第12話 釣り

 陣地内に入り、肩の上にいるサイカさんへお願いをします。


「サイカさん、隠蔽結界を張っていただけますか?」

「グルルっ!」

「ありがとうございます。大好きですっ」

「グルゥ♪」

「……柚子」「柚子森」

「?」


 田口君と傑君が呆れたような表情をします。

 変な事してませんよ? サイカさんに頼めば、安心安全ですから。

 中に置いてあったのは机と椅子。あぅ。


「ユズは私の膝上ね♪」

「エ、エルさん。は、恥ずかしいんですけど……」

「あら? 何時もしているじゃない♪」

「む……」

「…………田口よぉ」

「坂西、俺は目をやられたみたいだ。ま、柚子森のすることだからな。気にしたら負けだろ。……取り合えず、咲森と新見には秘密にしとけ。死ぬぞ。具体的には、お前と俺と魔王軍が」

「……OKだ。お前もばらすなよ? 一蓮托生だからな? なっ?」

「ハハハ。当然だろうが、戦友」

「…………信じて良いんだよな?」


 二人は相変わらずとっても仲良しみたいです。

 八重垣さんは、何故か不機嫌そうな顔をされてます。

 上からはエルさんの鼻唄。


「えっと、傑君。ここの地図はあるかな?」

「ん? おうよ!」


 机の上に詳細地図が置かれます。帝国軍作成の物ではありません。

 ――流石、小絵ちゃんです。

 思わず嬉しくなっちゃいます。あぅぅ。エルさん、髪がぐちゃぐちゃになっちゃいますよぉ。


「……ユズ、話を続けて」

「はい♪ 傑君、敵軍の状況は何処まで把握出来てるのかな?」

「……正直、攻防戦が始まってからはあんましだ。咲森の見立てだと、開始時点で魔王軍が約10万。こちらは約8000。主攻はゴブリン。練度・士気的に最精鋭部隊だ。それと、お前も見たか? 『蛾』がいる。数は不明だ」

「10万……幹部連も?」

「魔力反応からだと――魔王もいた」  

「へぇ……ユズ?」

「エルさん、少し想定外かもです。傑君、クラスの人達はどれくらいここにいるの?」

「想定外? 面子は変わってない。御剣達が抜けただけだ。……ただ」

「ただ?」

「あいつの班は壊滅した。結果、俺達は此処にいる」


 !!

 御剣君達が。

 ――何かが僕の中で繋がりました。

 腰の袋から宝珠を取り出し、帝国地図を壁に投影します。


「ユズ?」

「おいおい、何だこれ?」

「柚子、こいつは」


 エルさんの膝から降り、地図を見渡します。

 今までに分かった事を整理します。

 

・帝国東部中央の重要都市デナリは魔王軍占領下。

・北部の、ここコーラルは、魔王軍10万による重囲。

・南部コーエンには、一部魔王軍の浸透あり。

・東部全面攻勢は、御剣君が関与。けれど、その結果、彼の班は壊滅……。

・その後、皇帝陛下は暗殺され『勇者』がそれに関わった可能性。


 これらから分かる――わっ!

 突然、後ろから抱き着かれました。も、もうっ! エ、エルさ……あ。


「柚子っちぃぃぃぃぃ。会いたかったよぉぉぉぉ!!!!!」

「わぁぁ♪ 新見さん!」

「ぐすっ……ぐすっ……ほんと、良かったよぉぉぉ……」


 音もなく、現れたのは新見とわさんでした。

 僕の幼馴染で、小学校以来の高校までずっと一緒だった友達の一人でもあります。振り返ろうとすると、首を固定化されました。


「新見さん、痛いですよぉ」

「今、向いちゃ駄目だよぉ。私、顔が滅茶苦茶になってるし、服も汚いからぁぁ」

「……いや、とわ。お前、何処にそんなひらひらした服を持ってたんだ? 何時もの汚い野戦服は何処、がはっっっ!」

「…………口は禍の元だぞ♪」 


 後ろから、傑君の悲鳴が聞こえました。

 ゆっくりと振り返って、新見さんに微笑みかけます。


「えへへ。改めて、新見さん。お久しぶりです」

「うぅぅ~柚子っちぃぃ!」

「おっと。そこまでにしてもらおうかしら。ユズは私のだから」

「……あぁ? 誰よ、あんた。柚子っちから離れなさいよっ!」

「えぅえぅ。エ、エルさん、新見さん。落ち着いてくださいぃ。あ、そうだ。新見さん」

「ん? 何々?」

「教えてください。新見さんの目から見て、今の魔王軍はどんな風に見えますか? さっき、傑君からはゴブリンの最精鋭部隊と蛾がいると聞きました」


 エルさんの腕の中から、尋ねます。

 新見さんは、僕がいた頃から最前線指揮官でした。この一年を戦い抜いてきたのなら、おそらく最も、魔王軍と直接戦った戦歴を持たれていると思います。

 ――僕の予測が正しいならば、おそらくは。


「んーとね……確かに精鋭だとは思う。叩いても叩いても、懲りずにくるし。士気の低下もそこまでは感じない。けど」

「けど?」

「いやね、不思議なんだけどさ……確かに柚子っちが絵を描いて、小絵が形にしてみせた、此処の守りは堅いよ。でも、それにしたって攻勢が温いと思うの。開始時点では魔王と幹部連中の着陣は確認したから、もっと激しくなると思ってたんだけどね。それが、どしたの?」


 ……やっぱり。

 普段の小絵ちゃんなら気付いた筈です。多分、凄く疲れてるだと思います。誰よりも優しい人だから。

 けど――マズイです。このままだと、帝国そのものが。


「田口君、傑君、八重垣さん、新見さん」

「おうよ」

「何だ?」

「柚子森?」

「柚子っち、どうかしたの?」

「……小絵ちゃんは多分、僕のことを怒ってて会ってくれないみたいなので、伝言をお願い出来ますか? 伝えてもらえば分かってくれると思います」

「「「「?」」」」


 四人が怪訝そうな顔をされました。

 そして、さっきの田口君と八重垣さんのように四人で顔を寄せ合って内緒話を始めました。あぅあぅ。ズルいですよぉ。「……どうするよ?」「いや、まずいだろ? 俺は嫌だぜ。後から殺されるのは」「――別にいいのではないか? 断ったのは咲森だ」「あ、蛍ずるーい。でも、賛成かな☆」。聞こえません。

 ……エルさん、どうしてニヤニヤされてるんですか??

 四人が振り向きました。傑君を除いて満面の笑みです。

 田口君が口を開きました。



「分かった。必ず伝える。で、内容は?」

「はい。えっとですね――作戦目的は全兵の撤退です。ただ、その前に『釣り』をしたいと思います」

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