第24話
中庭の事件があってから、連れて来られたのは旧校舎の一角だった。
この大学院に、今は使われていない旧校舎があるのは知っていたが、その一角が国王であるウィルとの落ち合う場所と決められていたとは驚きだ。
しかも、かなり綺麗に整えられている。他の場所は全て朽ちるままなのに対し、清潔感に溢れていて、これも魔法なのかな、とリヴェルはぼんやり考えてしまった。
「……しかし、派手にやられたね。ステラ、君がいたにしては失態に過ぎたな。油断しすぎたんじゃないのかい?」
リヴェルの右の肩と腕の傷を見ながら、城から駆け付けたウィルが痛ましげに目を細める。
ステラは無言で俯いていた。黙々とリヴェルの傷の具合を確認し、癒すための魔法を
確か、治癒力を促進させる魔法と説明していた。あまり使い過ぎると、治した箇所とそうでない箇所が不和を起こす可能性があるから、一定量以上は使わないという様な話をしていた気がする。
――ああ。これも、魔法だったな。
この魔法は、自分を救ってくれるものだ。
前に青年に襲われた時も、今も。殺されそうな自分の窮地を救ってくれた、癒しだ。
なのに。
――先程の、人間が爆発する瞬間が瞼の裏に焼き付いて離れない。
あれも、同じ魔法だなんて。
使い方によって、光にも闇にもなることを、これ以上ないほど見せつけられた。
「リヴェルよ、傷の具合はどうかね」
「私が処置してる。問題ない」
「お前さんには聞いていないのだよ」
刺々しい会話が頭上で交わされる。
やはり、エルスターとステラは知り合いだ。確信が確定に変わった瞬間である。
「……大丈夫だ。ステラの腕が、良いから」
「……」
「ありがとな。だいぶ、楽になったぞ」
笑ってお礼を告げたが、ステラの表情は晴れない。そんなに自分は取り
ある程度治してから、丁寧に包帯が巻かれていく。
――彼女も、戦の中で、何度もこんな風に手当をしていたのだろうか。
国のために、人の命を奪いながら。
あんな、無残な屍の荒れ地に立ちながら。
彼女は、一体どんな気持ちで歩き続けていたのだろうか。
思いながら、リヴェルは
「ステラ、音を遮断する結界は張っていたね?」
「当然。騒ぎは、エルスター以外知らない」
「そう。なら、後はこちらで処理をしよう。君たちの生活に支障は出ない、安心しなさい」
「……、え」
よく分からないまま話が進んでいき、顔を上げる。
何だか、不穏な話運びだった。処理とは一体何なのかと、胸がざわざわと騒ぎ出す。
「あの、処理って」
「事件を世間に発表する際に、情報操作をするのさ。この学院内で、魔法使いが関わる事件を公表するわけにはいかないからね」
「……、それは」
「魔法使いが関わっているなんて知ったら、それこそ恐慌状態に陥るよ。君が良い例だろう?」
「――」
急所を突かれた。ぐっと言葉に詰まって、また視線が垂れる。
そうだ。自分は、さっき人間が目の前で爆発して錯乱状態になっていた。
暴れる自分を強く抱き締めてくれなければ、自分は深い傷を更に滅茶苦茶な状態にしてしまったかもしれない。ステラには頭が上がらなかった。
「……すみません」
「敬語」
「……、ごめん」
「仕方がないのだよ。目の前で人が破裂だなんて、僕も見たくはないね。グロテスクに過ぎるのだよ」
「……私も、できれば見たくはなかった」
「おや、魔女殿もかい? 本当かね」
「二人共、その辺にしておきなさい。リヴェル君が泣きそうだよ」
別に、泣いていない。
反論したかったが、その気力も無かった。それに、二人が一斉に気まずそうに押し黙ったので、ウィルの言に乗っかることにする。
「あの、……聞いてもいいか?」
「どうぞ。何かな」
「彼らは、……どうして爆発したんだ? あそこに、ステラを狙っていた魔法使い? はいなかったんだよな」
「ああ、……」
一旦言葉を切って、ウィルがステラの方を見やる。
彼女は億劫そうに顔を上げ、リヴェルに振り向きかけて――目を伏せた。
いつも真っ直ぐに見つめてくる彼女が、こちらを見ない。その事実に、ぎしり、と胸が軋んで痛かった。
「あれは、遠隔魔法」
「……、遠くで操るって説明してくれた、あれか?」
「そう。遠隔爆弾と思ってくれればいい。近くにいなくても、好きなタイミングで爆発させられる。あらかじめ、爆弾の魔法を埋めておけば」
