第4話 会談

 僕達が案内されたのは、比較的損傷が少ない建物でした。

 それでも、そこかしこに亀裂が入っています。本営として、使用している場所まで『敵』に入り込まれた、と。

 廊下を進んで行く、奥への部屋へ通されます。

 皇女殿下と爺やさんが先に入られ、その後で僕達も入ります。

 後ろから着いて来ていた複数の騎士さん達が、続けて入って来ようとした時、皇女殿下がをそれを止められました。


「貴方達は扉の外で待機を」

「姫様! 危険です。このような得体の知れぬ者達と……」

「……あぁ?」

「特使殿。——口を慎め! これは帝国にとって極めて重大な会談なるぞ。鼠一匹とて、中に通すな!」

「騎士長殿……はっ。申し訳ありませんでした」


 渋々といった様子で出て行かれ、扉が大きな音を立てて閉まりました。

 この様子だと、状況について、大きな齟齬があるみたいです。それに……へっ?

 突然、皇女殿下に抱きしめられました。目には涙が浮かんでおられます。

 

「!?」

「柚樹様……良かった……本当に、本当に、良かった……生きて、生きて、おいでだったのですね……あの大橋から落ちられた、と聞いた時はもう会えないと、思ったんですよ……? 貴方様に似た御人がグリーエルにいる、とつい最近、風の噂で聞いた時の、私の気持ち……御分かりになられますか?」

「え、えっと、皇女殿下」

「——キャロル」

「え?」

「以前と同じように、キャロル、と呼んではくださらないのですか? 私達は、身分云々の前に、共に訓練をし、共に戦った戦友の筈です」

「そ、それは……」

「はーい! そこまでよっ!! ……あんた、私の目の前で私のユズに手を出すなんて、どうやら死にたいようね? 今、ここで、帰ってもいいいのよ?」

「それを決められるのは――柚樹様です。そうですよね?」 

「……エルさん」

「ユズ。いい? 私はとっっても寛大だけど、浮気は駄目なんだからねっ! ……後で、詳細説明ねっ!」

「クワッ!」

「え、えーっと……と、取りあえず、座りましょ。皇女――キャロルさんも」

「はい♪」


 皇女殿下がようやく、向かい側の席に座られました。その後方には爺やさんが眼光鋭く、僕等を見ています。

 エルさんも、僕の手を取り椅子に座られました。サイカさん、は僕の肩の上です。


「戦地故、お茶を出す事も出来ません。申し訳ありません。それと――先程の非礼、申し訳ありませんでした。本来、近衛部隊と異人様達を救われた柚樹様は英雄。けれど……」

「あ、大丈夫です。他の人達が撃退した事になってるんですよね? 具体的には『勇者』の――御剣君の手柄にですか?」 

「何故、それを!? 貴公、突然『剣星』と共にこの場所へ現れた事もそうだが……何処まで知っているのだ?」 

「詳しくは何も。あの後、僕はエルさんに救われて、共和国で過ごしてきましたけど、基本的に帝国の情報って殆ど入ってこないんです。精々、魔王軍と東の方で戦争をしている、っていう事位でしょうか。でも、断片的情報を集めれば、何となく推察は出来ます――キャロルさん。単刀直入に聞きますけど、貴方の兄上であられたを画策していませんでしたか? そして……それに反対する勢力の手でされた」 

「!? き、貴様! どうして、それを知って……やはり、共和国の回し者であったか!! 姫様、御下がり――っっっ!?!」


「…………いい歳して、黙って話も聞けないわけ? あのね、今は私のユズが話しているの。聞けない、って言うなら別に構わないわ。共和国特使『剣星』エル・アルトリアの名を持って、この会談は破談。以後、共和国はキャロル・デレイヤを交渉相手にはしない。と言うより、交渉する価値もなさそうだけれど。あんた達、もう行く所もないんでしょう?」


「うぐっ……」

「エ、エルさん。僕は大丈夫」

「私が大丈夫じゃないのっ! ……あんたも自分の側近位、何とかしておきなさいよ。帝国の中枢が馬鹿ばかりなのは知ってるけど、まさか、この期に及んでユズの力を見誤っているのなら、未来はないわね」


 エルさんが本気の殺気を、御二人に叩きつけられています。皇女殿下の前に回った爺やさんの額には大粒の汗。

 サイカさん、大丈夫ですよ? ほんとのほんとですよ?


「……爺、下がりなさい」

「し、しかし、姫様」

「爺?」

「……はっ」

「柚樹様、どうして、お兄様の事がお分かりに――いえ、愚問でしたね。貴方様の御力を持ってすれば、断片情報だけでもその程度は……その通りです。お兄様は、暗殺されました。私が付いていれば、こんな事には……!」

「キャロルさん……貴女も狙われたんですね?」 

「……貴方様に隠し事は出来ませんね。皆の奮戦で辛うじて撃退する事は出来ましたが、帝都や他部隊への通信は遮断。ならば、使者を、と思いましたが、悉く消息を絶ちました。私も足を負傷し……。大方。前線視察中に行方不明、とでも報告されているのでしょう」


 儚げに皇女殿下が笑われます。この御方は僕達がこの世界に来た当初から、何故か親しくして下さいました。その時は、何時も一生懸命に、みんなを励ましてくれる御方だったんですが……やっぱり、少しだけ気落ちされているみたいです。


「で、共和国へ使者を送った、と?」

「はい。帝都よりは届く可能性がありましたから」 

「現時点では、あんた自身には何の力も、権限もないのに?」

「はい」

「……あのね。そんなあんたに共和国が力を貸すと思うわけ?」 

「いいえ。ですが――私には利用価値がある筈です。そうですよね? 柚樹様」


 不敵な眼差し。

 ……えーっと、もしかして。いや、そんなまさか。


「皇女殿下」

「キャロルです」 

「…………キャロルさん、賭けましたね?」

「はい。兄様が暗殺され、東部戦線は大貴族達主導の無謀な大攻勢が頓挫。魔王軍が投入してきた『蛾』によって、戦線までもが崩壊……デナリは陥落。コーラルも重包囲下にあります。そして、私自身が握っている戦力は極僅か。状況は最悪。無論、私自身、最後の最後まであがくつもりでおりましたが……それでも、届かない可能性は高い。ならば」


 にっこりと微笑まれました。

 あぅあぅ……この笑顔、エルさんやあの子が僕に対して無茶振りをする時と、同じです……。



「この一年の間に、柚子森柚樹様が共和国中枢へ影響を与え得る存在になっている。そちらに賭けた方が合理的――そうは、思われませんか? 『剣星』エル・アルトリア様」

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