第51話
「……、え、エルスター?」
思わず素っ頓狂な声を上げて、リヴェルは固まる。
魔の
なのに。
「……、どうか、したのか?」
明るく光を差し込むはずの絹糸の様な金髪は、何故かくすんで見えた。むしろ、闇に侵される様に陰ってきていて、ざわりと、胸の中を直接手で掻き回された様に粟立つ。
「……、エルスター、どうしたんだ。何かあったのか?」
「リヴェル。……僕はね、魔法使いが大嫌いなのだよ」
突然の告白に、しかしリヴェルは戸惑いながらも踏み止まる。
話し出したのは、前にも聞いた内容だ。
それなのに、何故今この時に、もう一度繰り返すのか。異様な事態と親友の異変のために、必死に読み取ろうと耳をそばだてる。
「母を傷付けた魔法使い。その血を引く僕。魔法使いが扱う魔法。僕の中にある魔力。全てが嫌いなのだよ。憎らしくて、滅してやりたいくらいに」
「……、ああ」
「だが、それでも、……どうしようもないほどに欲する時があってね」
一旦言葉を切って、深くエルスターは息を吐き出す。その息がどこまでも、どこまでも地に落ち、その更に下へとすり抜け、底の無い闇へと吸い込まれていく様だ。
彼は、一緒に視線を下に落としていたが、ぐっと唇を噛み締めて顔を上げた。その真っ直ぐに貫かんとする視線は鬼気迫っており、リヴェルの心臓を一刺しで射殺してしまいそうなほどの激しさだ。
「こんな僕でも、誰かと生涯を共に出来る未来が欲しい」
「――っ」
「愛する者と結ばれ、寿命を手に入れ、共に未来へと歩むこと。それを、諦めながらも切望する自分がいたのだよ」
寿命。
魔法使いは、愛し合った時に不老ではなくなり、人並みの命を手に入れると言っていた。
それは、ハーフであるエルスターにも適用されるのか。新しい事実に、リヴェルの心が激しく足元から揺さぶられる。
「……、寿命。君もなのか」
「ああ、そうだとも。僕の腐った父親は、母と愛し合ったのではなく、欲望に任せて襲ったのだからね。そのまま生まれた子供は、ハーフというだけではなく、純粋な魔法使いの特性そのものを受け継いでしまうのさ。つまり、寿命の長さもね」
「……っ」
彼の淡々とした声音は、しかし奥の方で微かに震えている様に胸を打った。
何故、彼なのだろうか。
母親も、彼も、何も悪くはない。全ての元凶は、襲った犯人であるはずなのに。
母親は、彼を見るたびに苦しみながらも愛し、彼もそれに応えた。
襲われた恐怖や屈辱、憎悪や悲憤に
それは、リヴェルには想像も及ばないが、エルスターの端々の苦々しさや、吐き捨てる様な言い方から窺うことは可能だ。
乗り越えてきたはずの彼らなのに、まだそれ以上の苦しみに侵されるのか。
ただ、普通に生きたい。
他の人と同じように、生きていきたい。
たったそれだけのささやかな願いが、理不尽な犯罪で踏みにじられるなんて。
「……、エルスター」
「そして僕は、ようやく好きな人が出来たのだよ」
マリアのことか。
疲れ果てた様に溜息を漏らす彼に、リヴェルは心の中だけで問いかける。
エルスターは、プレイボーイで様々な女性と付き合いを持っていたが、マリアに対する態度だけは、他の女性とは異なっていた。
大抵の女性には紳士で自信たっぷりで、余裕さえ感じられるエスコートっぷりを発揮するのに、マリアが相手だと途端にまごつく。
きっと、マリアの方も同じだろう。他の男性は適当にあしらっていたが、エルスターが相手だと時折はにかむ様に可愛らしく笑っていた。
それに気付いたのは最近だが、恐らく間違ってはいない。
良かったと、純粋に祝福する。
こんな時でなければ手放しで祝えたのに、何故だろう。非常事態での暴露に、並々ならぬ覚悟と懺悔が見え隠れしていた。
「リヴェル。僕はね、お前さんは最初、その内クラリスとくっつくと思っていたのだよ」
エルスターの暴露は意外でもあり、しかし意外でも無かった。
それは恐らく、リヴェルも薄々感付いていたからだろう。故に、自分が思う以上に冷静に応じることが出来た。
