第4話 大工廠
「……おい。今、何つった?」
「ですから、明日、一時的に帰還する『カストル』を突貫改装。その後、第一から第三航空艦隊に所属する全『ゾディアック』級の緊急改装命令が回ってきたんです。既に、議会及び空軍上層部からの許可も出ていると……」
「…………ふざけてやがるのか? あん?」
目の前で、図面を見ていた老オークの大工廠長――共和国に八つしかない飛空艇建造能力を持つ『工廠』、その中でも首府ランディアの『大工廠』を率いる、彼が放つ眼光の鋭さに、若い造船士官は縮み上がった。
先程、命令書を持ってきた、兎耳の空軍士官に目を向けるもあからさまに避けられる。彼もこの案に否定的なのだ。
激しく机を叩く音。思わず、若い造船士官は目を瞑る。
恐る恐る開くと、鋼鉄製の筈にも関わらず、はっきりとした拳の跡。老オーク――共和国飛空艇建造の始祖にして頂点、ダ・ダの目は血走っていた。
「『ゾディアック』級は、現時点で共和国が持つ技術の全てを注ぎ込んで建造したっ! 改装なんて必要ねぇぇっ!! しかも、全艦だとっ!? 今、ここで何隻の飛空艇を建造していると思ってやがるんだっ。そんな事、出来る筈ねぇだろうがっ!!! おい、てめぇ。空軍のお偉いさん達は何を考えていやがる」
「……はっ。大工廠長の仰る通りでして。我が空軍総司令部の大半は、三日前に提出された今改装案に反対しております。その結果、新型飛空艇建造遅延は避けたいのが本位であります。」
「なら、なんでこんな案を持ってきやがったんだ。何処の馬鹿がこんな案を――……」
ダ・ダは言葉を止め、扉を見た。
……何かがやって来る。
脳裏に浮かんだのは、幼い頃、魔王領で経験した辛く苦しい日々。
両親、親族の大半を喪いながら辿り着いた共和国で、初めて感じた充足感。
そして『飛空艇』建造に命を賭けた変人、なれども最高の親友との出会いと別れ。
親友の遺志を継ぎ、建造した『ゾディアック』級一番艇竣工の時に流した涙。
――おいおい。こいつは所謂、走馬燈ってやつじゃねぇのか?
控え前なノックの音。
本能は、全力で拒否せよ、と告げてはいたがダ・ダにも意地があった。
「……入れ」
「失礼します」
軋んだ音をたてて、入ってきたのは背が低い異人の少年と二人の耳長族の美女。剣士とメイドだ。少年の肩にはトカゲが乗っていた。
本能が、最大警戒を発令。冷や汗が流れる。こ、この剣士は……。造船士官と空軍士官も呆然としている。
そんなダ・ダ達の様子を気にせず、少年は笑みを浮かべながら尋ねてきた。
「こんにちは。ここに、大工廠長さんがいらっしゃると聞いて来たんですが」
「……儂だ。小僧、お前は」
殺気――否。そんな生易しいものではなかった。
その気があらば、刹那で自分の首が飛んでいた、と明確に分かる程の威圧。
……ああ、自分はここで死ぬ。
「も、もうっ! エ、エルさんもニ、ニーナさんも駄目ですよぉ。ご、ごめんなさい、名乗りもしないで。僕は柚子森柚樹って言います。こちらの人は、エル・アルトリアさんと、アルトリア家執事のニーナさんで、僕の肩にいるのは、サイカさんで、エルさんの騎竜さんです」
「「「!」」」
エル・アルトリア。共和国に八人しかいない『剣星』にして、守護神。
もう一人はアルトリア家の執事だと!? 下手な小国よりも金を持ってやがるあの一族の金庫番兼掃除役か!
しかも……竜、竜だと? 未だ、儂らの技術では太刀打ち出来ない、あの化け物の?
身体が震えそうになるのを何とか抑え自分の椅子へ座る。机から煙草を取り出し、火を着けようとしたが、手が震えマッチが擦れない――着いた。メイドが会釈。
「…………ユズモリ、と言ったな。お前が、この改装案を出した張本人か?」
「はい。よろしくお願いします」
「……何故だ? 『ゾディアック』級は最高の飛空艇だ。あれに改装なんぞ意味がねぇ。それと、何の権限があってお前みたいな異人が命令出来る?」
「えーっと」
「ユズ様、ここは私が。ご紹介にあずかりましたアルトリア家執事兼、この度、ユズ様の副官を拝命いたしました、ニーナと申します。以後、お見知りおき下さい。ダ・ダ様、既に改装案に目はお通し下さいましたでしょうか?」
「……まだだ」
「では、そこの空軍中佐様は?」
「見てはいる。だが、このような案など……!」
「ダ・ダ様、先程、ユズ様にどのような権限が? とご質問されましたが、今のユズ様には、帝国諸問題について賢人委員会から全権限が与えられております。役職名は未定でございますが――その手駒として、第一から第三までの飛行艦隊が、正式に指揮下へ入るのです。そして、その御方が『共和国飛空艇に欠陥あり』と仰られている――大工廠長とは、新技術を誰よりも貪欲に吸収される、とかねがね聞いておりましたが、どうやら見込み違いのようですね。ユズ様、やはりここは、民間に持ち込む方が早いかと思います」
「「「!?」」」
「……そうでしょうか」
「はい。全て、この『副官』であるニーナに御任せくださいませ♪」
「ニーナさん――えへへ。いきなり御無理を言ってしまって、本当にすいませんでした。ありがとうございます」
「嗚呼、ユズ様」
メイドがはにかんだ少年を抱きしめようとし『剣星』がその前に立ち塞がった。
両者共、笑ってはいる。笑ってはいるが……。
「ニーナ、貴女、やっぱりグリーエルに戻った方が良いんじゃないかしら?」
「いえいえ。この手の事となると、何処かの御嬢様は全て剣で片付けようとなさる嫌いがございます。ユズ様の目を汚すような事など、このニーナが許しませんっ」
「……へぇ。ねぇ、ニーナ……私、今、とーっても、剣術の稽古をしたいのだけれど?」
「望む――」
「? 何よ。どうしたの?」
一気に殺伐とした美女同士の争いが中断し、メイドが思案顔。
次の瞬間――少年の後ろに回り込み、抱きかかえる形になり、頬ずり。
は、速い。み、見えなかった。
「ユズ様、エル御嬢様が、ニーナを虐めるのです。お助けください、よよよ。……少しお肌が荒れております。お可哀想に。はぁ、だから何処かの御嬢様では」
「……ニーナ、離れなさい」
「嫌でございます。ユズ様、駄目でございますか?」
「え、えーっと……あは、あはは……」
「……ユズ?」
「ほーらほーら。そうやって、すーぐ、ユズ様を困らせる。当分は私のターンでございます。お諦めを」
「ギギギ……あ、後で覚えておきなさいよっ! でっ! そこのあんたっ! どうなのよ? 断るなら断る、で即断しなさい。ただし……断ったら絶対に後悔するわよ? その改装案に書かれている事は、あんた達が未だに気付いていない、これからの新しい飛空艇の雛型になるんだからねっ」
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