第23話


 昼と夜とで、中庭の様相は随分ずいぶんと様変わりする。

 昼間は、光の恩恵を一身に受け、のびのびと天に向かって鮮やかに花開く楽園の様な顔を見せるのに、夜は一転してひどく妖艶に花々は咲き乱れていた。

 うっすらと彩る月明かりに身を浴びせ、昼間よりも大人びた、艶やかな色をきらめかせる。しっとりした空気が夜の静寂に合わさって、どこか誘う様な色香を漂わせていた。


「昼の顔と、夜の顔、か」


 口にして、人の裏表の様だとリヴェルは苦笑する。

 昼には快活で人当たりの良い性格の人間が、夜になると豹変し、暴力的で粗野な支配者になるというのも聞いた話だ。家の内外では、違う顔をするという者もいる。


 祖母が、そうだ。


 家では自分を叩きのめす様に叱りながら、外では自慢の孫と吹聴する。

 今ではすっかり慣れた光景だが、最初の頃はなかなか演技出来なかったものだ。


「……あー、やめやめ」


 せっかく散歩に来たのに、暗い気持ちになっては元も子も無い。

 夜には夜の庭の美しさがあるのだ。しばらくベンチに座って、眺めるのも良いだろう。


「そういえば、初めてステラと言葉を交わしたのも、ここだったな」


 言葉を交わしたというよりは、一方的に質問を投げ付けられたのだったか。



〝死ぬのは、恐い?〟



 あの時の答えを、未だに自分は覚えていない。



 聞けば、教えてくれるだろうか。

 自分は、あの時どんな無様な回答をしたのか、と。


「……なんて、言い訳だな」


 覚えてはいないが、いつだって聞くことは可能だった。

 それでも聞かなかったのは、――恐かったからだ。

 何となくその先を、己の闇に通じているはずの言葉を耳にしたくなかった。自覚したくなかったのだ。

 本当は、おぼろげにだが分かっている。

 それでも聞けないのは、己が弱いからだ。

 小心者で、卑怯者で、情けない小物だ。


「……、俺」

「リヴェル?」


 思考の闇に沈みそうになっていたら、掬い上げる声がした。

 もう既に聞き慣れた声に、驚きと喜びで笑みがじわじわと滲み出る。


「え、……ステラ?」


 気配も感じられなかったが、それはいつものことだ。

 だんだん慣れてきた自分に苦笑しながら、リヴェルはステラを振り返る。奇遇だな、と声をかけるつもりだった。

 だが。


「リヴェル、すぐに部屋に戻って」

「え?」

「早く」

「――っ」


 切羽詰まった声に、リヴェルは迷うことなく走り出した。

 彼女には何度も救われている。疑うことなどありえなかった。

 しかし。



「――みーつけたっ」

「―――――っ!?」



 にゅっと、唐突に目の前に人が現れた。

 同時に、がばっと抱き付かれる様に拘束され、リヴェルは足をもつれさせて転んでしまう。


「っ、てっ! 何……!」

「リヴェルっ!?」


 遠くで、ステラの焦った声が聞こえてきた。

 視界の端では、彼女も五人くらいの人影に囲まれている。こちらに助けに来ることは難しそうで、リヴェルは何とか離れようと両手で相手の顔を押しのけながらもがいた。


「くそ、離せ……っ!」

「お前、ステラ、の匂い、がする」

「……、え?」

「ステラ、ああ、にく、い、……ステラアアアああああっ!!」

「――っ!」


 だん、と頭を強く地面に打ち付けられた。激痛と吐き気が一緒に襲ってきたが、吐きそうになりながらもがむしゃらに抵抗する。

 なのに、掴まれた腕がびくともしない。信じられないほどの馬力でリヴェルを押さえ付け、遂には馬乗りになってきた。

 本格的にまずい、と思う間もなく、右肩に思い切り腕を振り下ろされ。



 ぐしゃっと、間近で潰れた様な音が響いた。



「―――――っ、あああああっ!」

「リヴェルっ!」



 鋭い灼熱が全身を駆け巡る。あまりの痛みに気が飛びそうになったが、視界に映った襲撃者の手を目の当たりにし、咄嗟に頭を力の限り横に避けた。

 遅れて、どしゃっと、地面がえぐれる音が弾ける。今まで自分のところにあった箇所だと気付いて、ぞっと背筋が冷えた。


「っ……、や、め……っ!」

「はあ、ははは。あー、お坊ちゃま。あいじん、あい、じん、遊びま、しょ。なあ、……ステラあああああああっ」

「っ、は、……え?」


 どこかで聞き覚えのある声と単語に、リヴェルは襲撃者の顔をようやく見上げる。

