第9話 遣西総軍司令直率旗艦『カストル』

「傾注! 共和国遣西総軍司令閣下へ総員敬礼!」


 改装を完了し、無数の速射砲が敷き詰められた『カストル』甲板上にはずらりと人が並び、艦長のダグイルの号令で、僕へ敬礼をしてくれました。

 う~頑張らないといけません。

 一生懸命、僕も答礼します。また、よろしくお願いします。

 ……何故か、皆さん、笑いを堪えられています。お、おかしいです。エルさん達との交渉で、獣耳付フードだけは外しているのに。そこまで、変な恰好じゃないと思うんですけど。

 釈然としない気持ちを抱えつつ、艦長さんへ挨拶します。

 

「また、御世話になります。すいません、急な出航になってしまって」 

「いえ。本艦を旗艦に選んでいただき、感謝の極み。本官及び『カストル』乗組員一同、総軍司令の直率下に入れる事を、喜んでおります」

「ありがとうございます。たくさん、迷惑をおかけすると思うんですが、よろしくお願いします。えっと、柚子森あかりと、僕の友人の新見とわさん。それとクーさんです」

「柚子森……ご親族、おそらくお姉様ですか?」

「違」「そうです。弟がお世話になっています。今後もどうか、弟をよろしくお願いします」

「はっ! 全力を」

「ありがとうございます」

「うぅ~……あ、あかりぃ」

「弟の事を、頼むのはお姉ちゃんの大事な仕事だから」

「そ、そうやって、僕を子供扱い、わぷっ、新見さん、に、にゃにを」


 突然、後ろから新見さんが抱き着いてきました。そして、僕へ頭のフードを被せてきます。あぅあぅあぅ。

 一生懸命、外そうとしますが、う、動きませんっ。

 周囲からははっきりとした笑い声。うぅぅぅ。


「うんうん。やっぱし、柚子っち、それを付けてる方が可愛い! 可愛いは?」

「「「正義!!!」」」

「うふふ、可愛いわよ」

「エ、エルさん、ヨ、ヨルさん、クーさん、あかりまで……だ、駄目ですよぉ。ぼ、僕はこれでも、共和国の……」


「…………イイ…………」


 苦笑されているダクイルさんの、後ろに立たれている長身の女性士官の方が、僕へ近付いてきました。

 怪訝そうな顔して、エルさんとヨルさんが前に立ち塞がります。


「私のユズに何か用しら?」 

「エル・アルトリアのモノじゃないけれど、文句があるなら、私達が聞くわ」

「エ、エルさん、ヨルさん、大丈夫、ひぅ」

「う~柚子っちの肌、スベスベ~。はぁぁぁ、癒されるぅぅ」 

「ち、ちょっと、そこの異人! や、止めなさいよっ。嫌がってるでしょっ」

「クーっちもどぉ? ちょー癒されるよ?」

「! そ、そうなの?」

「柚子っちを一日一回、抱きしめられたら、世界から戦争はなくなるねっ! だよね、あかり?」

「ゆーくんがいれば、世界は満たされます」

「あぅあぅあぅあぅ」

「…………あんた達。何をしているのかしら?」

「そうよ。とわ、少しどいて。私も抱き着きたいから」

「え~ヨルっちは我が儘さんだなぁ。はい、どぞー」

「ありがとう」

「……ちょっと」

「ぶふっ」


 ダクイルさんが、一連の流れを見て、笑い声を漏らされました。

 甲板全体に笑い声が広がっていきます。は、恥ずかしいです……。

 女性士官の方は、ダクイルさんへ鋭い視線を向けられました。うーんと。


「新見さん、クーさん、ヨルさん、離してください」

「えー」

「…………(無言で首振り)」

「高いわよ?」

「少し、お話ししたいので」 

「仕方ないなぁ。また、後でね♪」 

「……また、後で」

「私はすぐ後で」


 ようやく、解放されました。エルさん、あかり、目が怖いですよぉ……。

 気を取り直して、女性士官さんへ微笑みかけ、挨拶します。


「初めまして、今回、遣西総軍司令となりました、柚子森柚樹です。第一航空艦隊司令、リズ・シュテン中将閣下ですよね?」

「! どうして分かった」

「次回からは、階級章も隠しておいた方が良いと思います。『ゾディアック』級全艦のドック入り承認、有難うございました」 

「……報告書は読ませてもらった。確かに、我が軍の飛空艇には『対空』の概念が欠けていたのは事実だ。しかし、本当に必要なのか?」

「必要です。『ゾディアック』級は素晴らしい艦だと僕も思います。けれど……今のままでは、戦場で生き残れないでしょう。『カストル』の装備でも、敵制空権下で、長期の作戦行動は不可能です。これは,装備開発及び刷新が終わるまでは続く問題です」

「制空権? 空を自由に使える権利、という意味か?? ……今の我が空軍に、その力はないと?」 

「帝国軍相手ならば問題なく。ですが、魔王軍相手では……」


 ゆっくりとを首を振ります。

 現状、共和国は各飛空艇に本格的対空装備を備えていません。対地及び、対飛空艇兵装ばかりです。これでは、魔王軍の『蛾』が大群で襲ってきた時、徒に被害が出るだけです。

 今回、『カストル』改装にあたり、甲板上に速射砲を増設してもらいましたが、そもそも射撃方法すら構築されていない以上、ないよりはマシですが、気休めに近い筈です。

 概念と必要な装備については、全部、報告書を回しているので対応はしてくれると思いますが……急場には間に合いません。


「『ゾディアック』級や他の飛空艇の力が必要になるのは、今回の戦争じゃありません。その次の戦争です」 

「……次、だと?」

「はい。帝国領内の戦争そのものは、数か月で終えるつもりです。なので――」


 エルさんとヨルさんが、肩に手を置いてくれます。

 大丈夫です。ちゃんと言えますから。



「『カストル』以外は、基本、本国待機となります。申し訳ありませんが、よろしくお願いします」 

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