第11話 危機

 元老院へ向かった僕達は、いきなり賢人委員会の方々が使われている大会議室へ通されました。

 どうやら、事態は想像以上に緊急みたいです。

 会議室へ入ると、疲れた表情をされているレオンさんと、カトレアさんが手を振ってくれました。おはようございます。

 賢人の御一人――議長さんだと思います。耳長族の男性です――が、昨日座った席に着いた僕を見つめて、口を開かれました。


「――来てくれたか。早朝からの召喚に応じてくれて、まずは感謝を」

「い、いえ、大丈夫です」

「早速だが本日未明、帝都に潜ませている諜報員から最新情報が届けられた。一つは、君が予見していた通りのものだ。帝国軍は、東部戦線にて限定攻勢を実施し――そして、惨敗した模様だ」

「……惨敗、ですか?」

「うむ。当初は魔王軍を押し返したようだが……一部突出した異人精鋭部隊が、前線にて包囲され潰走。そこから、逆襲され東部の都市、デナリが陥落に至ったらしい」

「デナリ、が! あの、要塞都市が落とされたと?」


 要塞都市デナリは、帝国東部戦線の要とも言える都市です。

 五重に築かれた分厚い城壁によって守られ、帝国軍の偉い人の中には『難攻不落』と言う人もいました。

 僕から見た限り、確かに既存の城壁としては非常に優れていると思いましたが、『対空』の概念が抜け落ちているようにも見えました。おそらくそれは、魔王軍内に、有力な空中戦力が存在しないことも影響しているんだと思いますが……。 

 

「俄かには信じ難いがどうやら事実のようだ」

「デナリが失陥したとなると……余程、大胆な手を打たない限り、東部戦線が早期崩壊すると思います。その場合は、帝都が戦場になる可能性が非常に高まる可能性が」

「ユズ坊主、それはどういうことだ?」

「帝国東部戦線において、デナリは最大の補給基地も兼ねていました。東部戦線のほぼ中央に位置し、圧倒的な防御力を持っているからです。けれど、そこが魔王軍の手に落ちた……東北・東南戦線は、何もしなくても物資欠乏に陥るでしょう」

「だが、ユズ君。帝国軍とて、馬鹿ではないだろう。奪還作戦は早期に実施されるのではないかな?」

「……おそらく、奪還作戦は実施されません。いいえ、実施出来ません」

「ほぉ。その理由は何かな?」

「帝国軍と言っても、大きく分かれるとそれは二系統に大別されます。すなわち、皇帝が命令権を持っている『国軍』と、大貴族が握っている『貴族軍』です。そして、東部戦線にいるのは、一部を除きほぼ『国軍』の筈です。ですが――」

「その『国軍』が大敗した。結果、それを穴埋めしようにも『貴族軍』の動員は難しい……そう言いてぇんだな?」

「はい。しかも作戦指導には、昨日も言った通り、大貴族の意向が反映されやすい、つまり――これから起こるのは、権力闘争だと思います。この戦争の結果、良くも悪くも『国軍』の発言権は強まりましたから……大貴族の人達には、目障りだったのでしょう」


 多分、これは単なる作戦ミスじゃないです。もっと、どうしようもないものなような気がします。

 このままだと、帝国は早晩……。

 どうしよう。その前に何とかしてあの子達を助けないと。でも、どうやって?

 今の僕の力じゃあの子達を助けることは……エルさんがそっと、僕の手を握ってくれます。そして、耳元で囁かれました「大丈夫よ。私はユズの『剣』だから」え?

 エルさんが、立ち上がり力強く声を出されました。

 

「『剣星』エル・アルトリアとして発言するわ! 議長、まだ、他の情報があるのでしょう? 勿体ぶってないで、他の情報を公開して! そうすれば、私のユズが、共和国にとって最善の路を示してくれるわっ!」

「……分かった。もたらされた情報は四つ。一つは先程も述べた『デナリ失陥』。二つ目は、今、君が推測してみせた通りだ。帝都は大きく荒れている。とても早期奪還作戦が開始される状況ではない、とのことだ。そして何故、そこまで荒れているのか? これが三つ目――現皇帝が崩御したそうだ」

「崩御? このタイミングで、ですか? ……まさか」

「そのまさか、だ。どうやら――暗殺されたようだ。しかも、情報によれば、その実行犯となったのは」


「――『勇者』、ですか」


 議長様が大きく頷かれます。

 ざわめきが起こりました。どうやら、ここまでの詳細情報は今初めて開示されたようです。

 『勇者』による皇帝暗殺。

 一人のクラスメートの顔が浮かびます。いや、だけど、そこまでする必要がどこに? 偉くなりたいのならば、幾らでも偉くなれたと思うのですが……。


「……諜報員を通じて、更に厄介な人物が、我々に交渉を持ちかけてきている。皇帝の遺された唯一の遺児である王女からだ。『領土割譲に応じる。賠償も支払う。だから、派兵をし、帝都の治安を回復してほしい』とな」

「敵討ちに手を貸せってことかしら? 随分、ムシのいい話ね」


 ヨルさんが冷笑されます。

 僕は、帝国にいた頃、何度か王女様にも会っていますが……こういう物言いをされる方とは思いませんでした。それだけ、衝撃が大きい、という事でしょうか。


「さて――これで全てだ。君の意見を聞かせてほしい、柚子森柚樹殿」


 大会議室にいる人達の視線が、僕へ向けられます。

 ……案はあります。

 けれど、それを口にして良いものでしょうか。

 僕一人の命ならいいんです。力及ばず、という結果になるとは思いますが……少なくとも、あの子達を何とか助ける算段までは。

 けど――あぅあぅ。

 両隣から、頬っぺたをつつかれます。


「……エルさん、痛いです。ヨ、ヨルさんまで……」

「ユズ、私に遠慮してるんでしょう? 優しいのはユズの良い所だけど、今は不要よ! いい? 私とユズとはもう一心同体。離れたら、私、生きていけないから。ねっ?」

「……エル・アルトリア、はしたないわよ? あんた、もしかして私達を除いて考えているんじゃないでしょうね? 対帝国政策に関しては我がグリームニルが主となるのは当然。この女だけに良いとこ取られるわけにはいかないのっ!」

「姉上、最後は私情な気が、うぐっ……」

「あ、あはは」



 ――どうやら、最初から選択肢はなかったみたいです。

 僕は前を見据えて、自分の考えを述べるべく、口を開きました。

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