第7話 聖女

「駄目ね」

「駄目でございますね」

「却下」

「駄目駄目だわ」

「え、えーっと……でもでも、折角、作って下さったみたいですし……」


 翌朝、賢人委員会の方々から送られた真新しい軍服に袖を通し、アルトリア家の御屋敷内に置かれた大きな鏡の前でクルクルと回っていた僕は、今、エルさん達からの冷たい指摘に曝されています。

 あぅぅ……ちゃんと部屋の鍵は閉めておいたのに……ど、どうしてそんな簡単に開けちゃうんですかっ。

 そ、それに……か、カッコいいじゃないですか!


「ユズ……」

「ユズ様、いけません」

「カッコよさを求めてないわね」

「そうよ! ユズは可愛……ち、違うんだからねっ!」

「うぅぅ……」


 酷いです。

 皆さんでよってたかって僕を虐めてきます。白を基調にしたとってもカッコいい服なのに……。

 サイカさん、スズシロさんは僕の味方――え? そ、そんなぁ。

 頼りにしていた、サイカさん達まで、目を閉じられて綺麗な首を振られています。今まで見たことがない程、断固たる態度です。

 落ち込んでいると、両肩に手が置かれました。


「ユ~ズ♪ さ、お着替えしましょ♪」

「ユズ様。不肖、このニーナがユズ様の魅力を最大限に活かす服を選んでご覧にいれます!」

「え、えっと……お、御気持ちは嬉しいんですけど……ぼ、僕は、軍服が駄目なら、普段の服装で」

「駄目ね。あんたは『共和国遣西総軍司令きょうわこくけんせいそうぐんしれい』。結局『艦隊司令官』は付かなかったみたいね。最後の最後まで空軍がごねてたらしいけど。私とエル・アルトリアがいるとはいっても、平服じゃ舐められるわ。大丈夫よ……ええ」

「ク、クーさんは」

「あ、あたしは……ニーナさんの部下だから」

「くわぁ」「グルル」


 ……大変です。み、味方がいません。

 仮にも賢人委員会直轄で、対帝国政策全般を受け持つ役職についた筈なんですけど……最初から窮地です。

 で、でもでも、僕だって負けません!

 何時までも『可愛い』ままじゃないんですっ。

 僕だって、僕だって!



※※※



「……母さん、父さん。僕は無力です……」

「ユ~ズ♪ こっち向い~て☆」

「ユズ様! 素晴らしい、素晴らしい御姿でございますっ!! 嗚呼、遠路、首府までやってきた甲斐がございました。ささ、こちらへ視線を」

「へー。やっぱり、あんたそういう格好が似あうわね。うん。悪くないわよ?」

「…………カワイイ」


 エルさん達の手で、軍服を脱がされた僕は所謂、ロングのフード付きパーカーを着ています。辛うじて色は白っぽいですけど、とても軍人さん達の前に立てる姿じゃありません。

 し、しかも、これフードの所に獣耳が付いているんですか!?


「獣人種族慰撫の為でございます。クーさんの御意見を参考にいたしました」

「……クーさん?」

「何よ? カワイイは正義なのっ!」

「うぅ……で、でも、この格好じゃ、今日来る人に笑われ」


 廊下を静かに歩く音が聞こえました。えっと、多分、二人です。

 ふざけていた、エルさん達が少しだけ警戒態勢になりました。

 ――部屋の前で止まり、上品なノックの音。


「開いてるわ」

「失礼します」「失礼しまっす~」


 ドアが開き、入って来たのは二人の少女でした。

 先に入って来た女の子は、僕の顔を見ると、満面の笑みを浮かべられ、同時に御自分の鞄を漁り始めました。映像宝珠を取り出し、僕をパシャリ。


「良いよぉ、とっても、とっても、良いよぉ、柚子っちぃ。この服装を選んだのは誰かな?」

「私とクーさんでございます」

「べりーぐっじょぶ! あ、私は柚子っちの幼馴染の新見とわ。今後ともよろしく」

「あぅあぅ……に、新見さん、止めて」


「――ゆーくん」


 興奮気味な新見さんに続いて入って来たのは、純白の僧侶服を着た僕と同じ背格好の女の子でした。淡い栗色の長髪が輝いています。前髪には、小さな子がつけるような猫の髪留め。

 瞳に大粒の涙を溜めて、僕を見つめています。

 えっと……頬を掻きながら、微笑みます。


「あかり、久しぶり」

「…………」


 無言で僕に近づいてきたかと思うと、いきなり抱きしめてきました。

 エルさん達が目を見開かれて驚いています。「なっ!?」「むむむ……」「自然、に間合いを突破された?」「……今、呼び捨てにしてたような」。

 肩を震わしているあかりの背中を優しくさすります。


「あかりは泣き虫さん」

「……違います。泣いてなんかいません。嬉しいんです。この前はごたごたしてて、会えませんでしたし」

「負傷した人を癒してたんだよね? 仕方ないよ」

「ゆーくん」

「うん」

「……もう何処にも行かないでくださいね?」


「うーこっほんっ」


 エルさんがこれ見よがしに咳ばらいをされました。

 あかりは僕の腕の中で動こうとしません。困った子です。


「えっと、えっと、エルさんも初めてですよね? この子は」

「――柚子森あかりです。弟が大変御世話になりました」

「あかり? 僕がお兄ちゃんだよ?」

「私の方が、早く生まれているからお姉ちゃんです」

「と、父さんは僕が先だって言ってたよ?」

「お母さんは、私が先だって言ってました」

「と、とにかく、僕がお兄ちゃんだからねっ」 

「はいはい。ゆーくんは甘えん坊さんですね」

「うぅ……」

「あー……つまり、あんたのお姉さん? なの?」


 ヨルさんが困惑したように聞いてきます。

 隣のニーナさんとクーさんも小首を傾げられています。


「ユズと似てないわね、顔も魔力も……まぁ、いいわ。取り合えず、あかり、と言ったかしら? ユズから離れてくれない? その子は私のユズなのよ?」

「『剣星』エル・アルトリア様とお見受けします。改めまして『聖女』の称号を頂いております、柚子森あかりです。私とゆー君は、一年も離れ離れだったのです。多少は御許しくださいませんか? お願いです」

「う……ま、まぁ仕方ないわね……今だけよ?」

「ありがとうございます。とわさん、ゆー君に小絵さんからの御手紙を」

「おっけー。はい、柚子っち!」


 新見さんからお手紙を受け取ります。

 何々――えっと。



「……あかり、読みにくいんだけど」

「お姉ちゃんと一緒に読みましょう。昔みたいに」

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