱中しているらしい。


わきを締めて、……そう。じゃあ、金魚の腹の……右上あたりを狙ってみるか」

「み、右上?」


 ステラがどもるのに違和感を覚えたが、取り敢えず指導を進めていく。きゅっと、脇を締めるために彼女の腕を固定した。

 その際彼女は一瞬ぴくりと震えたが、特に何も言わずに狙いを定めている。リヴェルから見ても準備は整った。とん、と肩を叩いて促す。


「そう。……よし、打ってみてくれ」


 そして、自分の合図と共に、ステラが引き金を引いた。

 ぽん、と可愛い音と共に、コルクが強く金魚に当たった。狙いは読み通りで、くるくると回転しながら、金魚が向こう側に落ちていく。上がる歓声の中で、またも店員が無念そうに唸りを上げたのがおかしかった。


「……やった。やった、リヴェル。金魚」

「ああ! やったな! おめでとう、ステラ!」


 手を取り合って、互いに成功を喜び合う。リヴェルは、ぴょんっと一回兎の様に跳ねてしまい、我に返って頭をいた。かなり恥ずかしい。


「おいおい、兄ちゃん。ちょっと今のは反則じゃねえかい?」

「ああ、悪い悪い。じゃ、後は正々堂々、俺が全部もらうから。それで勘弁してくれよ?」

「ははっ! 兄ちゃん、言うねえ。いくら腕がいいからって、全弾命中なんて――」


 言うが早いが、リヴェルは構えて発射する。

 ぽん、ぽん、とリズミカルに発射されては、次々と落ちていく景品を見届け、店員があんぐりと口を開けた。観客はというと、歓声というよりは、感嘆の溜息がそこかしこから漏れて魅入っている。

 最後はコルクを逆さにして詰めた。空気が抜けやすくなってきたのを避けるためだ。勢いもつく。


「ステラ。どれがいい?」

「ん。じゃあ、あのお菓子」

「了解」


 大きめの箱は、一口大のパイの形のチョコが入ったお菓子だ。二人で食べるには丁度良い大きさで、リヴェルとしても異存はない。

 構え、箱の右上を狙って発射する。見事にヒットし、くるりとダンスを踊る様に箱が回って、落ちていった。店員が頭を抱えて崩れ落ちたのは、ご愛嬌である。


「あんた、すごいな! あの憎ったらしい店員が真っ青だぜ!」

「おめでとう! 彼女にいいとこも見せられて、最高だろう」

「あ、ああ。ありがとな。じゃあ、お兄さん。景品をもらえるか?」

「く、うううう、次は、もっと重い景品を……持ってけ泥棒!」


 最後は断末魔の様な叫びと共に、店員が叩き付ける様に突進してきて――そっと両手で景品の数々を渡してきた。流石に景品を叩き付けるという暴挙は犯さないらしい。店員の鏡だ。


「ありがとな。次の時も楽しみにしてるぞ」

「ああ、ちくしょう! 次は全弾命中なんてさせねえぞ!」

「はは。行こう、ステラ。はい、金魚」

「うん。ありが、……あ」


 金魚を彼女に渡そうとして鎖の部分を持ち上げると、一緒に猫も持ち上がってきた。

 鎖の部分が絡まってしまったらしい。抱き合う様な姿は、二匹が仲睦まじくじゃれ合っている様で、見ていて顔が緩んでしまった。


「はは、何か楽しそうだな」

「うん。……」


 ステラは二匹の絡みをじっと観察した後。

 すっと、おもむろに猫の鎖をまんだ。あれ、といぶかしんでいると、しゃりっと猫の鎖を器用に外す。


「お、ありがとな。ほら、ステラ」

「リヴェル。この猫、もらっていい?」

「へ?」


 金魚を差し出すと、ステラはそれを断って猫の方を手で包み込んだ。その意図がよく掴めなくて、リヴェルは困惑しながらも頷く。


「別にいいけど、金魚が欲しかったんじゃないのか?」

「うん、欲しかった」

「じゃあ、どうして」

「……、猫が、欲しくなった」


 少しだけ俯いて、彼女が大事そうに猫を軽く握り締める。

 心変わりしたということだろうか。別に拒否する理由はないが、益々不可解である。


「えーと」

「今、猫と金魚、抱き合ってた」

「ああ。そうだな」

「それを見たら、何だか、猫が欲しくなった。……リヴェルが、取ったものだし」

「え、……、―――――」


 たどたどしく説明してくる彼女の内容を噛み砕き、リヴェルは急に、頬に熱が集中攻撃されるのを感じ取った。

 猫と金魚が抱き合っていた。

 自分が取った猫と、彼女が取った金魚。その二匹が抱き合っていたから、――そういうことだろうか。



 何だか、物凄い告白をされた気がする。



 もし、自分の想像が正しいのならばとんでもなく舞い上がってしまうが、同時に途轍とてつもなく気恥ずかしい。飛び上がって、うずくまってを交互に繰り返してしまいそうになるのを、全身全霊で押し止めた。


「す、ステラが、猫でいいのなら」

「うん」

「じゃあ、俺が、金魚をもらっても、いいか?」

「……、うん」


 一瞬、間があった。

 彼女は俯いたまま顔を上げない。見える範囲では特に表情に変わりはないが、何となく自分と同じ心地なのかもしれないという予感がする。

 彼女は、いつだって自分を真っ直ぐに見つめてくるから。彼女が視線を合わせなかった時は、前に自分の前から姿を消した時の様に、顔を上げられない理由がある時だけだと予測する。


 ――何だか、だんだん恥ずかしくなってきた。


 元々気恥ずかしかったが、更に上回る羞恥しゅうちが立ち上ってくる。

 これは、己の想いを自覚したからだろうか。彼女の一挙手一投足や言葉の端々に振り回されて、心があちこちに引っ張り回される。

 しかも。



 ――猫を見つめる瞳が愛しすぎとか、反則だろ。



 手の平の中にある猫を、つん、と人差し指でつつく姿が最高に可愛い。もう、手の平の猫よりも彼女の方が愛くるしくて、理性がぱんぱんに腫れて弾けそうだ。

 彼女は、こんなに可愛かっただろうか。それとも、自分が鈍すぎて気付かなかっただけだろうか。



 いつか、彼女の可愛さにも慣れて、余裕が生まれる日も来るだろうか。



 一刻も早く来て欲しいと、リヴェルは切々と願った。一事が万事これでは、心臓が持たなくて、いくつ代わりがあっても足りはしない。


「あ、あのな、ステラ! そろそろ、目的地に行くか!」

「うん。……そういえば、リヴェルが行きたいところって、どこ?」

「ああ。あそこの――」

「おとうさーん! 金魚! 金魚がいるよー!」

「―――――」


 またも、先程の家族が先回りしている。予感はしていたので、今度は特に驚かない。

 ぐいぐいと、父のすそを引っ張って誘う子供に、母が楽しそうについていく。

 彼らは、いつかの自分達と同じ道筋を辿っているのだろうか。願わくば、彼らは末永く共に暮らして欲しい。


「……金魚?」


 ステラが不思議そうに、だがどことなく神妙な声で尋ねてくる。

 その単語に一瞬心がすくんだが、強く足を踏み締めて前を向いた。



「……、ああ。――ここが、俺の目的地だ」



〝よーし、見てろよ、リヴェル!〟



 遠くで泳ぐ可愛らしい群れの近くに、リヴェルはかつての自分達を見つけた。


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