 月明りが逆光になってしまって見えにくかったが、何とか視認して――目を見開いた。

 その顔はあまり記憶に残したくはなかったのだが、忘れられるものでもない。

 それは、数日前。


〝無視は酷いんじゃないか、無視は。一応、キゾクサマ同士だろ?〟


 猫の餌を買いに行く時に、学院の廊下で絡んできた輩の一人だった。


「え、……なん、でっ」

「あああ、ステラ、しね。しねしねしねしね、死ねええええっ!」

「っ、――っ!」


 疑問が飛び出た瞬間、今度は右腕に拳を振り下ろされる。

 何度も何度も振り下ろされ、その度に骨が砕ける嫌な音が上がって、絶叫が迸った。



「あ、ぐあっ! ……あああああああああああっ!!」



 痛い、痛い痛いいたいいたいいたいイタイっいやダイたい痛イイタいイタイッ。



 頭の中が、真っ赤な単語で埋め尽くされる。

 嫌だ。痛い。嫌だ。やめろ。いたい、いたい、いやだ、――殺されるっ。



 殺、される。



「……っ、は、あっ」


 最後の単語が過ぎった瞬間。



 ――死ねない、と。初めて、強く、思った。



 後はもう何も考えられないまま、残る左腕で暴れまくる。


「うっ、あ……っ! はな、せ。……離せっ!」

「あー、苦しい? ステラ? くるしいクルシイくるシイだろ? あー、その顔がミタかった」


 訳が分からない。

 自分はステラではないし、例え本人であっても、何故彼女を襲撃するのか。以前の青年の件を、もう少し掘り下げて聞いておけば良かったと後悔する。

 だが、今自分に出来ることは逃げることだけだ。


 ――痛みに悶え、恐怖で我を失うことではない。


 生きなければ。

 生き延びなければ。

 そうしなければ。

 エルスター達とも。


 彼女とも、もう。


「……っ! このっ、……!」


 じゃりっと、近くの土をありったけ掴み、乱暴に相手の顔に投げつけた。特に目元に中心に当たる様に、集中することを忘れない。


「っ、が、いっ!」

「どけ!」


 怯んで顔を覆う相手を、自由になった足で力の限り蹴り上げた。少しだけ吹っ飛ばされて倒れる相手には目もくれず、ステラがいるだろう方向へ駆け出す。

 ステラは、囲んでいたらしい最後の一人を叩き伏せるところだった。既に足元に倒れている連中には目もくれず、リヴェルの方へと目を向け――。


「リヴェル! 横へ飛んで!」

「――っ!」


 考える間もなく、思い切り地面を蹴り付けた。受け身を取れる状態でもなく、無様に地面に転がり込む。

 その際、砕けた肩や腕が痛んだが、気を取られているわけにはいかない。ぼたぼたと、痛みで流れる汗をそのままに、顔を上げれば。



 ――どっと。リヴェルを襲撃していた人物が、ステラの足元で倒れ伏した。



 痙攣けいれんして動かなくなった彼を、ステラは無感動に見下ろしていた。がっと、頭を踏み、険しい視線を注いでいる。

 その姿は、見たことがある。



 いつかの夜。無残な塊が、びくびくと彼女の足元で跳ね、息絶えた。



 その日の光景は忘れない。

 あの時は、殺す瞬間を見ていなかったが、今回は違う。

 今、自分は、確かに目の前の光景を認識している。

 彼女が、殺す。



 ――憎たらしいが、あの人間が、死ぬ。



「……っ、ステラ……っ!」



 思わず叫べば、ステラはすぐにこちらへ振り向いた。

 そのまま、足元の輩には目もくれず、真っ直ぐに自分の元へと歩み寄ってくる。

 一瞬、彼女が息を呑んだ音がした。彼女にしては珍しいと笑ってみたが、力が入ったかは判断が付かない。


「ステラ、……彼、は」

「……、死んでない。大丈夫」


 その言葉を聞いて、どっと全身から力が抜けた。どくどくと、緩んだ拍子に心臓が息苦しいくらいに大きく脈打つ。

 彼は、死んでいないのか。ならば、他の者達も同じだろう。嫌っているとはいえ、やはり顔を知っている人物が殺されるのは夢見が悪い。


「そっか。……良かった」


 安堵した様にささやく自分に、しかし彼女は返事をしない。

 どうしたのだろう、と見上げれば、彼女はじっと自分を見下ろしてきていた。穴が開くほど凝視され、何となく縮こまってしまう。

 それから彼女は、ややあってからしゃがみ込み、出来るだけ静かに抱き起こしてくれた。血に塗れた箇所に視線を落とし、ほんの微かに――見過ごしてしまいそうなほど微かに、眉根を寄せた。