「……っ」
そんな非道な方法があるのか。
だが、確かに道具の爆弾でさえ、そういうからくりの種類があるのだ。魔法にあったって不思議ではない。
道具か、魔法か。
それだけの違いだと気付き、リヴェルはぐっと唇を噛み締めた。
「……使う奴次第で、こうも変わるのか」
「……、そうなのだけどね。お前さん、ほんとにぶれないのだよ」
呆れた様に感嘆するエルスターに、リヴェルは首を傾げる。
だが、彼はそれ以上何も言わなかった。腕を組んで、難しい顔をして黙り込む。ウィル以外、全員の視線が下を向いていて、空気が一緒に沈殿していくのが苦しかった。
「なあ、ステラ」
「……、何?」
この際だ、前から気になっていたことを聞く良い機会である。
少し
「前に襲ってきた青年もさ、ステラのこと狙ってただろ?」
「……、うん」
「今回も、ステラを狙ってたよな。俺の場合は、どっちも君の匂いがしたから狙ったって感じだったけど」
「……、うん、そう」
「なるほど、匂いか。君は、ずいぶんとステラと一緒にいるんだね。仲良しさんだね」
「っ、ぐ、う。……、はい、まあ。多分」
「ふふっ、煮え切らないね。良いかな良いかな」
にまにまとウィルにからかわれ、リヴェルは少しむくれて明後日を向く。その時に、ばちりとエルスターと目が合ったが、ふいっとすぐに視線を外された。
機嫌が悪そうだ。彼は、いつもステラの話をする時は不機嫌だったから、今回も同じなのかもしれないと推測する。
「ステラは、その、前から誰かに狙われたりしていたのか?」
「……、ううん。ここ数年は無かった」
なら、前はあったのか。
ツッコミをしたかったが、多分話が進まなくなるので、懸命にその一ヶ所はスルーした。
その甲斐あってか、彼女が話を続けてくれる。
「この前の青年が、初めて」
「……、心当たりはあるのかね」
「さあ」
「……まあ、お前さんに明確な回答は期待していなかったがね」
「でも、ステラを狙う者が近くにいるということになるね。んー、今回、ステラが中庭に出たのは襲撃を予期したからかい?」
「そう、とも言えるし、そうじゃないとも言える」
曖昧な答えだ。
それは、他の二人にとっても同じ意見だったのだろう。
「どういう意味かな?」
「狙われているのは感じた。ただ、……今日の夜、そのために外に出ていても、全く襲ってこなかった」
「ふむ。それで?」
「……」
言いにくそうに、彼女の言葉が途切れる。
だが、それをウィルは許さない。にこやかに、しかし有無を言わせぬ迫力で、もう一度問い質した。
「それで?」
「……」
じわじわと、肌が痺れる様な空気がウィルとステラの間を通う。
嫌な汗を掻きながらリヴェルが見守っていると、ステラはちらりとこちらを一瞥してきた。気まずげな視線が、更に悪い予感を
――まさか。
「……、……リヴェルが外に出た途端、相手が動いてきた」
「―――――」
予感が最悪な方へ的中する。
ステラがこちらを見た瞬間、自分が関係している気がしたが、まさにその通りで変な声が出そうになった。寸でで止められたのは、日頃の忍耐の賜物だろう。
だが、エルスターが堪えきれずに立ち上がった。がたん、と座っていた椅子が大きく倒れる。
「何だと? じゃあ、相手はリヴェルを狙っているというのかね!」
「……、分からない」
「分からない、ではすまないのだよ! 何故、よりによってリヴェルが……!」
「落ち着きなさい。……ふむ。リヴェル君を、というのは半分当たりといったところかな。実際、襲ってきたのはステラの方なのだろう?」
「そう。彼らは、私の名前を恨めしげに呟いている。でも、リヴェルがその場にいないと、襲ってはこない」
「そう、……」
報告を聞いて、ウィルが黙考し始めた。それはそうだろう。当のリヴェルが聞いても、意味が分からない。
エルスターは苛々しながら、またどっかりと椅子に座り直した。その際、きちんと倒れた椅子を直すのを忘れないあたり、彼らしいと和んでしまう。
「まったく! ……魔女殿と関わったから、そんなことになるのだよ」
「エルスター、やめてくれ」
「リヴェル!」
「俺は、ステラと友人になれて良かったと思っている。さっきも、言っただろ?」
「……っ、そうだがねっ」
