第9話 秘密

 翌朝、何時も通り目を覚ました僕は、静かにベッドから抜け出そうとしていました。

 そーっと……そーっと、ゆっくり、ゆっくり、と……エルさんの腕と足から抜け出して――はぁ、成功です。

 音をたてないように、ドアを閉めて洗面所へ向かい顔を洗います。

 鏡には、カッコいい、とは言えない見慣れた顔。


『柚子は本当に可愛いわよね。リボンとかつけてみる?』


 意地悪な顔をして笑っている幼馴染の顔が脳裏に浮かびます。

 ……大丈夫でしょうか。

 彼女も最前線組、つまり東部戦線にいる筈です。

 僕なんかより、ずっとずっと優秀で強い子ですが……それでも心配してしまいます。こんな事を口に出したら、きっと彼女のことです、くすくす、と笑いながらこういうと思います。


『馬鹿ね。全部想定内よ。でも……心配してくれてありがとう、嬉しいわ。本当よ?』


 エルさんは僕の事を『最優秀!』と言ってくれますが、彼女を含め幼馴染達は本当に凄いんです。少しでも彼女達に追いつけるよう、努力しないと!

 握りこぶしをつくって、自分を鼓舞します。

 僕の片手剣は、エルさんとニーナさんに取り上げれてしまったので訓練用のそれで代用です。中庭へ向かいます。

 音をたてたら、すぐにバレちゃうので慎重に、慎重に――両肩が重くなりました。


「くわぁ」「クルル」

「あ、サイカさん、スズシロさん。おはようございます。えっと……しー、です」


 どうやら起こしてしまったみたいです。ごめんなさい。でも、眠かったら寝てていいですよ? まだ早いですし。

 え? ついて来てくれるんですか。わぁ、ありがとうございます。

 御二人を乗せたまま廊下を歩いていき――目的地点へ到達しました。

 外に出ると、丁度お日様が昇って行くところでした。この光景は、僕達のいた世界と変わりません。何となくほっとします。

 入念に準備運動をして、早速、剣術の練習を始めます。


 エルさんをイメージしながら、基本の型をゆっくりと反復。


 注意された所は意識して直しつつ、繰り返し、繰り返し……。

 少しずつ速度を上げていくと、汗がじっとりと出てきました。

 ――十数回、それを繰り返した時に、拍手の音。

 

「へぇ……思ったよりずっとやるじゃない」

「あ、ヨルさん。おはようございます」


 何時の間にかやって来られていた寝間着姿のヨルさんが、1階の窓からこちらを覗き込んでいました。

 回り込んで中庭へ入ってくると、木の枝からスズシロさんが飛び上がり、肩にとまりました。


「おはよ。スズもね。駄目じゃない。こいつが起きたら報せて、って昨日言ったでしょう?」

「クルゥ」 

「ごめんなさい。起こしちゃったみたいで……ヨルさんもですか?」

「え? わ、私は……起きて部屋に行ったらあんたいないし……。と言うか、何時もエル・アルトリアと一緒に寝てるのかしら?」

「そ、それはその……エ、エルさんが『一緒じゃないと嫌っ!』って言うので、仕方なく……」

「……へぇ。あんた、少しはまともな異人だと思ってたけど、変態だったのね」

「ご、誤解ですっ!」


 うぅ……ヨルさんの視線が冷たいです……。

 でもでも、違う部屋で寝たとしても、朝起きたら、エルさん、何時の間にか同じベッドで寝ているので、防ぎようが……。

 訓練場に笑い声が響きます。


「冗談よ。どうせ、あの馬鹿女に押し切られているだけでしょう?」

「エルさんはとっても頭いい人です! でもその……えっと……少しだけ過保護なところがあってですね……」

「……まぁ分からなくもないけど」

「? 何か言われましたか?」

「何でもないわ。それにしても――さっきも言ったけど、あんた思ったより、ずっとやるのね。びっくりしちゃったわ」

「へっ? ぼ、僕がですか??」

「あんた以外に誰がいるのよ」

「――えへへ、ありがとうございます」


 思わず声が漏れてしまいました。

 お世辞なのはわかってます。でもやっぱり褒められるのは嬉しいですから。

 あれ? ど、どうかされましたか??

 目の前で、硬直されているヨルさんに近づきます。あ、寝癖……。

 何時もエルさんにするように、髪に触れます、


「っ!」

「あ、ご、ごめんなさい。寝癖があったので、つ、つい」

「――別に構わないわ。直してちょうだい」

「はい♪ うわぁ……ヨルさんの髪って、本当にサラサラで、とっても綺麗ですね! 光でキラキラしてます」

「そ、そう。あの、その……あ、ありがと……」

「直りました! 後で、櫛で梳いてくださいね?」

「え、ええ……それも、あんたにしてほし」


「はいっ! そこまでよっ!! とぉっ!!!」


 後ろから声がしました。

 次の瞬間――わぷっ。


「ユズ、駄目でしょ? 私が起きる時に隣にいないなんて、いけない子ね」

「あはは、エルさん、おはようございます。えっと僕、汗かいてるので離れてくださると……」

「な~に? 私と一緒にお風呂入りたいの? もぉ~ユズったらぁ」

「……嫌がってるわ。離れなさい、エル・アルトリア。はしたないっ」

「はぁ? ちびっ子、あんたには関係ない話でしょう? ユズが言うから泊めてあげたけど、ほら、とっとと帰りなさいよ。しっ、しっ」

「エ、エルさん、喧嘩は駄目ですっ。あ、そう言えば、今、僕、ヨルさんから褒められたんですよ!」


 険悪な雰囲気になりかけたので、話題を変えます。

 ……あ、あれ? どうして、エルさんがヨルさんを連れて行かれるんでしょう?


「(ちょっと、ちびっ子! あんた、何を言ったのよっ?)」

「(はぁ? 普通に褒めただけよ。大したものじゃない。美しい剣筋だわ)」

「(……このお馬鹿っ!)」

「(ば、馬鹿ですって!?)」

「(……いい? ユズは『弱い』と思わせたままで良いの! そうじゃないと、この子、どうなると思う? 自分で全部背負って、何時かは……)」

「(……ああ、そういう事だったのね。ごめんなさい。以後、気を付けるわ)」 

「(気を付けてちょうだい――ん? 『以後』??)」


 全然、聞こえません。だけどやっぱり、エルさんもヨルさんが大好きみたいです。良かったぁ。

 ――その後、エルさんも加わって、訓練を見てもらったんですが、何時もと同じくいっぱいダメ出しを受けました。さっきは褒めてくれたヨルさんからも……。

 はぁ、まだまだです。これからも、頑張ろうと思いますっ! 

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