第3話 王女

 帝国東南方面の中心都市であるコーエンは、他の帝国諸都市と同じで四方を城壁に囲まれています。

 けれど、僕等の眼下にある城壁の一部は崩れ、激しい戦闘があったことを物語っています。

 ……でも、これは。


「エルさん」

「ユズ、これは魔王軍の仕業じゃないわね。崩れている箇所が、通常の進行方向じゃないし、魔力の残滓も……人のそれだわ」

「そうみたいですね。どうやら――」


 サイカさんの魔力障壁に数本の巨大な矢が接触、全て消失します。バリスタ? あの『対空』という概念を理解しようとしなかった、帝国軍が?

 ともかく……発見されたようです。

 多少の魔力も込められているみたいですが、サイカさんの魔力障壁は強力。この程度で、貫通する事はありません。けど、良い気持ちもしません。


「サイカ、あの広場に降りてちょうだい」

「クルル?」

「大丈夫よ。まだ、吹き飛ばさなくて」


 うぅ……エルさんとサイカさんの会話が怖いです……。サイカさんなら、これ位の都市、単独で陥落させる事も出来る筈なので、冗談に聞こえません。

 その後も次々と矢、降下していくと魔法が僕達を狙ってきましたが、数百展開されている魔力障壁の最外層も貫かれず、中央広場に着陸しました。

 周囲を帝国軍の兵士さん達が取り囲んでいます。負傷されている方も多く、やはり、つい最近、戦闘があったようです。


「さ、ユズ」

「エ、エルさん、大丈夫です。一人で、あぅ」


 抗弁する間もなく、エルさんに御姫様抱っこされて、サイカさんから降ります。

 遠巻きに囲んでいる帝国軍からざわめき。うぅ……。 


「……エルさん、意地悪です」 

「だって、拗ねてるユズも可愛いんだもの♪」

「うぅ……と、取りあえず、お、降ろしてくださいっ!」

「仕方ないわねぇ」


 もうっ。人前でやらないでください、って何度言えば聞いてくれるんですか?

 ……酷いです。あんまりです。僕にだって羞恥心があるんです。

 じりじり、と槍を構えて帝国軍が包囲の輪を狭めてきました。

 説明しようと、口を開き――むぐ。


「私はエル・アルトリア。『剣星』の名を持つ者! それと――レヴァーユ共和国特使でもあるわ。その私を攻撃する、つまり、交渉は決裂。そういう事でいいのかしら?」


 周囲の帝国軍がざわつき、動揺。あ、これ知りません。

 つまり……強面の騎士さんが出てきました。どうやら指揮官さんのようです。


「貴様のような娘が共和国特使? しかも『剣星』?? はっ! そんな事を信じられる筈ないだろう。お前らは何者だ!」

「……あぁ?」

「クワァ?」

「エ、エルさん、サイカさん、待ってくださいっ! あのあの、僕は柚子森柚樹って言います。一年と少し前に召喚された異人です。この人が共和国特使、というのは本当です。王女様に話を」

「黙れっ! 異人様達は王都にいるか、コーラルで戦っているか、だ。……そうか、貴様の名、聞いた事があるぞ。一年前に行方不明になったという異人。まさか、共和国に逃亡していたとは! この裏切者っ!! お前の仲間達が必死に戦っているというのに、逃げだした卑怯者めっ!! 今、この場で俺が――っ!」


「…………へぇ」


 あぅあぅ、エルさんの目が本気です。

 凄まじい魔力の奔流と共に、空間に魔法陣が展開、美しい剣が姿を現しつつあります。こ、これが抜かれたら……。

 サ、サイカさん! だ、駄目です。そ、そんな魔法をこんな所で発動したら都市が吹き飛んじゃいます!。

 ぼ、僕なら大丈夫ですから。本当です。嘘じゃないです。そういう風に言われるのも当然かなって思いますし。

 えっと、その、エ、エルさん?


「……遠路遥々、そっちが人を呼びつけておいておきながら、いきなり私のユズを侮辱するなんて……あれよね? それは、殺してほしい、っていう意志表示よね? いいわ、殺してあげる」  

「~~~!?」


 騎士さんが口をぱくぱくさせて、蒼白になっています。何か、命令を下したいのでしょうけど……周囲の兵隊さん達もエルさんとサイカさんは放つ殺気で、完全に硬直中。

 その時でした。


「——お待ちあれ」


 兵隊の中から、白髪の老騎士さんが姿を現しました。確か、あの人は王女様の。

 深々と頭を下げてきます。


「部下の非礼、申し訳ございませぬ。これは、我が主君の本位では決してございませぬ。どうか、どうか、この場は収めていただきたい」

「……話にならないわね。あんたの主君ってのは部下に謝らせておいて、この期に及んで人前に出てこない、馬鹿なわけ? そんな相手とどうして、私が交渉しなくちゃならないのかしら? しかも、謝る対象が違うでしょう?」

「そ、それは……」

「——爺、大丈夫よ。ありがとう」


 兵達の壁が割れ、杖をついた金髪の少女が歩いて来ました。どうやら、足を負傷されているようです。

 僕の顔を見ると、驚き、ほんの少しだけ笑われました。そして、エルさんに頭を下げられます。


「非礼、お詫びいたします。申し訳ありませんでした」

「……あんたは?」

「私の名は、キャロル・デレイヤ。デレイヤ帝国第一皇女。書状を送った者です」

「で? それだけなわけ?」

「……柚子森様」

「お久しぶりです、殿下」

「生きて、生きておいでだったのですね……良かった、本当に良かった……。そして、ごめんなさい。貴方に助けられておきながら、その事実は」

「——その話は後にしましょう。御辛そうですね。お怪我を?」

「掠り傷です。すぐに直ります」


 一国の王女様が、手傷を負う。そこまで追い込まれた、と。

 エルさんに目配せをします。これは……予想以上に難儀な話みたいです。


「まぁいいわ。何処か落ち着ける場所はないわけ? そこで話だけは聞く。交渉になるかは――それからよ」

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