「……リヴェル」


 声が、硬い。強張った様な表情に、黒い瞳はどことなく揺れていた。

 もしかして、心配してくれているのだろうか。思って、無意識に笑みが零れ落ちる。

 前に怪我した時は乱暴に処置をしたのに、今ではなるべく痛くない様に支えてくれている。

 あの時は、無表情で怒った様に説教をするだけだったのに、今は苦しそうに見つめてくる。



 ――ああ、彼女はずいぶん変わったな。



 不意に浮かんだ感懐に、抱き寄せてくれた彼女の胸に頭を預けたくなる。

 だが、そんなことをすれば変態だ。故に、無事な方の左腕を、拳を握って元気だと主張した。


「大丈夫さ。こっちは動くし、命はある」

「……」

「ステラが助けてくれたおかげさ。ありがとな」


 にっこり満面の笑みを浮かべて、彼女を見上げる。

 彼女はそれでも無言だ。僅かだが、自分を支える手が震えていた。


 ――ああ、そんな顔をさせたかったわけではない。


 前例があったのに、中庭に出た自分が悪いのだ。

 彼女は悪くない。そう言いたかったのに、どの声も陳腐に過ぎて喉の中で消えた。

 だから。



「大丈夫だ」

「―――――」



 彼女の肩を支えに顔を近付け。


 こつん、と額同士をくっつけた。直に熱が触れれば安心するだろうと、考えたからだ。


 彼女は驚いた様に目を丸くしていたが、気にしない。そのまま腕を伸ばして、彼女の頭をゆっくり撫でる。

 前に、自分を撫でてくれた様に。熱が伝われば良いと、指先を艶やかな黒い髪に通す。

 あやす様に、なだめる様に。リヴェルが頭を撫でていると、徐々に彼女の気持ちも落ち着いてきた様だ。

 ん、と小さな囁きが聞こえ。



 ――今度は彼女から、こつん、と額を合わせてきた。



 否。

 こつん、ではなく、ごつん、だった。


「い、……っ」


 思わず呻けば、彼女も少し眉根を寄せていた。額が微かに赤くなっている。


「……痛い」

「……ああ、そうだな」


 痛いな。


 呟けば、彼女は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

 こんなに表情が変わる彼女は、初めて見る。まだ出会って二ヶ月も経ってはいないが、それだけ彼女の内側で変化が起こっている証拠なのかもしれない。

 その一端に、自分が関われていたのならば、これほど嬉しいことは無い。


「……痛いな」

「……、ごめ……」

「生きてるから、だな」

「――」


 彼女の謝罪に被せる様に、リヴェルは紡ぐ。

 その一言に、彼女は驚いた風に目を見開き――次いで、そう、と吐息の様に囁いた。


「生きてる」

「ああ。そうだ」


 しっかりと肯定すれば、彼女も、うん、と力強く頷き。


「……、良かった」

「―――――っ」



 ふんわりと、彼女が微笑った。

 仕草にも度肝を抜かれたが、間近で見つめてしまった微笑みにも撃ち抜かれた。

 彼女が、笑った。

 はっきりと至近距離で目にしたのは初めてで、ぼっと全身が燃え上がる。

 控えめに言って、可愛い。普段無表情な分、ふわりと柔らかく笑った素顔は破壊力があり過ぎた。


 ――駄目だ。可愛い。何だこれは。


 己の怪我を忘れるほどに、彼女の笑顔に持っていかれた。思わず左手で顔を隠すが、指の合間からは確実に熱が漏れている。

