第1話 戦況報告①
「戦場からの召喚、真にすまなかったな、エル・アルトリア殿、柚子森柚樹殿。だが、ここからの判断は、共和国の命運を左右する重要案件……貴女達に話を聞かなければ、と此処にいる皆がそう思ったのだ。許されよ。この礼は必ず」
緑色の髪をした樹人の男性――共和国統領ヘクトールさんが深々と頭をさげてきました。
慌てて、手を前で揺らします。
「そ、そんな、僕は全然大丈夫です。サイカさんが一生懸命運んで下さったので、
どうか、僕の分はサイカさんに」
「グルルッ」
「えへへ♪ くすぐったいですよぉ」
「で、わざわざ最前線から私達を呼び寄せて、どういうつもりなの?」
エルさんが、僕を守るように仁王立ちし賢人委員会の方々を見渡されます。
今回は、レオンさんとカトレアさんがいません。
その代わりに、知らない顔の方々が数名いらっしゃまいます。『剣星』様の方でしょうか?
統領様が、口を開かれました。
「先程も言った通りだ。……帝国の戦況は柚子森殿が想定されていたものよりも、急速に悪化した。まさか、帝都はこうも容易く陥落しようとは。実情を直接、目にした君達から話を聞かせてほしい。判断する時間はもうそんなに残っていまい。そうだろう?」
「はい。その後、何か新しい情報は入りましたか?」
「いや。コーラルで君達が、魔王軍相手に歴史的大勝をあげた以降の情報はない。飛空艇船団は間に合っただろうか?」
「絶妙なタイミングでした。今頃、もう撤退は完了していると思います。ありがとうございました」
「時間、場所、隻数まで指定されていたのだ。児戯だろう」
そんな事はありません。
帝国領内に、複数の飛空艇を派遣する事は、かなり悩まれた筈です。
ある程度の判断材料は送っておいたとはいえ、それは確実性のあるものではありませんでしたし……凄い人達です。
白髭をしごきながら、人族の賢人の御一人が口を開かれました。
「本来であれば、歴史的な戦勝を祝したいところじゃが――我等には、まだ詳細が伝わっていないのじゃ。どうじゃな? その報告もしてもらえるかの? 出資をする相手のことは詳しく知っておきたいのでの」
「ユズ?」
「分かりました。御説明します。それをしてから――僕の個人的な意見を述べようと思います」
※※※
僕達がコーラルに辿り着いた時点で、帝国軍は情報通り魔王軍の重囲下にありました。
戦力は帝国軍約8000。魔王軍は約10万。魔王軍は、精鋭で知られるゴブリン衝撃軍です。
先にお報せした通り、コーラルが地下要塞化されていて、帝国軍は『賢者』――今では『策士』の方が有名かもしれませんね。彼女を指揮官に、帝国最強部隊である、僕のような異人を集めた第一親衛独立中隊と、歴戦の兵隊さん達が徹底的な遊撃戦を展開。戦術的には勝ち続けていました。
が、そのままであったなら約一か月で陥落していたと思います。
どんなに強い兵隊さんでも、生きている限り、疲労は蓄積し消耗していくからです。
おそらくもう数千の新鋭部隊か、『勇者』の部隊が彼女の手にあったのなら……僕達が行く必要はなかったと思いますが。
何しろ、あそこには『策士』『魔弓』の他にも『聖女』がいました。
あいつの能力は凄まじいので……多少の数は問題にならないんです。
『策士』の戦術立案能力と、『聖女』の支援能力及び兵站を差配する能力は、部隊の戦闘力を極限まで押し上げます。
おそらく何も知らずに挑めば……共和国の精鋭でも危ないでしょう。武装の優越も、差を埋め切れないと思います。
けれど、今回は数が足りなかったし、かなり疲れてもいました。
なので――エルさんとヨルさん。サイカさんとスズシロさんに手伝ってもらって、撤退戦前に『釣り』をしたんです。
まず、事前行動として、『疲労が溜まり、食料、水も乏しくなってきた。傷病兵も増加している。かくなる上は敵本営を叩くべき』という偽電を、暗号化して幾度か流しました。帝国軍が使う暗号は、一部魔王軍に解読されている為です。貴族さん達は、認めていないようですが。
その後、全兵を三部隊に分け、5000で敵本営に攻勢を仕掛けました。
案の定、敵は本営の守りを固めており、我が軍は敗走しました
勿論、偽装です。
敗走する部隊を追ってきた敵部隊を市街地へ『釣り』、残り二部隊で包囲殲滅。
――流石です、御詳しいですね。ゴブリン衝撃軍の将は、その策を看破していました。部隊が包囲されると、用意していた予備部隊で、再度帝国軍を包囲。
凄く笑っておいででしたから、勝った、と思われたんでしょうね。
次の瞬間に、サイカさんとスズシロさんのブレスで、数が少なくなっていた魔王軍司令部護衛部を全滅させ、逃げる間もなく、エルさんとヨルさんが司令官とその参謀団を殲滅されました。
後は、混乱する魔王軍を後方から叩き続けてお仕舞です。
その際、わざと兵はそこまで倒さず、徹底的に指揮官を狙い撃ちしてもらいましたので、『軍』単位は残っても、まともに統制することすら難しい筈です。
――そうです。『魔弓』は、視界内全てを容赦なく射抜きます。最後は「目標がいない」、と言っていたので、上級指揮官の大半は倒したと思います。
魔王軍は、魔王と各将のカリスマと、まだまだ少ない士官教育を受けた軍人に、軍の統制を委ねています。
各個は、帝国軍よりも強くとも、一度崩せば……その強さ故に、再編は容易ではありません。
戦闘終了後、予定通り飛空艇船団が到着したので、『策士』と『聖女』に後事を託して、僕達は首府へきた、というわけです。
護衛には、ヨルさんとスズシロさん。それに『カストル』がついていますので、帝国南西部への移動自体は問題ないと思います。
――次に考えないといけないのは『帝国が実質的に亡国となったこの状況で、共和国はどうするのか』ですね。
今から、僕の考えを述べたいと思います。
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