第7話 合流

『で、それが捕虜ってわけ? ……エル・アルトリア』

『し、仕方ないでしょう? ユズが上目遣いで、「駄目ですか?」なんて言ってくるのよ? ちびっ子。あんた、その場面に遭遇して耐えられる自信があるの?』

『…………はぁぁぁ。ねぇ、こいつって? もしかして毎回こうなの?』

『そうよ。だから、とっとと諦めなさい。しっ、しっ』

『ち、違いますっ! お、御二人共、酷いです……そこまで虐めなくてもいいじゃないですか……』

『ユズに発言権はないわ』

『そうね。私とスズシロが上空を警戒してた気持ち悪い蛾を墜としていたっていうのに、あんたは女を誑かしていたなんて……後で、埋め合わせはしてもらうから』

『いや、姉上。「あれ墜としていいのよね? 墜としたらあいつ褒めてくれるかしら♪」と言って、嬉々と、うぐっ……』

『ちびっ子、あんた……』

『ち、違うわよ。あいつらが襲い掛かってきたから、火の粉を払っただけよ。……ち、違うんだからねっ! ねっ!!』

『あ、あはは……』


 皇女殿下を“攫った”僕達は、上空で待機して下さっていた、ヨルさん達と合流を果たしました。

 それにしても……『蛾』ですか。


『ヨルさん』

『な、何?』

『その蛾に人は乗っていましたか? それと高度は?』

『乗ってなかったわ。あれは、使役している術者が近くにいないと統制出来ない魔物ね。そこの捕虜が率いていた軍内か、都市内に術者がいるんじゃない? 高度は約2000前後』

『ちびっ子。あんた、自分が今、言ってる事の意味を理解してる?』

『分かってるわよ。だけど――そこまで計算の内でしょ?』

『ユズ?』

『……術者がいたなら、僕等の情報が少し渡ってしまいましたけど、その代わり、事前に魔王軍の『切り札』の一つである空中戦力を把握出来ました。取引としては悪くありません。魔王軍から難癖をつけられても突っぱねられます。一撃ですよね?』

『当たり前でしょう。13匹いたわ』

『13、ですか……』


 中途半端な数です。もしかしたら、統制役の蛾も混じってたのかもしれません。

 集まってくる断片情報を整理して、考えます。

 ——うん。何とかなるかもしれない。

 後は、小絵ちゃん達が数日間、粘ってくれれば。


『…………』

『小娘。あんたは、仮にも捕虜なのよ? 少しは怯えてなさい――カッコいいユズも私のユズよ』

『エル・アルトリア! カ、カッコいいってどういう事よ!? スズシロ!』

『こ、こらっ、ちびっ子! 危ないでしょ。寄せてくるんじゃないわよっ』


 大貴族の人達は、申し訳ないんですけどどうとでもなります。

 ――エルさんとヨルさん。そして、サイカさんとスズシロさんと『カストル』。

 真正面からでも、対空装備がない軍なら壊乱させることすら出来ると思います。

 問題は御剣君です。 

 この戦局にも関わらず、『勇者』が帝都に引き籠っている。普通に考えればあり得ません。

 彼率いるパーティは一年前の段階で帝国最強部隊でした。 

 つまり、『錐』としての役割を果たせる筈です。なのに、コーラル解囲に投入されないなんて……やっぱり、前皇帝陛下の死に関わっているとしか。

 他の可能性としてあり得るのは――


・戦場へ行くことに恐怖を覚えていて、戦力外となっている 

・怪我か病気で、前線に出られない。

・大貴族側に取り込まれた


 ……腑に落ちません。

 彼が果たして、そんな状態になるしょうか?

 僕は、覚えています。

 一年前、ベヒーモスと一緒に落ちた僕を、最後まで救おうと周囲の制止も振り切ろうとしていた彼の姿を。

 人は変わります。だけど……ひゃぅ。


『クワァ』『くるる』

『サイカさん、スズシロさん、く、くすぐったいですよぉ。——でも、ありがとうございます。そうですね、今、考えても仕方ないですね』


 分かったらいい、と目を細め、サイカさんとスズシロさんが向き直りました。

 一気に速度が上がり、急上昇。

 皇女殿下が、僕の左腕にしがみ付かれました。大丈夫ですよ。堕ちる事はないですから。初めてだとちょっと怖いですよね。

 そう思っていたら、右腕に柔らかい感触。へっ?


『きゃーユズ、こわーい』

『エル・アルトリアっ! あんたがこんな事で怖がる筈ないでしょ! はしたないっ! 今すぐ、離れなさいっ。は・な・れ・ろー!!』

『いやー』

『きー!』

『……姉上、羨ましいならきちんと言葉にしな、ごふっっっ…………』

『愚弟、少しだけいい子だったわ。……う、羨ましくなんかないんだからねっ!』

『はい、分かってますよ』

『……………………そこは、少し、分かりなさいよ、バカ』


 ヨルさんが何か囁かれた気がしたんですけど、聞き取れませんでした。

 ——雲が途切れ、蒼穹の空に浮かぶ『カストル』。綺麗な艇だと思います。

 一早く、僕達を発見してくれたのでしょう。発光信号。左袖が引かれました。


「……柚樹様、あ、あれは飛空艇、ですか?」

「そうですよ。共和国の最新鋭飛空艇です。カッコいいですよね」

「……私、今、確信いたしました。この賭け、勝ちました。大勝ちです」

「?」

「何よ、小娘。ユズを信じてなかったわけ? 勝ちに決まってるでしょう。私のユズは凄くて、可愛くて、カッコよくて、頑張り屋さんなんだからっ! ほら、もう水平飛行よ。とっとと離れさいよ、ほら」

「い、嫌です。それを決めるのは柚樹様では?」

「こ、この小娘」

 

 エ、エルさん、少しだけ大人げないかなぁ、って思うんですけど……。

 こ、皇女殿下も、そろそろ離れてくれても――あ、まだ、怖いんですか? そ、それなら仕方ない……エルさん、右腕が痛いです……。

 

 ――『カストル』に着艦したら、出迎えてくれたダグイル上佐に大笑いされました。「死地へ赴かせたと思っていたら、帝国の美姫を攫って来られようとは! 流石は、『剣星』様方が見込まれた御方。この、ダグイル、感じ入りましたぞ!」。 な、成り行きなんです。何時もじゃないです。本当ですよ? エ、エルさんも否定してくださいよぉ。

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