第6話 宣告
「そこまでにしていただきましょうか、キャロル・デレイヤ殿下。よもや、貴女様が我が国を共和国の狗共に売り渡そうとするとは……この売国奴めっ! こうなっては、貴様の指揮になぞ従えぬ。今より、このコーエンにいる軍は、この私が指揮を執る!」
踏み込んで来られた十数名の騎士さん達に囲まれながら、キャロルさんへ汚い言葉を浴びせたのは、さっき僕等を詰問しようとした指揮官さんです。
う~ん。つまり。
「キャロルさん、あの人は貴族さんですか?」
「……正確には異なります。何代か前に没落した家系と聞いていますが」
「あ、なるほど。つまり、この人達が大貴族さんから送り込まれていた間者さんですね」
「なっ!? こ、この異人がっ! こ、この脱走者が私を間者呼ばわりするだと! 許せんっ!! ……皇女以外に用はない。殺せっ! その女は好きにせよ」
はぁ……エルさんと、サイカさんに視線を向けると、あぅあぅ。これは、もう僕でも止められません。
「ユズ」
「クワァ」
「…………一応、聞きますけど、理解はしてますか? エルさんに剣を向ける事の意味を。その結果、共和国がどう考えるかも」
「貴様らの思惑など知ったことかっ! 我等には、未だ貴族軍の本軍が健在なのだ。売国奴と化した現皇家は皇位から追放し、然るべき御方を戴き我等は魔王軍を叩く! そして、その後は貴様らだっ! 分かったか、狗がっ」
「……分かりました。エルさん、サイカさん」
一瞬でした。
疾風と化したエルさんが、指揮官の騎士を除いた十数名を抵抗すらさせず、打ち倒したのは。……呻き声はしているので、殺してはいないみたいです。
呆然とする騎士の首筋に、奪い取った騎士剣が突きつけられ、サイカさんは小竜のままですが、都市破壊級の魔法を照準しています。
余りの出来事に、思考が追い付いていなかったのでしょう。声も出せずにいた騎士が口を開こうとします――ですが。
「ねぇ、誰が口を開いていい、と言ったのかしら? あんたの命には何の価値もないのよ? 大方、貴族位への復権を餌に、情報を流していたのでしょう? 間者には……拷問が相当だと思わない?」
「っっ!? 待、ぅ」
「だーからぁ……口を開いていい、と私もユズも言っていないのでしょう? そこのあんたも、剣を抜いたら敵と見なす。あんた達の生殺与奪は――ああ、違うわね。帝国の命運は、今、この場の行動にある。その程度を理解出来ないようなら、もう滅びるしかないわよ?」
爺やさんが、騎士剣の柄に手をかけているのはエルさんが冷たい言葉で切り捨てます。サイカさん、照準しなくても大丈夫ですよ。
さて、と。
「キャロルさん」
「……柚樹様、申し訳ございません。今の私は……この程度なのです……」
「分かりました。エルさん」
「ユズ、温情をかける必要はないと思うわ。全部、私が斬れば済む事よ。……その、小絵、っていう子だけ救い出せば終わる話じゃない」
「それだと、共和国の――グリーエルの利になりません。帝国が滅びれば、あそこが最前線になってしまいます。やっぱり『盾』は必要です。……ダメ、ですか?」
「……ユズのバカ。その質問は反則だわ」
エルさんが、騎士剣を投げ捨てます。
それを見た指揮官が反応。反撃しようとしますが――エルさんの一瞥で、腰が抜けたようにへたり込み、気絶してしまいました。精神が保てなかったみたいです。
……良かったです。後、半歩踏み込んでいたら、両断されていたと思います。少し臭気が漂いますけど、命は拾っただけ幸運だと思いますし。
サイカさんが、僕の肩に乗って来ました。ありがとうございました。
「キャロルさん」
「……はい」
「えーっと、今から貴女を攫います」
「!」
「なっ!? き、貴様、何を言って!」
「……ねぇ、いい加減学んだら? 今、この場で斬っても私達は何の問題もないし、むしろ私はそうしたいんだけど? ……ユズの一言で、そこの小娘の命は決まるのよ」
「っ!」
「爺――柚樹様、それはつまり、私の提案を受け入れてくださるという事ですね」
「共和国にとって現実を見えてない人に帝位を簒奪されても、迷惑なだけなんです。かと言って、積極的に魔王軍とやり合いたいわけでもありません。帝国よりも、魔王との交渉が成り立つ可能性が高いなら、尚更です。帝国を魔王と分割する選択肢も当然あります」
「……けれど、帝国の過半を飲み込み、国力を増した魔王領と国境を接したくもない」
「はい。なので、キャロルさん、貴女には皇帝になってもらいます。国内の大貴族さん達悉くを打倒してもらい、共和国の『盾』になってください。でも、この地には敵が多過ぎます。信頼出来るのは爺やさんだけですか?」
「…………」
こくり、と首を傾け、身体を震わすキャロルさん。
ああ、ならやっぱり小絵ちゃん達がいないと駄目だ。
「なら、やっぱり貴女をここで攫います。爺やさん」
「な、なんだ」
「その事実を帝都へ伝えてください。『共和国によって皇女殿下は拉致された』と」
「そ、そのような事を伝えられば、奴等はますます図に乗るではないか!」
「……それでいいんです。どうせ、潰すのならばまとまってくれていた方がいいですから」
「き、貴殿……」
爺やさんの目が大きく見開かれる。変な事を言ったつもりはないですよ?
後は……わぷ。
「エ、エルさん?」
「ん~♪ ユズはほんとっ可愛いなって♪」
「か、可愛いは、誉め言葉じゃないですよぉ」
「うふふ♪ ……と言う訳だから、小娘。短い付き合いだと思うけど、立場を弁えて行動するように。あんたは、単なる捕虜。そして、ユズは私のユズ。いい? 分かった?」
「……柚樹様……帝国再建が成った暁には、こんな憐れな私を支えてくださいね」
「言った側から……いい度胸してるわね……」
「え、えっと、えっと、そ、そろそろ行きましょう。ヨルさんが待ってます。爺やさん、必ずキャロルさんの事、帝都へ御報せくださいね? それが伝われば――そう、変な事にはならないと思いますから」
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