第5話 乱入者

「……確かに、十理あるわね。ユズにその気があれば、とうの昔に帝国は共和国が併合していただろうし」

「手札の中では、最善の選択肢だったと自負しています」

「あんた、中々やるじゃない。ほんの少しだけ見直したわ」

「そ、そんな事にはなりませんっ! も、もうっ。キャロルさんも、エルさんも……そうやって、僕の事を過大評価して……」

「そうかしら?」「そうでしょうか?」


 御二人がきょとんと小首を傾げられます。その姿はとっても微笑ましいんですが……はぁ、あの子もそうでしたけど、何故か僕に対する評価が異様に高い部分があるような気がします。決して、そんな事ないのに……。

 取りあえず、状況はある程度、把握しました。


「キャロルさん、幾つか質問していいですか?」

「はい、勿論です」

「では――グリーエルに援軍打診の使者が訪ねて来られたんですが、その方達の事は知っていますか?」

「話は聞いています。ですが……帰着を待たずに、私はこの地へ。その後、兄上も……帝都に戻っているのかすら分かりません」

「二つ目です。『敵』はやはり――大貴族さん達ですか?」

「……その通りです。一年前に柚樹様は言われていましたね。『片手片足を縛られた状態で戦ったら負けます』と。当時、その御言葉を真に受けたのは――小絵達だけでしたけれど、お恥ずかしい限りです」

「キャロルさんに責任はないと思います。僕達の世界でもよくあった事です。後から愚か、と言うのは誰にでも出来ます。必要なのは『今』何をするか、です。貴女は行動されました。誰にでも出来る事じゃありません。ご自身をそんなに責めないでください」

「柚樹様……!」

「——ダメよ。ユズは私の。……あんた達は一年前に捨てたんだから、もう権利なんかないのっ。残念だったわね。この子に全軍の指揮は無理でも、一軍の指揮を執らせていれば今頃、魔王領に侵攻していたでしょうに。まぁ、ベヒーモス如きと引き換えにする帝国じゃ不可能だったんだろうけど。さっきも言ったけど、ユズを頼ったのは評価するわ。でも――この子をぞんざいに扱ったのはそっち。今更、丸投げしようとするのは、幾ら何でも虫が良すぎると思わない? うちの国では、そういう人種のことを恥知らずって言うのだけれど、帝国では違うのかしら?」


 感極まったように手を伸ばされた皇女殿下から、まるで僕を守るようにエルさんが、頭を抱いてきます。あぅあぅ、言い過ぎですよぉ……。

 爺やさんが、怒りで顔を真っ赤にされて震えておられます。

 

「爺。これ以上、私に恥をかかせないで。……確かに、私達は柚樹様を結果的に、見捨ててしまいました。何かを言う立場にないのは重々承知しています。また、今の私には何の力もありません。書簡で申し出た内容を実現するのは、非常に困難でしょう」

「姫様! そのような事は……! 姫様が、帝位につかれた暁には――」

「無理よ。このままでは、何れ私達は敗れる。それが、魔王軍相手なのか――人相手なのかは分からないけれど。だけど、私はこの国を守りたい。兄上が愛したこの国を。その為に使えるモノは何でも使う。私自身も例外じゃない。それが――後世において、売国奴と呼ばれる行為であったとしても。柚樹様」

「……キャロルさん。それには賛同出来ません。この状況下で、貴女が自らの手で国を割る、と? 僕は大貴族の方々が抱えておられる軍の練度を知りませんが、戦訓反映がされていなければまず間違いなく殲滅されると思います。そうしたら、この国はもう……。むしろ、魔王軍との講和を画策した方が可能性は高いんじゃないでしょうか」

「分かっています。ですが……私達は、。今や、魔王軍が恐れているのはコーラルに籠城している独立第一親衛中隊——小絵達のみです」

「嗚呼、やっぱり……。小絵ちゃんは、全軍の囮になったんですね? 御剣君達もですか?」

「……いえ。あの方は、帝都にいる筈です。どうでもいい事ですが」  

「? 局地戦なら、『勇者』の力は切り札に」


「待って――ユズ」

「は、はいっ!」


 エルさんが、何時になく、真剣な表情で僕を見ます。

 えっと……あ、話が分からない、という事でしょうか? 僕の悪い癖です。反省しなきゃ。


「——細かい話はまぁいいわ。つまり、その小娘を使って、をでっち上げるか、あげないか、っていう事よね。だけど、ユズは乗り気じゃなくて、魔王軍との講和がいい。でも、帝国が負け過ぎているから、それが困難。唯一、脅威を与えている部隊は北で重囲下。ここまでで、何か間違いあるかしら?」

「合ってます。それと、そもそもそんな馬鹿な内戦をしている余力があるか、ですね」

「『盾』になりえるか、もね」

「はい。……残念ながら、かなり難しそうですけど」

「た、『盾』だと!? 栄えある、我が祖国を何だと――!」

「……爺。口を挟むのなら、退室して。それとも、貴方に何か策があるのかしら?」

「っ! ……失礼を致しました」 


 爺やさんは、とてもいい人なんだと思うんです。

 皇女殿下を愛し、祖国を愛し、正義を信じている老騎士さん。強きをくじき、弱きを助ける。僕が好きな小説に出て来る理想そのものです。

 ……でも、だけど、それだけじゃ戦争には勝てない。勝てないんです。


「話を戻すわ。ユズ、あのね」

「はい」

「貴方が決める事に異議は唱えないわ。それが、きっと共和国にとって最善だから。でも……その……あの、あのねっ!」

「エルさん?」

「…………小絵っていう子は誰なの、かしら?」

「へ? 小絵ちゃんですか?? えっと、う~ん、何て説明したらいい――」

「ユズ!」


 エルさんの切迫した声。

 強大な魔法障壁が瞬時に展開され僕を抱きかかえて、跳躍。

 サイカさんも、ふわり、と浮かび上がり臨戦体勢をとられています。

 同時に扉が爆散。中へ完全武装の騎士さん達が踏み込んできました。



「何よ? 一番、あり得なさそうだったんだけど……これ、宣戦布告と受け取っていいのよね?」

「エ、エルさん、待ってくださいっ! この人達の目標は」

「……私でしょうね。申し訳ありません。巻き込んでしまったようです」

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