「……どうしてだ」
「彼女はお前さんが好きだった。対するお前さんは、他人に興味が無い様だったけれど、彼女が時間をかけて落とすだろうとね。マリアと一緒に語った時もあるのだよ」
「……、そうか」
「だが、読みは外れてしまったね。事態は、全く思わぬ方向へいってしまった」
ふっと、微笑う様に
「ステラだな」
「その通りなのだよ。ふふ、まさか、お前さんが彼女を選ぶとはね」
「……」
「……まあ、最初に己の可愛さ故に仕掛けたのは、僕なのだけどね」
自嘲気味に呟かれ、リヴェルは眉を寄せる。
それは、ステラとのことだろうか。仕掛けたとは、と考えて――彼女のことを知ったキッカケを懸命に辿っていく。
彼女の話題は、確かエルスター達と話をしている時に出たはずだ。マリアが面白そうに質問に答えた人達の末路を語り、クラリスに白い目で見られ。
けれど、そもそも、その話が出たキッカケは。
〝リヴェルよ、黒き魔女を知らないのかね?〟
――そういえば。
辿り着いて、リヴェルは目を見開く。
最初に、彼女の話題を持ち出したのは他ならぬエルスターだった。
彼は、ステラを敵視する様な態度を取っていたからすっかり忘れていた。その後も、リヴェルが彼女と仲良く話しているとあまり良い顔をしなかったから、忘却に拍車をかけていたのだろう。
何故、と目を丸くしていると、エルスターはそれには答えずに苦笑しながら目を伏せる。
「彼女も、人に近付くことを恐れていたのに。お前さんのことは、気になって仕方が無かった様だ」
「……、……そっか」
「運命の相手とは、まあ、そういうものなのかもしれないね。出会った時から、もう既に決まっていたのだろうよ。僕が、マリアに運命的なものを否定しながら、感じてしまった様に」
瞬間。
ぎりっと、彼の歯の奥が苦しげに鳴り響いた。様な気がした。
実際に聞こえてきたわけではない。
だが、それでも彼が刹那的に唇の奥を噛み締めた様に見えた。だから、きっと間違いではないはずだ。
その時。
〝うん。今朝、だるそうにしていたからね。念のために熱を測ったんだけど、結構高くって〟
「……っ」
突然、今朝のクラリスの声が頭に鳴り響く。
何故、と思う間もなく。
〝心配ないのだよ。……リヴェル、また夕方に〟
男子禁制の女性の寄宿舎に、エルスターが消えていった背中が脳裏に閃いた。
――まさか。
「……っ、エルスターっ」
唐突に、リヴェルの中である可能性が持ち上がった。
彼が、ここに来た理由。魔法を使って、周囲を遮断する様に真っ暗な幕を下ろした意味。
焦燥と嫌な予感が、ぐにゃりと混ざり合って体の中を掻き乱す。じりっと、前にも後にも動けないまま、右足を
「エルスター。なあ、君。まさか」
「リヴェル。僕は、命を手に入れるためなら、彼女のためなら、何だってするのだよ」
軽く右手を掲げ、エルスターが一歩前に踏み出す。
リヴェルは反射的に一歩後ろに下がった。その反応に、彼が、くっと
「ほら、リヴェル。お前さんは、やっぱり僕が恐い」
「……、こんな非常事態なんだ。恐くない奴なんて、いるのか?」
「そうだね。お前さんは本当にどこまでも正直だ。……嫌になるくらいにね」
ごうっと、彼の右手で炎が燃え盛る。
尾を引きながら流れ、舞う姿は、まるで炎の龍の様に神々しい。一瞬リヴェルは目を奪われた。
それが、命取りとなった。
「さよなら、リヴェル。お前さんは僕にとって、たった一人の――大切な親友だったのだよ」
だから、忘れないでいてあげよう。
「――っ! エルスターっ!」
リヴェルが胸元に手を添えた直後。
どおんっと、リヴェルの体を炎の渦が直撃する。
激しく揺さぶられ、体中で大地震が起こる様な衝撃に耐えきれず、リヴェルは急速に意識が閉塞していくのを止めることは出来なかった。
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