怒り心頭といった様子で、エルスターが背を向けてしまう。
なかなか上手く伝えられない自分が悪いのだが、こうもあからさまに
「仲良く喧嘩をしているところ、悪いんだけどね。聞いてくれるかな」
ぱんぱん、と手を叩いてウィルが注目を向ける。
もちろん依存は無いので、三人で彼に耳を寄せた。
「何となくの想像だけど。相手はリヴェル君が、既にステラを魔法使いだと知った上で、何かを見せつけたいのかもしれないね」
何か。
それは、何だ。詰問したかったが、想像なのだからそこまで問い詰められないだろう。故に、続きを待つしかなかった。
「ステラが憎いのに、一人だと襲ってはこない。リヴェル君が揃わないと、襲わない。普通、面倒だよね? まあ、最近は裏庭でよく一緒にいるみたいだけど、それにしても変だ」
「……、まあ、同感なのだよ。別に、リヴェルが憎いというわけではなさそうだし、意図が分からなくて気持ち悪いね。……倉庫の件が宙ぶらりんにはなるがね」
「まあ、それは今は置いておこうか。でも、さっきリヴェル君の目の前で人が爆発した、と聞いて思ったんだ。別に、洗脳が解けても犯人の身元が明らかになったりはしない。特に殺さなくても良い相手なのに、殺した。それは、何故か」
一度息を吐き、ウィルは唇を人差し指でなぞる。
「相手は、リヴェル君に恐怖を植え付けたかったんじゃないかな」
「……、え」
「実際、恐かったよね?」
「……、ああ」
「今回は、それが狙いだったのかもしれない。そして、前の青年の襲撃時にも、狙いがあったのかもしれないね」
笑いながら話しているウィルの目は、全く笑ってはいなかった。腕を組んで推察する様は、どこか不敵な空気が漂っている。
ステラとエルスターも厳しい顔で押し黙った。リヴェルとしても、そう考えると
「でも、どうして俺なんだ? その論法だと、相手はステラが憎い上に、かつ俺を知ってるってことだよな? 俺、他に魔法使いの知り合いなんていないぞ」
「別に、お前さんが知っている知っていないは関係ないのではないかね。それに、魔法使いはこの学院にそれなりにいるのだよ」
「……、え」
とんでもない真相を暴露された。
冷やりと、背筋を先程の真っ暗な恐怖が伝う。その悪寒に、リヴェルは思わず喉を鳴らした。
「それなりに、って。……でも、ステラはそんな素振り」
「魔法使いは、例え知り合いに会っても知らんぷりをするのだよ。どこで知り合ったのかと突っ込んで聞かれたら、面倒だからね。まさか、千年前の戦場で会いました、なんて言えないだろう?」
「……、それは、まあな」
そもそも信じないのではないだろうか。冗談と片付けるか、気味が悪いと遠ざけるかの二択になりそうな気がする。
「まあ、魔法使いはだいたい魔女殿みたいに無味乾燥だからね。分かりやすくはあるのだよ」
「……、そ、そうか」
「まあ、それはともかく、だ」
脱線したと思ったのだろう。エルスターが軌道修正を図って咳払いをした。
「犯人が、お前さんが知っているかどうかは問題ではないのだよ。ただ、相手が一方的にリヴェルを知っていて、狙いを定めた。それでも、充分動機にはなるだろうからね」
「まあ、少なくともリヴェル君に興味を持っているということだね。いやはや、モテモテじゃないか。大変だね」
「……、そんなモテ方は嬉しくないな」
「僕も、女性オンリーでいたいのだよ」
「大丈夫だよ。エルスターは、モテないからね」
「ウィル!」
茶目っ気たっぷりな会話に、リヴェルは嘆息する。
だが、おかげで心が大分ほぐれてきた。先程まで恐慌状態に陥っていた自分を振り返り、冷静に分析する余裕も出てくる。
だからだろうか。一つ、思い出したことがあった。
「……、そういえば」
思った以上に己の声が反響した。
三人が一斉に振り向いてきて、ばくんと口を閉じてしまったのだが、その仕草が面白かったらしい。おかしそうにウィルが口元に手を当てた。
「何かな。気付いたことがあるなら、聞いておきたい」
声は穏やかだが、眼差しは真剣そのものだ。
真に上に立つ者というのは、相手の言葉にきちんと耳を傾ける、こういう人物なのかもしれない。
「今回、襲ってきた人物、……俺、顔を知っているんだ」
「……、知っている?」
「ああ。……エルスター、覚えてるか? 数日前、俺が猫の餌を買いに行く時に絡んできた奴らのこと」
