第8話 針路

「敬礼!」


 艦長に案内されて『カストル』艦橋に僕達が入ると、副官さんの号令、乗組員の皆さん一斉に立ち上がり、敬礼をしてくれました。

 慌てて、答礼を返します。えっと……エルさん、ヨルさん、どうしてそんな風に笑ってるんですか? 


「柚樹様は、相変わらずこういう所も反則なのですね」

「はははっ! 柚子森殿。我が艦の女性陣を撃墜するのはご勘弁願いますぞ」

「少年。加減を覚えるべきだ」


 皇女殿下とダグイル上佐、ラルさんまで……も、もうっ。

 僕の味方はサイカさんとスズシロさんだけです!


「艦長、その御方は……」

「ああ、此方は」

「初めまして――キャロル・デレイヤと申します。一応、次期帝国皇帝でございます。よろしくお願いいたします」


「「「「「……」」」」」


 優雅に挨拶をした皇女殿下に、艦橋内の空気が凍り付きます。

 取りあえず今回手に入った情報を整理しつつ、早く次の行動を決めないと。


「艦長、地図を映し出してもらってよろしいですか?」

「了解であります――呆けているな。軍務中だぞ」

「は、はいっ」


 三つ目族のお姉さんが端末を弄り僕達の前方空中に、帝国東部方面地図が浮かびあがりました。ありがとうございます。

 帝国のそれよりは精度で劣るかもしれませんが、今は十分だと思います。


「キャロルさん、この地図だいたい合っていますか?」 

「…………」

「? キャロルさん?」

「……柚樹様」

「はい?」

「やっぱり、この賭け、勝ちましたっ! 空前絶後の大勝利ですっ!! 何なのですか、この投影地図はっ!? 私、このようなもの、見た事がございません」

「え、えーっと……あはは」

「ユズ、帝国とうちとが、大分、技術差があるのは分かっていた事だわ。……どうやら、想像以上に差があるみたいだけれど」

「今更かもしれないけれど、この捕虜に艦橋を見せてしまっていいの? 軍機でしょう?」

「あ、それは大丈夫です。キャロルさんが見たとしても、再現は不可能ですし。何より、これからの帝国には、共和国の『盾』を務めて貰います。その為には、飛空艇の威力を実感して貰わないと。『読書はいい。が……それよりも動け。そして感じろ』。僕の親友が良く言ってました。その通りだと思います」

「確かに。道理ね。と、所で」

「はい、何ですか? ヨルさん」

「……その親友さんは、男よね?」 

「女の子ですよ?」 

「何でよ! あんた、幼馴染も女だったじゃないっ。ちょっと、比率がおかしいと思わないわけっ!?」

「あぅあぅあぅあぅ~も、勿論、男の子の親友もいますよぉぉ」


 服を掴まれて前後に振られます。

 そ、そんなに風にされたら、平衡感覚がおかしくぅぅ――案の定、転びかけて抱き着いてしまいました。

 ……え、えーっと。


「ご、ごめんなさいっ」

「…………」

「ちびっ子。さっさと、ユズから離れなさいよ」

「……エル・アルトリア」

「な、何よ」

「……この子、抱き心地が良すぎない? 何なの??」

「ユズだもの、当然でしょ」

「そっか。そうね」

「そうよ」

「あのあの……そろそろ、離してほしいです……」

「…………」


 名残惜しそうにヨルさんが離れていかれます。

 エルさん、何ですか? その両手は。しませんっ。


「こほん……話を戻します。僕達には、現段階で複数の選択肢があります」


 背伸びをしながら、地図を指さしていきます。

 ……周囲からの視線を感じます。


「第一に、このまま帰還する案。僕達はキャロルさんという、切り札を手にしました。正統性を主張出来さえすれば」

「大規模派兵可能、というわけね」

「はい。ただ、賢人委員会の皆様は難色を示されると思います。第二に」


 指を動かし、帝国中央の都市を指し――と、届きません。

 何とか、しようとジャンプをしても駄目です。すると、ふわりと身体が浮かびました。サイカさん、スズシロさん、あ、ありがとうございます。

 だ、誰ですか!? 今、映像宝珠を起動させたのはっ。


「……帝都を強襲。外科的に物事を処理する案です」

「可能なわけ? 幾ら何でも首都なんでしょう?」

「可能だと思います。ただ、帝都には『勇者』がいます。一戦は避けられないでしょうし、帝国とは未だ正式に戦端を開いたわけではありません。キャロルさんをお招きした情報が帝都に届く前の行動は、外交的敗北を喫する危険性があります。第三案に」


 帝国東方北部の都市を指さします。

 小絵ちゃん達が、籠城している城塞。


「コーラルを解囲し兵力を吸収。これをキャロルさんが率いる軍の主力とします。その後、限定派兵を行い帝国西部――グリーエルに面している部分を占領。正統なる帝国を建国し……え、えっと、僕、変な事を言ってますか?」


 艦橋内全員の視線が、僕に集中しています。

 ま、また何か駄目な事を言ったでしょうか。

 サイカさん達に降ろしてもらい、皆さんの表情を窺います。


「ユズ」

「は、はい」

「―—第三案で救うのは、貴方の幼馴染も含んでいると思うだけれど、その後はどうするのかしら?」

「キャロルさんの補佐に回ってもらいます」

「それでいいの?」

「ん~他に人材がいません。僕じゃ力不足ですし……やっぱり、実戦部隊の信頼がほしいです。キャロルさんも、それでいいですよね?」

「え、ええ。柚樹様の御心のままに。私、立派に傀儡皇帝を務めあげてみせますっ! ……でも、小絵の事はよろしいんですか?」

「小絵ちゃんですか? 大丈夫です。僕と同じ結論を出すと思いますから」

「「「……」」」


 エルさん、ヨルさん、皇女殿下が「うわぁ……」という顔をされた後、ニヤニヤ顔に変わりました。

 そう、まるで、敵失に付け込むゲームプレイヤーみたいです。何ででしょう?


「結論は出たようですな。柚子森殿、本艦は」

「―—針路は北。目的地は帝国の都市コーラルへ。高度は6000以上を維持。敵はやはり、空中戦力の『蛾』を展開しています。それ以下の高度で航行は不可です。また、後で内容を簡単にまとめてるので、首府へ伝送をお願いします」

「了解しました。第三戦速。航海、最短針路を計算せよ。見張り員、良く見張れ。敵は空中にもいるぞ」 

「了解!」


 ダクイル上佐の指示で一気に、艦内が忙しなくなっていきます。

 ……第四案もあるにはあるんですが、これは賭博です。失敗の可能性も高いですし、今回は止めておいた方がいいと思います。小絵ちゃんと相談してからですね。

 後ろから抱き着かれました。その後も重さが加わります。


「エルさん? ヨルさん?」

「ユズ分が足りないのよぉ」

「わ、私は別に……こ、これは監視よ。エル・アルトリアの監視」

「はぁ」

「柚樹様。わ、私は前から抱き着いても?」

「「捕虜は捕虜らしくしてなさいっ」」


 くすくす、と艦橋内に笑い声が響きます。あ、なるほど、場の空気を和ます為だったんですね。流石です。僕もそういう気遣いが出来る男にならないとっ!


 ―—小絵ちゃん達、無事だといいんですが。きっと、あの子の事なので、色々とやっていると思います。はい、色々です。

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