第5話 共和国第一航空艦隊司令

 現状、レヴィーユ共和国空軍は飛空艇200隻余を有し、それを各航空艦隊に配属させている。

 その中でも――第一航空艦隊は正しく最精鋭部隊。

 最新鋭飛空艇である『ゾディアック』級を集中配備されており、その戦力は強大。

 当然、それを率いる将官もまた無能とは程遠い。遠いのだが……用意された部屋の中に甲高い怒声が響いた。


「どういう事だっ! 私はこんな改装案など聞いていないぞっ!! しかも、第一から第三までの各航空艦隊を、異人の子供の指揮下に置くだと!? 空軍司令部は何を考えている。世界でも滅ぼすつもりかっ!! ……『カストル』を取り上げられた時ですら、明確な説明はなかったように思えるが?」

「はっ……」


 下手な返答をしたらそれこそ殺されかねない視線を浴びつつ、軍司令部から状況を説明をする為に、派遣された参謀将校は、目を伏せた。

 ……畜生。こうなる事は分かり切っていたんだ。何せ、この人――共和国空軍屈指の猛将である、リズ・シュテン中将は道理に合わない事を納得する御仁じゃない。

 共和国でも名門中の名門である、鬼族シュテン家に生を受けながら、軍士官学校にわざと進まず、一介の兵から叩き上げで将官の地位を得たという化け物じみた才媛。

 その来歴故に、曲者揃いな古参兵達からの人気も高く、彼女の第一航空艦隊司令への就任は概ね歓迎された。まぁ一部の将官からは危惧もされていたようだけれど。


「――で? どうなんだ。説明なきまま、はい、そうですか、などと、私は聞くつもりはないぞ。貴官が返答出来ぬというのなら、空軍司令部へ直接出向く」

「お、お待ちをっ! こ、この改装案及び、指揮命令系統の変更は、賢人委員会の直接命令です。司令部に訴えられても動きません」

「ならば、賢人委員会に怒鳴り込むまでだっ! このような奇妙な命令を聞いて、死ぬのは第一線の兵達なのだぞっ!!! ……そのような事が分からぬ賢人委員達など不要っ!!!!」

「っ!?」


 机を思いっ切り叩きつけ、シュテン中将が立ち上がった。

 目は真紅に染まり、鬼族にしては小柄な身体からは殺気。


『あの人に、飛空艇を与えたのがいけないんだ。命令が出たら、敵を求めて何処まででも行っちまうぞ……突撃先は阿呆な味方かもしれんが』


 先輩参謀が苦笑しながら言っていた事を思い出す。

 ……いや、これ洒落になっていませんって。

 空軍中将が賢人委員会に殴り込む――流石に許される行為じゃない。

 何とか押し留めようと立ち上がりかけた時、軽いノックの音。ああ、よかった。間に合った。


「どうぞ」

「失礼する」


 入って来たのは、豚人の佐官だった。参謀将校の口から安堵の息が思わず漏れる。リズの目が細まる。


「……ダグイル」

「はっ! ダグイル上佐、ただいま帰還いたしました。少佐、御苦労だった。ここから先は引き継ごう」

「ありがとうございます」


 青褪めていた顔に生気が戻った参謀将校は敬礼しつつ、脱兎の勢いで部屋を出て行った。

 それを見ていたダグイルは深い深い溜め息。


「……中将殿」

「うるさい。私は間違っていない。それと――中将は止めろ。私とお前の仲ではないか。お前が、推薦なんぞしなければ私だって艦長のまま空を駆けていられたんだぞっ!!!」

「……リズ、俺にも時間がないのだ。駄々をこねてくれるな」

「はぁ!? いきなり、『第一から第三航空艦隊は、本日付けをもって、共和国の賓客である異人ユズ殿の指揮下に入れ。詳細は追って通達する。なお、『ゾディアック』級全艦は突貫改装工事の為、大工廠へ』と言われたら、こうなるだろうがっ! 第一何なんだ、この改装案は? 『』だと?? どうして、そんな物が必要になる。今でも十分な火力がある事はお前だって分かっているだろう?」

「……そうか。ならば、聞かなければいい。我が『カストル』は既にドック入りさせた」 

「!?」 

 

 リズの目が大きく見開かれ、力なく椅子へ座る。

 革鞄から、ダグイルが書類を取り出た。


「……それは?」

「今回、我等は帝国へ派遣されていた。そこで得られた戦訓詳報だ。既に、数千部刷り終え、各艦へ配布を始めている――お前が疑っている異人、ユズ殿の御指示だ」

「……信用出来るのか?」

「リズよ、我が戦友よ。所詮、俺は自分を単なる『槍』だと思っている。だからこそ、将官になぞなってはいけないと今日まで信じ、生きてきた。……それは正しかったよ。ユズ殿の差配を受ければ、俺は十全な『槍』となれるだろう。故に、俺は行く。それに、だ――悪いが、ユズ殿は共和国空軍の力を当てになどしちゃいないぞ?」 

「どういう事だ?」

「……今のままなら戦力外、そういう意味だ。何せ、『剣星』二人とその騎竜を味方につけ、帝国の異人部隊主力も間接的な指揮下だ。戦場で勝つだけならば、我等の力などいらぬよ。物資だけで十分だ」

「ならば、何故――そうか。賢人共だな。つまり、仮に我等を喪失してもなお、儲けが出る話だと? ……いったい、何者なのだ?」

「さぁな。だが」


 ダグイルは笑みを深め、空軍創設以来の長きに渡る付き合いである同期生に、確信をもってこう断言した。



「あの方の指揮下にある限り、将兵は過酷だろうが幸せであろうよ。何せ、如何なる戦場からでも生きて帰って来れる可能性が極めて高い。しかも、勝利を! 歴史に残るだろう大勝利の栄光の一翼を担いながらだ。リズよ、さっきも言ったが、俺にはあの方が何者なのかは分からん。だが、一つだけ断言出来る。ユズ殿は勝たれるよ、如何なる戦場であっても、な。戦訓詳報を見ておくといい。悪いが俺は飛空艇に乗らず、あそこまで戦場を俯瞰する事が出来る将を知らない。徹底的に将兵を救おうとする将もだ。故に俺は、『カストル』はあの方の指揮下に入った事を誇りに思っている。ああ、これは独り言だが――仮に改装が終わるのなら、、と仰っていたな。無論、その指揮官は、第一航空艦隊司令殿になられるのだろうが……残念だな。所詮は夢物語か」

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