「もちろん、覚えているとも。卑怯でクズで男と思うのも恥ずかしい、ゴミ未満の奴らのことだろう?」
同意見ではあるが、
「あのクズどもが、どうし……。……まさか」
「彼ら、だったんだ。人数も同じだし、間違いない」
言葉にして、寒気が走る。エルスターも同様なのか、若干顔色が変わった。
考えてみれば、奇跡的な確率である。誰か一人混じっているのならば、無理矢理偶然と思えても、全員となると作為的な臭いがした。
それは、当然ウィルも感じた様だ。ふむ、と目線が斜め下にずれる。
「なるほど。可能性が広がるね。しかし、……相手は間違いなく、リヴェル君も狙っているということが分かったね。偶然で片付けるには出来過ぎだ」
「……っ、だが、リヴェルが絡まれていることを知るのは、あの場にいた者達くらいなのだよ。しかも、彼らは毎回必ず同じ顔ぶれで行動しているわけでもない。噂話で聞いたにしても、正確には伝わらないだろうよ」
「……エルスター、よく知ってるな」
「ぼけっとしているお前さんと一緒にしないでくれたまえよ」
辛辣に切り捨てられ、リヴェルは不平を呑み込む。
確かに、彼はプレイボーイだけあって、意外に周囲を観察している。王族の一員、という意味合いもあるのかもしれない。見習うべき一面だ。
「いくつか考えられる可能性はあるが、……不確定だね。エルスター」
「ふん、任せるのだよ。リヴェル曰く、過保護らしいのでね。せいぜい過剰なまでの過保護になってやるのだよ」
「……、え」
腰に手を当てて胸を張る彼に、リヴェルは思考が追い付かない。
そんな自分の疑問符に気付いたのだろう。呆れた様に溜息を吐いてきた。
「馬鹿かね、お前さん。一人になると危ないだろう。仕方がないから、この僕ができる限り一緒に行動すると言っているのだよ」
「え、……は?」
提案されて、当惑する。
それは、つまり彼の時間を縛るという意味に繋がった。己の都合で、彼の自由を奪うのは本意ではない。
「待ってくれ。そんなことしたら、君は何もできなくなるじゃないか。俺、猫に餌やり毎日行くし、街に餌買いに行くし、好きなところに行けなくなるぞ」
「ふん、お前さんは二度も襲われたのだよ。せめて、一人にならない行動をしてくれるのならば、その時は僕も自由に行動させてもらうがね」
「でも」
「友の言うことは、素直に受け取っておくのだよ。……また、僕に生きた心地がしない絶望を味わわせたくなければね」
そこまで言われてしまうと、何も反論が出来ない。
前に名も顔も知らない青年に怪我を負わされた時も、自分の状態を見て心配してくれていた。今回だって、相当不安にさせただろう。拒否する権利が無い。
「……、ごめん」
「この件の片が付くまでなのだよ。……魔女殿、きちんと処理してくれたまえよ」
剣呑な物言いに、しかしステラは言い返さない。
気になって視線を向ければ、彼女はずっと表情が暗いままだった。いつも無に近い顔なのに、今は明確に読めるくらいに陰っていた。
「……、ステラ」
声をかけると、彼女はぴくりと肩を震わせた。
そのまま押し黙っていたが、目を伏せて何かを決意したらしい。次に開いた瞳には、少しだけ力が戻っていた。
「……リヴェル」
「……、何だ?」
呼ばれて、顎を引く。
彼女は、しばらく動かなかった。じっと、自分を静かに見つめてくるだけだ。
しかし、何故だろう。
その眼差しは、いつも以上に鋭くて、刺す様な気配さえ含んでいた。
まるで、視線だけで自分を殺してしまいそうな鋭さだ。瞳から心の内にまで潜り込み、体中を這い、嫌な熱を仕掛けていく様な――。
「……っ」
体の中に、熱。
そこまで思って、不意に先程の出来事が甦る。
駆け寄ろうとした先で、爆発した、真っ赤な血だまり。
細かい肉片だけが散らばった、無残な光景。
――魔法で、爆発させられた、惨たらしい人の成れの果て。
「―――――」
真っ赤な現実が脳裏に閃くと同時。
かつん、と高らかに、黒い足音が清冽に目の前で上がった。
「……っ」
「リヴェル……」
「―――――っ!」
瞬間。
がたっと。
リヴェルは、勢い良く椅子ごと身を引いた。
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