 ああ、駄目だ、とリヴェルは根性で現実に思考を戻す。

 そう、忘れてはならない。自分は今怪我を負っていて、その元凶は、前に自分にいちゃもんを付けてきた連中だった。

 そうだ、きちんと状況を把握しなければならない。理性を全力で総動員し、気持ちと熱を落ち着かせる。


「……なあ、ステラ」

「何」


 すっかりいつもの無表情に戻ってしまったのはさみしかったが、他の男性に見せたいとも思わなかったので、リヴェルはまたも全力で呑み込んだ。


「俺を襲った奴って、前に廊下で絡まれた奴なんだけど。……魔法使い、なのか?」

「違う。ただの人間」


 だから、彼女は彼らを殺さなかったのか。

 納得したが、すぐに別の疑問が生まれてきた。


「でも、そしたら、どうして俺を、……ステラを襲ってきたんだ? しかも、人間とは思えない様な力だったぞ」

「……多分、別の魔法使いか、成れの果てが私を狙っている」

「別のって、……ここにいない奴ってことか?」

「そう。遠くで、人間を遠隔操作している。魔法で操って、筋力を限界にまで引き上げて動かせば、あれくらいの力は造作もない」


 淡々と話は進んでいるが、よくよく考えればかなり恐ろしい。

 つまり、ステラ以外の魔法使いが、彼女を狙うために他人を操り、けしかけているということだ。

 しかも、自分は姿を現さず。高みの見物の様に、この状況を眺めて楽しんでいるということだ。


 ――胸糞が悪くなる。


 汚い感想が飛び出したが、それが嘘偽りの無い評価だった。


「……なんて奴だ。卑怯だな」

「でも、有効。私、結構恐れられてるし」

「……。……それは、強いからか?」

「うん。多分、生きてる中ではそれなりに」


 さらっと言ってしまうあたり、嫌味が無い。恐らく、本当に強いのだろう。妙に納得してしまう。

 しかし。


 不意に、視界に地面に転がっている襲撃者が入ってきた。


 自分を襲って殺そうとした張本人だが、だからと言って放置しておくわけにはいかない。彼らは操られていただけなのだ。今回の件に関して罪は無い。

 離れがたい彼女の温もりから抜け出し、彼らの一人へ這い寄った。


「なあ、ステラ。このままにはしておけないだろ。俺、今こんなんじゃ無理だから、君に――」

「……リヴェルっ!」


 首根っこを掴まれ、ぐいっと思い切り引っ張られた。

 何だ、と思う間も無く。



 ぼんっと、目の前の人物が破裂した。



「―――――、え?」



 びちゃっと、生温い液体が盛大に飛び散ってきた。

 真っ向から顔や服に浴びてしまって不快だったが、リヴェルは視線を目の前から外せない。

 何故だろうか。



 先程まで、ステラにのされていた青年は、もうどこにもいなかった。



 ただ、真っ赤な液体や肉片が、むごたらしく散乱しているだけだ。

 そして。



 ぼんっ、ぼんっと、続けざまに遠くで爆発が起きた。



 呆然と音のした方へ振り向けば、遠くに同じ様に真っ赤な血だまりが広がっているのが見えた。


「え、……なん、で」


 もう一度、眼前の残骸を見つめる。

 見つめ直しても、変わらない。べちゃっとした欠片が大量に、無残に散らばっていた。ところどこにある布きれやアクセサリーは、自分を襲った青年が身に着けたものに酷似こくじしている。


