エピローグ

「……閣下」

「おぅ! どうした?」


 ここは、帝国西へ向かう某街道

 馬を寄せてきた少佐に、少将は快活に答えた。

 後ろには、国軍の軍服を着た数百人の義勇兵達が続いている。

 何れも『策士』とその仲間達によって命を救われた者達だ。


「……お人払いを。帝都から、急報です」

「帝都からだと? 分かった」


 少将は後方を振り返り「小休止だ!」と告げる。

 馬を従兵へ託すと、木陰に入り少佐へ先を促した。


「で、何があった?」

「……落ち着いてお聞きください」

「ああ」

「…………

「何だとっ!? いったい、どういう事だ!!?」

「閣下、お声を」

「……すまん。で、詳細は?」

「分かりません。発信者のお名前は――」


 少佐が告げた名前は、意外なものだった。

 頭を大きく掻く。


「訳が分からんな。策士の嬢ちゃんでもいれば、全容を説明してくれるんだろうが、俺なんかの頭じゃさっぱり分からん。どうしてそこで、キャロル殿下の守役の名が出てくる? つまり、殿下も帝都に帰還されていたと?」

「いえそれはないと思われます。通信の全文はこうです。『帝国全軍に通告す。帝都、魔王軍の手により陥落す。これは、偽電にあらず。しかし、キャロル殿下は健在なり。全兵は南西方面へと脱出せよ。さらば』であります」

「あの爺さんが……」


 頑固一徹。殿下を守るだけが生きがいの老騎士。

 ……その彼だからこそ、命を懸けて情報を残したのだろう。

 それが、遺された殿下の為になると確信して。


「閣下。我々も帝都へ引き返した方が」 

「もう遅い。帝都が本当に陥落したのなら……最悪、貴族軍中枢も壊滅しているだろう。なら、この国を守るのはもう……俺達だけだ」

「ですがっ!」

「それに考えてみろ。本当に帝都が陥落したのなら――」


 少将は帝都を出発する際に出会った男の泣きそうな顔を思い出す。

 つまり、あいつは。


「……この国を裏切り売ったのは、間違いなく『勇者』御剣龍馬だ。何を考えてなのかは知らないがなっ!」



※※※ 


 

「よいか? 貴様らは絶対に生き抜きありのままを伝え、そして、必ず殿下を御守りせよ」 

『……はっ!』

「よし。ならばゆけぃ。この老骨がしばし時を稼ぐ」


 若い騎士達が次々と暇乞いをしながら、本来であれば王族が帝都を脱出する為に使う秘密の通路へと入っていく。

 ――最後の一人が消え、老騎士は槍を構えながら口を開いた。


「おられるのだろう? 姿を見せられよ」

「――バレていましたか。流石はキャロル殿下の守役。老ゴドフロワ卿」


 影から一人の少年が姿を現す。

 右手に握る聖剣アスカロンは血塗れ。纏う白銀の鎧にも血がこびり付いている。

 ――召喚されし異人の『勇者』。『英雄』御剣龍馬。


「降伏していただけませんか。貴方と僕とでは、勝負にならない」

「馬鹿な事を。騎士は降伏などせぬ。まして――売国奴相手になど」 

「売国奴、ですか。確かにそうでしょうね。ただ、それは僕だけじゃありませんよ」

「……どういう意味だ」

「大部分の貴族軍は、魔王軍に降伏しましたよ。地位保全をぶら下げたらあっさりとね」

「!? ば、馬鹿なっ! 公爵は正気なのかっ!!?」

「さぁ。どうでしょう。どっちみち後でですし、もうあんまり関係はないんじゃないですか。そこは重要じゃありませんよ。まぁ、僕なんかの言葉を信じてる時点で、たかが知れていますし」

「き、貴殿は……」


 ゴドフロワは、心底から悲し気な御剣の様子に目を見開く。 

 外から雷鳴の音と、眩い閃光。

 老騎士は槍をゆっくりと構えた。


「……最早、是非もなし。たとえこの身がここで朽ちようとも、キャロル様がいらっしゃれば、この国は再び立ち上がる。いざ!」

「帝国軍を指揮する人達が、貴方のような人ばかりなら――いえ、これは愚痴ですね。さよならです、老ゴドフロワ卿。……詫びは何れ、地獄で」


 ――再度の雷鳴と閃光。

 二人の姿が重なり、老騎士が、どさり、と倒れた。

 聖剣の血を払い、鞘へ納めると勇者は何事かを呟き、その場を立ち去っていった。

 


※※※



 『裏切りと血塗れの日』。

 

 後世の史書において、この日はそう呼ばれた。

 北東の地下要塞都市コーラルから引き抜かれ、『勇者』と一部貴族の手引きによって、デレイヤ帝国の帝都を強襲した魔王直卒部隊は、世界初の大規模空挺攻撃を実行。

 『勇者』によって、指揮命令系統を殲滅された帝国軍は、この新戦術に混乱。

 まともな反撃すら出来ず、次々と各個撃破されていった。

 

 結果……僅か、二日で帝都は陥落。


 正に圧勝であった。

 未だ北東部においては帝国軍が頑強な抵抗を示し、各地に軍は残っていたものの、所詮は中央の統帥なき部隊。

 魔王軍にとって後は残敵掃討戦。

 問題はむしろ、恭順と引き換えに戦力を温存した帝国の大貴族達と未だ沈黙しているレヴィーユ共和国――少なくとも、魔王や幹部達はそう考えていた。


 が……凶報は、少し遅れてやってきた。


 コーラルにおいて大規模会戦が発生。

 包囲を担当していた、ゴブリン衝撃軍が大破された模様――。

 机に剛腕が振り下ろされ、砕け散る。

 頭に二本の大きな角を生やし、長い紫髪をした若い女性の叫び声が魔王軍本営に轟いた。


「何が、どうなっているのだっ!!! まだ、詳細は分からないのか? 空中偵察は?」

「はっ……恐れながら悉く未帰還となっております。また、軍司令部との連絡も途絶したままです」

「くっ……いったい、何がどうなって……」


「――簡単ですよ。負けたんです。司令部も全滅する位に、ね」


「…………どういう事だ、リョウマ」


 本営へ入ってきたのは、笑みを浮かべる御剣と、彼にしがみつき、震えている貴族の少女。

 女性から殺気じみた視線をぶつけられた御剣は、ますます笑みを深め、力強くこう断言した。



「十倍を超える部隊を壊滅させる。『策士』だけで出来る事じゃない。彼が――僕みたいな偽物じゃない、が帰ってきたんですよ。喜んでください、魔王陛下。貴女の大好きな、手強い敵の御登場です。ただし……彼は恐ろしく強い。油断していると、ここから簡単に盤面をひっくり返されますよ? 精々、気を付けてくださいね」

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