第10話 疑惑

「……で、どうして、あんただけ一足先に帰ってきた訳? 正直、あんたが此処にいても、『旗』として役割以外、他の利はないんだけど? むしろ、今の状況で魔王軍か、貴族の連中に、多少、目端がきく奴がいたら、遮二無二に軍を進める口実を作るだけ。その程度の事が理解出来ない程、耄碌してないでしょう」

「相変わらず、容赦がありませんね、小絵さん。そんな風にツンツンしたままでは、柚樹様にも嫌われてしまいますよ」

「…………喧嘩を売りにきただけなら、出て行って。あんたと違って、私には仕事があるのよ。何処かの誰かさんがいるせいで各地から続々と集まってきている、敗残兵達の再編成っていうね」


 忌々しいぐらいにこやかに笑う、キャロル・デレイヤを睨みつける。

 最近だと、大概の大人でも震え上がる私の眼光を受けても平然。王族でありながら、最前線で戦ってきただけあって、肝は据わっているのよね。

 ……王国と、国民の為ならば、柚子に手を出しかねない、心底いけ好かない女なのは変わりないのだけど。

 手に持っていた書類を置き、問い糺す。


「で、理由は? あかりやとわも向こうへ行くと報せた筈よ。何か理由があるんでしょ?」

「それは勿論、小絵さん達や兵士、国民の皆さんと苦労を」 

「あーあーそういう建前論、私がだっい嫌いなの、知ってるわよね? これで、柚子がいないんだったらまぁ信じたわよ。確かにあんたは『旗』として申し分ないし、いなかったら蹂躙されて終わりだもの。だけど――今回は違う。あんた一人が戻っても大勢は変わらない。必要なのは」

「柚樹様」

「そう、分かって――……」

「うふふふ♪ 本当に小絵さんは、柚樹様を慕われておられるのですね」

「……別にあんたには関係ない話よっ」

「いいえ、関係あります。何故なら、私と小絵さんは恋敵」


 キャロルの周囲に、重魔法を十数個並べる。

 発動すれば、骨どころか肉片、否。細胞の一つすら消失させる事が出来る量だ。

 だと言うのに、変わらず笑っている。


「あら、怖い」

「……ちっ。あんたのそういう所が嫌いなのよ。少しは怖がってみせるのが、女としての一般教養でしょう?」

「柚樹様がおられるのならそうする所ですけれど、今、この場にいるのは小絵さんだけですから。私に手を出したら、あの方は貴女といえど許されはしないでしょうし。そんな危険を冒す愚か者であったならば、コーラルであそこまで勇戦される事は出来ませんし」

「…………本題を言って、とっとと出ていきなさい。さっきも言ったけど、あんたのせいで私は忙しいのよ。あかりも出てるしね」

「では――咲森小絵様」 

「? ち、ちょっと、何して」


 キャロルは、床に膝をつくと、深々と頭を下げてきた。所謂、土下座だ。

 余りの事に、思考が混乱する。


「――有難うございました。貴女様と異人様方がいなければ、コーラル将兵のみならず、他の残存将兵も皆、今頃は全滅していたことでしょう。異界から強制的に召喚してしまって以来の御助力、亡き父に代わり感謝致します。今の私には何も力がありません。けれど、人として、この国を継ぐ者として、感謝を述べる事は出来ます。本当に、本当に有難うございました。」   

 

 ……嗚呼、やっぱり私、嫌いなんだわ、この女。

 能力があって、顔も綺麗で、スタイルも良くて、適度に性格も悪くて――何より、人としての良識と、王族としての責任感を強く持っている。

 私が欲しかったモノを幾つも持っている。ほんとっ、気に食わない。

 近寄り、無理矢理立たせる。


「……止めて。あんたにそんな事をしてもらいたくてあそこで粘ったわけじゃないわ。それ以外に手がなかったからよ。結果、私は多くの兵を……殺したの。柚子が来なかったら、全滅してたでしょうね。そんな御大層な事はしてもいないし、出来てもいないの。……この話はこれで終わりよ。二度と、言わないで!」

「――……はい。うふふ、小絵さんは」 

「何よ」

「やっぱり、本当に御優しい方なんですね」

「皮肉にしては捻りがなさすぎるわね――先に帰って来た理由、こんな事をする為だけだったら、外へ放り出すけど」

「――考えの統一をしておきたくて」

「統一?」

「小絵さんのことですから、『敵』の強大さは重々承知されていると思いますが……それは本当に正しいのでしょうか?」

「はぁ? 魔王軍と大貴族共の後ろに誰かがいるってこと?? いたとしても、打つ手がないわ。目の前の敵を叩くしか」

「小絵さん」

「…………柚樹はああいう子だから、仕方ない面もあるわ。少なくとも、あの子を助けてくれた事には感謝しかない。でも、渡すつもりは」

「そこです」


 キャロルが、指をつきつけてくる。イラっとするわね。

 指を握りながら、問い返す。


「『剣星』二人以外にも誰かいるわけ?」

「……います。私達にここまで尻尾を掴ませなかった恐るべき相手が」 

「誰よ」

「――あかりさんです」

「はぁ? あの子は、あいつの姉よ? 確かに多少、過保護だけれど」

「過保護、が理由でこの重大な戦局で『聖女』が前線を離れるでしょうか? あの方の固有スキルは極めて強大。いるといないとでは、戦術そのものが変更されるのでは? それ故に、あの方はほとんど前線から動かれようとされなかった。『私がいるだけで皆さんが助けられるなら』と」

「…………」 

「今回、自ら使者へ立候補された、と聞いています。おそらく」

「……柚樹と、コーラルではほとんど話せなかった反動、というわけね」


 腹黒王女がこくり、と頷く。

 考えると、確かに変だ。あの子は、常に自分以外を最優先にしてきた。なのに、どうして――いや、簡単ね。

 会いたかったのだ。とにかく、会いたかったのだ。あの子に。柚子森柚樹に。



「あかりさんの行動、とても姉弟のそれとは思えません。あの方は『姉』と一貫して言われていますが……それは『義姉』なのではありませんか?」

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