「……っ、魔法……っ」


 忌々しげにステラが呟く。

 魔法。

 彼女の声は近いはずなのに、その単語だけやけに遠くに聞こえた。

 一体、何が魔法なのだ。魔法とは、どういうことか。


 混乱しながら、誘われる様にそろっと、指先を濡れた頬にわせる。


 だが、ぬるっとした感触が気持ち悪くて、すぐに震えながら手を離した。

 触れた指先は、目の前と同じ。真っ赤でどす黒い色でべっとり濡れている。

 見下ろしても、同じだ。

 衣服が、真っ赤な斑点はんてんだらけに染まっている。触れれば、同じ様にぐっしょりした色が手の平にまとわりついた。

 真っ赤な色。どす黒い。散らばった肉片。自分のものではない、生温い感触。

 何より。



 目の前で、人間が爆発した。



 端微塵ぱみじんになる瞬間を、余すことなく目撃した。

 だから。

 これは。

 この赤は。

 肉片は。

 あの、青年の。


「……、あ、……ああっ……」


 開いた左の手の平を見下ろして、リヴェルは戦慄わななく。徐々に震えが大きくなっていき、極寒に放り込まれた様に寒気が止まらなくなった。


「あ、……ああ、……ああああっ」

「……リヴェル?」


 目の前の血だまりが、肉片が、吐き気を催すほどの異臭が、元は人間のものだなんて、誰が信じるだろうか。見ただけならば、何かの動物の死骸だろうとか、そんな風に勘違いするかもしれない。

 だが、違う。

 これは、紛れもなく。



〝違う。ただの人間〟



 先程まで、普通に生きていた、人間だった。



「――うああああああああああああああああああああっ!!」



 全身から、ばらばらになるほどの悲鳴がほとばしった。

 静かな夜空を滅茶苦茶に切り刻むほどの絶叫を上げながら、爆破された場所から無茶苦茶に後退る。


「あ、ああああ、ああっ! いや、嫌だ、あ、ああああ!」

「リヴェル、リヴェル!」

「いやだ、死、あ、破裂、死、で、あ、ああああ、……ああああああっ!」


 ステラが懸命に自分を抱き締めてくるが、それすらも恐ろしい手に見えて仕方がない。彼女を突き放す様に左手で拒否するが、彼女はそれ以上の力で暴れる自分を止めてくる。

 それが、堪らなく恐い。

 だって、それは、自分をいつでも支配出来るということだ。

 その気になれば、さっきの魔法みたいに。



 ――爆破して、殺す、ことだって。



「ひ、うっ、あ。やめ、ろっ! 嫌だ……っ!」

「リヴェル、……リヴェル!」



 必死な彼女の声が聞こえる。どこか泣きそうだと頭の片隅で思いながらも、体が、心が、言うことを利かない。

 何故。どうして。

 あんな風に、殺されなければならない。

 そんな言葉ばかりが頭を埋め尽くして、恐怖で心も体もばらばらになりそうだった。


「すて、ら! あ、っ!」

「リヴェル! ……っ、魔女殿! これは、どういうことだね!」


 何故か、背後から友人の声が聞こえてきた。

 それでも震える心が止まらない。疑問に思う間もなく、口から激しく悲鳴ばかりが溢れ出た。


「エル、スター……っ! あ、うっ……!」

「エルスター、ウィルを呼んできて。大至急」

「……っ、分かったのだよ。いつものところに連れて行きたまえ」


 さっと彼が消える気配がした。

 ステラは自分を抱え上げ、そのまま寄宿舎とは正反対の方向へ走り出す。

 自分は男性なのに、何故軽々しく抱き上げられるのかと考えてから、魔法という単語がちらついた。また大きく震えが走る。



「……っ、う、ぐっ……っ!」

「リヴェル、ごめんなさい」

「―――――」



 ごめんなさい。



 繰り返し、耳元に落とされる。

 何故、彼女が謝るのだろう。どうして、そんなに辛そうに声を滲ませるのだろう。

 未だ、死への、魔法への恐怖は消えないまま。


 それでも、彼女のその言葉だけが、耳にこびり付いて離れなかった。


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