第1話 目標上空高度6000

「それじゃ、ちょっと行ってくるから、『カストル』はこの高度で待機を」

「……アルトリア様、やはり本艦も低高度にて、支援に当たりたく」

「駄目よ。そうよね、ユズ?」

「は、はい。ごめんなさい。状況が分からないのでやっぱり、待機していただいた方が良いかと思います。帝国にはまともな防空体制はないので、サイカさんが発生させていた雲のお蔭で、まだ気付かれてはいないと思いますけど――罠の可能性もありますし」

「ですが、柚子森殿。本艦の火力は強力です。たとえ、罠があろうとも薙ぎ払えるものと自負しています。是非とも、御再考を」


 僕達を甲板までわざわざ見送りに来てくれたダグイル上佐が僕の目をじっと見てきます。

 現在、『カストル』は高度6000で巡行中。サイカさん達が張ってくれている結界で、こうして外にいても全然寒くありません。

 確かにこの艦の火力は凄いです。仮に、これから行く会談場所に罠があっても、喰い破れるだけのものはあると思います。

 でも……。


「ごめんなさい。やっぱり、駄目です」

「それは……ご指摘された対空火力が不足している、からでしょうか?」

「はい」


 この世界では、まだ所謂『空戦』が発生していません。

 何しろ、まとまった数の飛空艇を保有しているのは共和国とその同盟諸国だけ。 帝国は辛うじて運用はしていますが、戦力としてではなく、あくまでも示威目的と、対共和国用としての見せ駒です。

 ――結果、最新鋭艦である『カストル』にも、まともな対空火力は装備されておらず、主に対地火力のみとなっています。


「僕の推測だと……帝国の一部は、魔王軍と繋がっています。そして要塞都市であったデナリの呆気ない陥落。まとまった航空戦力が投入された、と考えるのが自然です。あそこは、まともに攻めて落とせるような都市じゃありませんでしたし……。つまり、これが罠であるならば」

「厄介な連中が待ち構えている可能性が高い、ってわけね。そして同時に、私とエル・アルトリア、それにスズシロとサイカなら、どうとでもなる」

「はい。本当は、僕だけ送ってもらって」

「「駄目」」

「……はい」

「うむ。そうだぞ、少年。と言うよりだな……わ、私は行かなくても良いのではないか? 航行している飛空艇から、騎竜に乗って目標に、なぞ……」

「……愚弟。貴方、武門であるグリームニル家に生まれたのでしょう? こんな可愛い子が怖がってないのに、恥ずかしいと思わないの? 覚悟を決めなさい。別に、ここらか突き落としてもいいのよ?」

「あ、姉上、そんなご無体な……。少年は、アルトリア殿と姉上、それに騎竜殿からも信頼されている者ぞ? そのような者と、一般人である私を、ごふっ……」

「ガタガタ、うっさいのよ。まったく」


 ラルさんが、床に倒れ伏しました。どうやら、気絶されているようです。あ、スズシロさんが魔法の腕? で回収されて、背中に乗っけられました。うわぁ、こういう使い方もあるんですね。


「しかし、本当にこんな場所に、その書状を送って来た王女はいるのでしょうか? ここは前線ではあるが……話に聞く、デナリやコーラルでもない。東南地区ですが……」 

「分かりません。いなかった場合、エルさん達は情報を収集して先に帰、かぅ」

「ユズ、そういう馬鹿な事を言う口はこれかしら? いなかった時、罠だった時は斬ればいいだけだわ。いい? ユズの敵は私の敵。私の敵は私の敵よ! エル・アルトリアの名に賭けて、全てを斬ってみせる! それに、私、これでも特使なのよ? ああ、そこのちびっ子。あんたはいなかったり、罠だったら先に帰んなさいよね。私はユズと二人っきりで戦場デートを楽しむから」

「そんな事出来るわけないでしょう? 私の役目は貴女の御目付。貴女の行く所には、私も行くわ。……ま、まぁそこに、おまけがついてくるのは仕方ないことよね」

「あら? 貴女にとって、ユズはおまけ、なのね? へぇ~ふ~ん」

「うぐっ……あ、あくまでも比喩、そう比喩表現としてそういっただけであって、べ、別にそういう風に思ってるわけじゃ……あ、あんたも!」

「は、はいっ」

「……誤解しないでよね。それと危ないから、ぜっったいに、私の手を離しちゃ」

「はーい、駄目ですー。何故ならユズの手を握るのはわ・た・し☆」

「なっ!?」


 いきなり、エルさんに抱き着かれました。あぅあぅ。

 ち、ちょっと苦しいです……


「に、握ってないじゃないっ! だ、抱き着いてるじゃないっ!」

「えー。エル、分かんないー。はぁ……ユズって、いい匂いがするのよね。癖になるわぁ」

「……エル・アルトリア。やっぱり、貴女とは決着をつける必要があるみたいね」

「ヨ、ヨルさん、駄目ですっ! も、もうっ、エルさんも。そうやって、僕を使って、からかわないでくださいっ! サイカさんと、スズシロさんもそう言ってますよ?」

「ユズは真面目ねぇ。人生はもっと遊ばないと駄目よ? あ、勿論、女遊びは駄目だけど。私だけのユズでいてね?」

「エ、エルさん!」

「ふふふ~。さ――気晴らしはこれ位にしておきましょうか。ちびっ子」

「……分かってるわよ。スズシロ!」


 ヨルさんの一言で、スズシロさんが大きな翼を広げられました。

 サイカさんも、準備万端みたいです。


「うちの子の方が、防御力は高いわ。前に出るから、間違っても傷つけるんじゃないわよ?」

「誰にものを言ってるの? 私が、私のユズを危険に晒す筈ないでしょう?」

「「~~!!」」

 

 御二人が睨み合っています。

 はぁ……本当は仲良しなのに、どうして喧嘩されるんでしょうか?

 ダグイル上佐に微笑みかけます。


「えっと、えっと……では艦長さん、行ってきますね。吉報をお待ちください」

「……御武運を。帰還を全乗組員とお待ちしております」

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